ドM(魔剣)を抜く勇者
「これで最後!」
百階層へ下りるための階段の前。
最後の門番として立ちはだかった八首の竜の胴体に、巨大な氷の槍が突き刺さる。
『ガァァァァァァァ!』
すべての竜が同時に悲鳴を上げ、その首をゆっくり地面につけた。
完全に生命の気配が消え去り、百階層への道が開いたことになる。
「多少は手応えがあったな。少し火傷したぞ」
「ほぼ無傷だろうに……」
竜が吐いた火のせいで、イスベルの衣服の端が少し焦げていた。
だが、その程度。
俺もイスベルも、目立った怪我は負っていない。
「まあこれで最下層へ行くことが出来るわけだが」
「ここまで来たのだ! 何かいい物がないとダンジョンごと吹き飛ばしたくなる!」
「それだけは絶対やめてくれ」
イスベルが癇癪を起こさないためにも、百階層にはお宝があってほしい。
それにしても、ここまで来ても魔物の強さが目に見えて上がることはなかった。
確かにランクは上がっているが、精々五十階層からワンランク程度。
俺もダンジョンに詳しい訳ではないが、少し不自然だ。
聞いた話では、ダンジョンの最下層近くの魔物はAランク冒険者ですら死の危険があるらしい。
イスベルの実力がぶっ飛んでるとはいえ、俺たちでも無傷でここまで来れるものなのだろうか――。
「どうした?」
「……いや、何でもない」
偶然かどうか。
とりあえずは百階層の様子を見て、これが確かな違和感なら報告しよう。
シルバー辺りなら取り合ってくれそうだ。
◆
百階層の雰囲気は、他の階層と明らかに違っていた。
部屋がそもそも一つしかない。
中心には台座があり、そこに黒く錆びついた剣が刺さっている。
「む、ここはこれだけなのか」
「みたいだな」
俺は剣の元に近寄り、よく観察してみる。
錆びてはいるが、どことなく異質な魔力が漂っている気配を感じた。
魔剣……それもかなり上物の。
「錆びてはいるが、良い剣のようだな。持って帰ったらどうだ?」
「……そうだな。この剣なら錆びてても思いっきり振れそうだ」
俺は剣を掴み、引き抜こうとする。
その瞬間、ゾッとするような魔力が吹き出すのを感じた。
『くっくっく……我の元へ辿り着く者がいようとは』
「ん?」
どこからか女の声が聞こえる。
――この剣からか?
『光栄に思うがいい! この魔剣の依代になれることを――』
「やかましいな、この剣」
最後まで聞き取る前に、イスベルが台座の剣を蹴り飛ばす。
呆気なく台座から吹き飛んだ剣は、そのまま近くの壁に突き刺さった。
おかげで剣を掴んでいた俺の手が少し痺れている。
「……乱暴すぎないか?」
「だってアデルのことを依代などと言ったのだぞ? 少しお灸をすえる必要がある」
「まあ、助かったからいいけどな」
あの剣が悪意を持って俺の身体を乗っ取ろうとしたことは分かった。
おそらくは人を苗床とし、力の源である魔力を永遠に吸い上げることを目的としていたのだろう。
軽率に触れてしまった俺が悪いのは確かであるが、それにしてもここまで来てこれか。
最下層まで来た冒険者が、苦労の末に手にする報酬が罠とは……だからこそ魔物がそこまで強くなかったのだろう。
苗床にするにも、魔力や腕っ節が強い人間のほうが効率がいい。
とはいえ、ここまで誰も来ないほど難易度を上げてしまえば、それこそ誰も来なくなる。
「どうする? アデル。もう帰るか?」
「顔が帰りたいって言ってるぞ」
イスベルの顔から表情が抜けている。
事前情報で少し期待させすぎてしまったようだ。
しかし、俺としてもこのまま帰るというのは損した気分になる。
どうしたものか――。
『おい! 人間! 我にこんなことをしてただで済むと思うなよ! 聞いているのか! さっさとここから抜くのじゃ!』
「……」
やかましいなあの剣。
魔剣でもなんでも良いから持って帰ってやろうかな。
『この我に選ばれたことは光栄なことなのだぞ! 数百年伝わる伝説の魔剣、エクスダークなのだぞ!』
「イスベル、聞いたことあるか?」
「えくすだーく? 聞いたことがないな」
『何ィィィ!?』
