謝る勇者
ダンジョンから脱出した頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
百階層をよく調べてみると外へ繋がる転移魔法陣が見つかったため、百階分を登らなくて済んだ。
近くの森へ転移した俺たちがダンジョンの入口まで戻ると、何やら冒険者が集まっている様子が見て取れる。
「何かあったのか?」
「ん? ああ、何でもダンジョンの床に穴が空いて、下層の魔物が上階へ登ろうとしていたみたいでな。今Bランク以上のクランが穴埋め作業に勤しんでいるらしいぜ」
「……そうだったのか」
「だから今封鎖中なんだ。せっかく小遣い稼ごうと思ったんだが、無駄足だったぜ」
「なるほどな、ありがとう……」
近くの冒険者に話を聞いた俺は、表情を変えないよう注意しながらイスベルの元へ戻った。
「何だって?」
「誰かさんがぶち空けた穴が原因で、ダンジョン内が大混乱だとさ」
「む! ……そうだったのか」
「次にダンジョンに潜ることがあれば、ズルは無しだからな」
「分かっている」
魔王が反省している図というのは何度見ても慣れないものだ。
素直なおかげで、本心で思っていることが分かるのが助けるけども。
『下で眠っているときに感じた衝撃はお主だったのじゃな! 無茶をするのう! さすが今期の魔王じゃ!』
「もう魔王ではないと言っただろう!」
ここでその単語を叫ばれるのはまずい。
人混みから離れているとはいえ、どこで誰に聞かれているのか分からないのだから。
「あまり大声で話すなよ! 行くぞ!」
『なぁに、心配するでない主殿。我の声は聞かせたい相手にしか聞こえん!』
「やたら便利だな、お前」
『むふん!』
褒めているのか怪しい言い方だったが、エクスダークはお気に召したようだ。
『主殿は我を利用することだけを考えているがよいのじゃ! 初代魔王以外で我に支配されない者は初めてじゃからのう!』
「そうだったのか……まあ、精々利用させてもらうわ」
エクスダークの柄を軽く小突く。
戦闘以外でも使い道があるし、今後は長い付き合いになりそうだ。
「ひとまず帰らないか? 私はもう色々疲れたぞ」
「確かにな。宝石なんか売るのは明日にしよう」
イスベルは体力的にはまだ余裕がありそうだが、精神的に疲れが見える。
期待が高すぎたせいか、具体的に言えばめちゃくちゃがっかりしているようだ。
明日にはテンションが戻っていることを祈る。
◆
この日は拠点としていた宿に戻り、身体を清めてすぐに就寝してしまった。
イスベルは相変わらず俺に背中を洗わせるが、さすがに少しは慣れて来たというものだ。
煩悩はもちろん抱いたが、からかってくるエクスダークに怒りをぶつけたら治まった。
エクスダークはなぜか喜んでいたが、おかげで比較的いい朝を迎えられたと思う。
「――というわけで、これを売りたい」
「何がというわけかは分からんが、なぜ私に言うのだ?」
「シルバーなら何も言わず買い取ってくれるかと思って」
「貴様の実力は認めたが、何でも屋になった覚えはないぞ」
俺は現在、シルバーが率いる銀翼の騎士団のクランハウスに来ていた。
クランハウスとは、功績が認められたクランに与えられる特別な住居だ。
住居というより、正確には土地らしい。
シルバーが率いる銀翼の騎士団は、この土地の中にクランメンバーの寮や、お抱えの武器職人の工房、アイテムなどを仕入れてくる専属の商人の店などを完備している。
「まあ、まずはよく見てから考えてくれ」
「……」
俺はシルバーの目の前に並べた武具たちを指す。
シルバーは訝しげな視線で俺を見た後、武具へと眼を落とした。
しばらくは疑って武具を見ていたシルバーだが、徐々にその目つきが変わる。
「どれも表じゃ売れないものだ。けどあんたに買い取ってもらうか、あんた経由でなら売り払える」
「……あえて聞くまい。何となく察しはついた」
シルバーは剣や盾、兜や鎧を改めて眺めると、深くため息をついた。
「金貨1000枚でどうだ?」
「そんなにいいのか?」
「……」
ぼったくられたとはいえ、イスベルの武器が金貨300枚だったのだ。
あの装備の値段の三倍、これは驚かずにいられない。
そのはずなのに、俺よりシルバーの方が驚いていた。
「はぁ……ここまで常識知らずでは、試す意味もないな」
「試す?」
「これほどの品がたった金貨1000枚なわけがなかろう。少なくとも2000枚、いや、それ以上の価値を見出す連中もいるはずだ」
「……へぇ」
シルバーの目利きは信用できる。
ここはシルバー本人の部屋だが、飾られている予備の装備たちはすべて一級品だ。
彼が2000枚以上というのなら、本当にそれだけの価値があるのだろう。
「おかしな奴だと思っていたが、ここまでとはな」
「悪かったな」
面と向かってマヌケと言われているような気がして、少し傷ついた。
まあ……こんな風に騙されているのだから、あながち間違っていないのだろうけど。
