表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/85

代用品を手に入れる勇者

「ふむ、造りはあまり変わらないのだな」


「ああ。でも気をつけろよ」


「む? 何に対してだ?」


「場所によるらしいけど、階段前には大型の魔物が配置されている場合があるって聞いたから」


 階段前の大きな広場に足を踏み入れると、どこからともなく魔力の集まる気配がしてきた。

 部屋の中心に集まり始めた魔力は、一つの質量を持った生物を創り出す。


「アデルよ、噂は本当らしいぞ」


「……デマだったら良かったのにな」


『オオオォォォォォォ!』


 魔力が集まって誕生したのは、真っ黒な皮膚を持つミノタウロスのような魔物だった。

 ミノタウロスは牛の頭部を持ち、身体は筋骨隆々で足は牛のヒヅメになっている魔物だ。

 全長も4mを超えており、斧や大剣を持っていることもある。

 しかし、ミノタウロスの皮膚は体毛に覆われており、本来は茶色に見えるはずだ。

 今目の前にいる魔物は、ミノタウロスの形をしていながら外見は真っ黒。

 そして怪しく光る赤い眼が特徴となっている。

 ミノタウロス亜種とでも言えばいいのだろうか――。


「来るぞ、アデル」


「ああ」


 ミノタウロスは片手に巨大な斧を顕現させると、そのまま俺たちに向けて振り下ろした。

 難なくかわしたものの、斧が当たった地面が大きく砕ける。

 さすがに下の階まではぶち抜けないか。

 この時点でイスベルとミノタウロスの力の差が分かってしまったな。


「大して強くもないな。アデル、少し離れていろ」


「任せて悪いな」


「構わん。それに貴様は丸腰だし」


 ――そういえば、俺の剣は壊れてしまっているのだった。

 だからといって戦えないというわけではないのだが、ここは大人しくイスベルに任せたほうが速い。


氷の巨像(アイスゴーレム)


 イスベルが手を掲げると、その後ろにミノタウロスよりもさらに一回り巨大な氷の像が現れる。

 氷の像は上半身しかなく、両方の肩らしき部位から拳が生えていた。

 

「やれ」

 

 ミノタウロスを指差すイスベルに反応し、巨像は拳を振りかぶった。

 雄叫びを上げながら突進してくるミノタウロスは、無謀にもそのまま突っ込んでくる。

 理性などないのだろう。

 ただ俺たちを殺すことにしか興味がないようだ。


「愚か者め」

 

 決着はなんとも呆気ないものだった。

 巨像が突き出した拳が、ミノタウロスの全身を捉える。

 振りかぶっていた斧を砕き、肉を潰し、骨を粉砕して吹き飛ばした。

 肉塊となったミノタウロスが壁に叩きつけられ、さらに醜く形を変える。

 

「理性が無きものが私に勝てるわけがなかろう」


「……恐ろしいやつ」


「褒め言葉だ」


 イスベルの生み出した巨像が霧散して消える。

 相変わらず、とんでもない氷魔術を使うものだ。

 氷の魔術は火、水、土、風、雷の五大属性に含まれておらず、使用者が限りなく少ないために習得が困難とされている魔術である。

 というより、氷魔術が使えるのは現状歴代魔王のみだ。

 そして、その歴代魔王の中で、魔術の実力だけでいえばイスベルがもっとも優れている。

 この氷の像には俺も苦しめられたものだ。


「ふん、この分であれば下の階層も難なく越せそうだな」


「油断は――」


「分かっている。しっかり気をつけていればよかろう?」


 そういって胸を張るイスベル。

 言うだけ野暮だったようだ。

 イスベルの周囲に張り詰めた魔力の気配を感じ取れる。

 今のイスベルに、不意打ちなどは通用しないだろう。

 どんなに死角から近寄ろうとも、気配を気取られて終わりだ。


「心配はいらなそうだな。それじゃ」


「行くとするか!」


 俺たちは下の階層へと下りて行く。

 まだ誰も足を踏み入れていない、七十一階層へと。


「つまらん……」


 イスベルは襲ってきた蜘蛛の魔物を片手で凍らせながら、退屈そうにつぶやいた。

 あれからまた二時間ほど経ち、俺たちは現在八十五階層にいる。

 魔物たちも大分強くなっているが、まだ俺たちを脅かすに至らない。

 むしろ手応えのない魔物たちのせいで、イスベルの顔が不機嫌一色となってしまった。


「こう、私を唸らせる者はいないのか!」


「いたら困るだろ。進みにくくなるし」


「前から思ってたのだが、貴様は消極的なのだ! もっと命を燃やして生きようとは思わないのか?」


「それが嫌で隠居しようと思ったんだがな……」


 熱く生きるための燃料なんて、とうに使い果たした。

 今はもう燃えカスである。


「……まあそれはいい。だが宝物すら大したものがないというのはどういうことだ!」


「それこそ知るか!」


「武具ばっかりではないか! こんなもの欲しくもなんともない!」


 十五階も下ったのだから、それなりに宝箱も見かけてきた。

 しかしどれも中身が俺たちに必要ない防具や武器ばっかりだったせいで、ほとんど回収せず宝箱をそのまま残してきている。

 時たま入っている魔石などは回収しているが、宝箱の中身が残っていれば人が来た痕跡も消せるからな。

 階層を守る魔物の討伐はどうしようもないが、そもそもダンジョンには謎が多いのだ。

 七十階層から番人がいなくなれば、それはダンジョン自体の仕様だと考えてくれる――かもしれない。


「どうせこの宝箱も大した物が入っていないのだろう?」


 イスベルが新たに見つけた宝箱を蹴り開ける。

 中にあったものは、大きな魔石と鞘に収まった剣。

 ずっと思っているのだが、鞘までついているというのは至れり尽くせり過ぎる。

 ただないときもあるし、その基準がどこなのかもイマイチ分からない。


「また魔石だけ回収するか?」


「……いや、今回はこっちだ」


 俺は宝箱から剣を取り、蓋を閉めた。

 剣を見てみると、持ち手に宝石が埋め込まれていることが確認できる。

 これは、この剣が魔力を込められた魔剣であることの証明だ。

 魔力によって切れ味の向上、耐久値の上昇が見込めるが、中には振った後炎が出るような追加効果を持つ剣もある。

 この剣は単純に切れ味強化と耐久値の上昇が見込めそうだ。

 

「これなら少しは持ってくれるだろ」


「何というか……これが私を追い詰めた勇者の今の姿だと思うと、少々みすぼらしいな」


「ほっとけ」


 俺は剣を鞘ごと腰に括りつけ、固定する。

 これならダンジョンを出るまで使えそうだ。


「行くか。この調子なら百階層まで行けるかもしれないな」


「最下層にはいいモノがあるんだろうな……」


 俺たちはそのまま、次の階層へと歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