本当にうるさい剣だな。
俺はおもむろに突き刺さった剣に近づき、再び掴む。
『ば、馬鹿め! 掴んだな? 貴様を乗っ取ってくれるわァ!』
剣を掴んだ腕から、黒い神経のようなものが侵入してくるのを感じる。
こうして全身に根を通し、操るわけか。
だけどこの程度なら――。
「よっ」
侵入してきた神経を、体内の魔力を操ることで焼きつくす。
その昔、呪いを操る魔族と戦うために覚えた技術だ。
体内に侵入した邪悪なものを、勇者特有の聖なる魔力で浄化する。
というと聞こえはいいが、ようは体内の魔力を爆発的に消費して、発生したエネルギーで呪いや侵入者を押しつぶす技術だ。
勇者じゃなくても出来るが、魔力量が桁違いでなければ魔力切れを起こしてしまうだろう。
『え? え?』
「剣としての性能は確かみたいだからな。持って帰らせてもらうぞ」
ここで終わらせてしまうと、再び神経を伸ばされてしまうため意味が無い。
俺はまだ余裕のある魔力を魔剣に流し込む。
『あわわわわ! 何じゃ何じゃ!?』
良質な剣であれば、俺の魔力にも耐えられるはずだ。
俺は自分の身体と同じことを剣で起こす。
自分の魔力で邪悪なものを塗りつぶす方法だな。
魔剣は俺の魔力に満たされ、その外見を変化させる。
まず刀身についた錆がはじけ飛び、漆黒の刀身が顕になった。
そして持ち手の部分についていた魔石が黒く濁っていたのが、白く透き通っていく。
「浄化完了っと」
『く、屈辱じゃ……! この我が人間によって支配されるとは……!』
「いや、別に支配したわけじゃ――」
『どうせ貴様も初代魔王のように我のことを弄ぶのだろう!? 子供が落ちている枝で剣術の真似をするように!』
「だから何の話――」
『しかし私は決して人間には屈しない! 心だけは支配されてたまるかぁァァァ!』
魔剣が叫んだ瞬間、甲高い音とともに俺の手から吹き飛んだ。
どうやら再びイスベルが蹴り飛ばしたらしい。
「本気でやかましいな」
『なぶられたりすることには興奮するが、貴様の蹴りは普通に痛いんだが!?』
最低の自己紹介だった。
魂が宿っている剣は何度か見たことがあるが、ここまでやかましく喋る剣は初めて出会った。
性癖も歪み過ぎだろう。
「はぁ……」
俺は再び刺さってしまった魔剣を引っこ抜く。
そこで、俺は魔剣が聞き捨てならないことを言っていたことに気づいた。
「そういえば、お前初代魔王とか言ってなかったか?」
『初代魔王は我の最初の主じゃ。あの女が生きていた頃は、一緒になって恐怖をバラまいたものじゃな』
このダンジョン頭おかしいな。
まさか初代魔王が作ったなどというオチではないだろうか。
「初代魔王……うーん」
「イスベル何か思い出せないか?」
「さすがに世代が違いすぎてな……しかしどこかの文献にあったような――もしや神殺しか?」
そう問いかけた瞬間、魔剣が歓喜の声を上げた。
『おお! 小娘は我を知っておるのだな! 自分でエクスダークという名前を考える前は神殺しと呼ばれていたぞ!』
「……嘘でしょ?」
嬉しそうな魔剣とは対照的に、イスベルは唖然といった表情を浮かべている。
そこまでショックを受けるようなことだったのだろうか。
「神殺しとはな、初代魔王が使用していた神を殺したとされる伝説の剣だ。真偽は不明だが、魔族であれば知らぬものはいないほどだぞ」
『神を殺したのは本当だぞ? といっても小さな教団が信仰している低級神だったが』
「マジかお前」
素が出ているぞ、イスベル。
「アデル、私たちはとんでもないものを見つけてしまったぞ」
「……ますます放置しておくわけにはいかなくなったな」
俺は先程拾った剣を鞘から抜き、代わりに魔剣を納める。
空いた台座には宝箱から手に入れた剣の方を刺しておいた。
台座に何もないのは不自然だからな。
誤魔化しきれてないが。
『安物の鞘じゃな。が、許そう! 我は新たな主に支配され、雑に扱われてしまうのじゃ! 悲しき哀れな魔剣の末路じゃー! はぁ……はぁ……』
「マジで置いていこうかな、こいつ」
俺は鞘に納めたことを、早くも後悔するのだった。