これではイスベルを笑えないな。
「まあいい。騙した詫びも考慮し、最低ラインを金貨2000枚として、望むのであればいくらか上乗せしよう。これは他所に持って行かれたくない」
「そうか……なら1000枚でいいや」
「本気で言っているのか? 2000枚に1000枚を上乗せするという意味ではなく?」
「ああ、1000枚で十分。あんたの説明で損していることは分かったけど、残りの分は口止め料と――これからよろしくってことで」
「ふん」
シルバーは一度退室し、革袋を持って戻って来た。
金属音がすることから、中身は金貨だろう。
「1000枚入っている。今から取り消しても聞かぬぞ。王に二度手間を取らせるなど言語道断だからな」
「取り消さないし、むしろ感謝してるよ」
俺はずっしりと重い革袋を受け取り、そのまま数えもせず魔力袋の中に放り込む。
ここまで信用したのだから、枚数で疑っても意味がない。
これで、イスベルがはじめから持っていた金貨300枚と合わせ1300枚の金貨が手に入ったことになる。
土地と家代は1500枚だから、あと200枚のところまで迫った。
まあ、2000枚受け取っていればノルマ達成なのだが、それはイスベルから止められている。
シルバーのおかげで金貨が集まったと思いたくないらしい。
まだ普通に売れる魔石は残っているし、レオナからもらったクエストの話もあるから金銭的な問題はない――が、そこまで拒否するとは驚きだ。
おそらく、王と王で譲れぬものがあるのだろう。
「そんじゃ、このまま武器たちは置いていくよ。部下に配るにせよ、もう自由にしてくれ」
「うむ」
俺は立ち上がり、部屋を後にするため扉へ向かう。
しかし扉に手をかけたとき、シルバーが声をかけてきた。
「帰る前に一ついいか」
「ん? 何だ」
「あの赤と青のローブの二人組について分かったことがある」
俺は振り返る。
先ほどよりも真剣な顔つきで、シルバーは俺の方へ寄ってきていた。
その手には、一枚の紙切れが握られている。
「見ろ。それにはとある団体についての情報がまとめられている」
「……」
紙切れに目を通す。
そこには、【虹の協会】についてと書かれていた。
表向きは、平和を目指し、虹のふもとに集まった七人の使者による和平活動の団体。
魔族、人間、亜人、どれも命は平等であり等しき価値があると謳っている。
しかしその実態は、魔物や人間、それこそ亜人を実験台にし新たな兵器を生み出すことを目指しているようだ。
「この兵器を抑止力にして、世界全体を平和にしよう――ってわけじゃなさそうだな」
「うむ。目的はおそらく、魔王も勇者も無視した世界征服といったところだろう。冒険者ギルドで調べればすぐに情報が出てくるほどには、国の方でも調べが進んでいる事が分かった」
「随分と有名人と遭遇したんだな、俺たち」
「直接姿を見た者としては、我々が初めてかもしないとまで言われた。ようはまったく正体がつかめていないというわけだ。貴様も関わりを持った以上、十分注意しろ」
「まさかあんたから心配されるとは……」
「家臣の心配をするのは王として当然のことであろう」
「あれ? いつのまに家臣になったんだ?」
「私が認めた者は、皆等しく私の家臣だ。光栄に思え」
なんと横暴なやつ。
認められているというのが嬉しく思ってしまうのも、どこか悔しい。
なんだかんだシルバーが悪いやつではないのがいけないな。
【勇者】として認められることは多々あったが、【アデル】が認められたのは最近になってからだ。
イスベル、シルバー……一応レオナもだろうか。
勇者ではない俺は認められていくというのも、悪くない。
「最後に貴様に伝えておくことがある。最近のオークの異常繁殖についてだ」
「……それにまで虹の協会が関わっていると?」
「可能性がある、とは言っておこう。あくまで予想だ。レッドと名乗った男が、大量のオークを従えていたのを見て、もしやとな」
「ありえない話じゃないな……」
「レオナとかいう獅子女から、貴様らもオーク討伐のクエストに参加すると聞いた。再びレッドと相対することがあれば――」
「クエストの内容は今初めて聞いたぞ……? まあ、次は絶対仕留めてやるから、王様は安心して待っててくれ」
「……ふん」
俺はシルバーの部屋から退室した。
次に遭遇することがあれば、レッドは間違いなく襲い掛かってくる。
奴とだけは決着をつけなければならないだろう。
執念深そうなレッドのことだ。
こそこそ村に帰っても、追ってきそうな気配を感じる。
この予想はきっと正しい。
俺はレッドと決着をつけ、安定した隠居生活を手に入れるのだ。
それはそうと、随分と話し込んでしまった。
イスベルの機嫌が悪くなっていないといいんだが――。
「――遅い」
「あ」
「何分ここで待たされたと思っている! こんなアウェーの空間で!」
「ご、ごめんなさい……」
まずは、銀翼の騎士団の敷地内で浮きまくっているイスベルと決着をつけるのが先のようだ。