聖剣を売る勇者
俺が転移した先は、人間の領土で一番大きな都市、帝都――のさらに外れにあるスラム街。
貧民以外にも、犯罪者なども隠れているような無法地帯に来た理由は、俺の相棒である聖剣を売り払うためである。
いくら言葉で勇者をやめても、聖剣を持っている限り勇者と認定されてしまう。
こんな呪われた装備、さっさと手放してしまおう。
「確かこの先に……」
歩きながら、俺は姿を見られないようにローブについたフードをかぶった。
ボロ屋が立ち並ぶ道を進み、いくつかの路地を曲がる。
そうして行き着いた先は、どんなものでも買い取り、どんなものでも売り払う商人の店。
どんなものというのは、盗品や、いわくつきの一品のことを指す。
そんなものを取り扱っているのだから、当然客の情報を漏らしたり、足がつかないように管理している。
それがわざわざこんなところで聖剣を売る理由だ。
「……いらっしゃい」
店に入ると、カウンターにいる店主らしき男が迎えてくれた。
俺以外の客はいないらしい。
チャンスだな。
「武器の買い取りをお願いしたい」
「はーん、訳ありかい?」
「一応な。けど貴重な物すぎて、表の買い取りやじゃ売れない。足がつきやすいからな」
「そうか、んじゃまずは品物を見せてもらおうか?」
俺は腰のベルトにつけていた聖剣を外し、鞘ごとカウンターに置く。
店主が息を飲む気配がした。
「勇者の聖剣だ。買い取ってもらえるか?」
「ま、待て! まずは本物かどうかだ……」
店主の査定が始まった。
数分に渡り、剣の先まで何度も何度も舐め回すように見る。
それが終わると、店主は動揺を隠し切れない顔で戻って来た。
「……俺は聖剣なんぞ見たことがない。だからこれが本物の聖剣かどうかなんて分からねぇ。だがな、これがとんでもない上物であることは間違いねぇんだ。本気でこれを売るつもりか?」
「ああ。たまたま手に入れたもので、俺には使えない。そんなもの、金にしたほうが得だろ?」
「そりゃそうなんだがな……」
店主は俺が勇者なんて夢にも思っていないだろう。
どう考えても勇者が聖剣を売るわけがないからな。
聖剣は、勇者にしか使えない伝説の武器だ。
到底値段なんかつけることは出来ない。
しかし、『勇者から盗んだ聖剣』なら話は別だ。
買い取ったこの剣を、今度は勇者自身に売りつけることが出来る。
そうじゃなくとも、あくまで装飾品として欲しがっている貴族の連中だっているはずだ。
「……もしほんとに聖剣なら、欲張りな貴族はいくらだって金を出してくれる。例え聖剣でなくとも、これほどの上物なら買い手はすぐにつくだろう」
店主は考えた末に、両手で指を立ててこちらに向けてきた。
指の数は八本。
「金貨八千枚でどうだ?」
「八千枚か」
銅貨、銀貨、金貨とある通貨の中で、金貨はもちろん最大の単位だ。
銅貨一枚で串焼き一本。
五枚で一食分の食事が出来る。
そして十枚で銀貨になり、さらに銀貨が十枚で金貨となる。
金貨八千枚ともなれば、家を一件建てても三千枚ほどのお釣りが来る数字だ。
基本的には、俺のことすら知らないような山奥の寂れた村で隠居するつもりだから、生活は自給自足になるだろう。
三千枚も残っていれば、一生で使い切るかどうか分からない。
いざとなったときの保険として、大事に残しておこう。
「もっと高くつけてもいいんだがな……俺としてもこれが本物の聖剣と断言出来ないせいで、この程度の値段に収めるしかねぇ。こう言っちゃなんだが、他の店ならもっと高くつけてくれるかもな」
「いや、ここで売るよ。ちなみに本物の聖剣だったらいくらだったんだ?」
「そうかい? まあ……軽く金貨二万枚ってところだな」
思ったよりも高かった。
しかしそんなにもらったところで、使い道はない。
「それなら、その差の一万二千枚分で口止め料ってことにしてくれないか? 俺の存在を絶対に口外しないで欲しいんだ。なんたって国家反逆罪だろ?」
「そんなもんでいいならお安い御用だ。もっと高く付けられるはずが、この値段にしか出来なかったのはこっちの落ち度だからな。この店はあんたのことを絶対に売らねぇよ」
「……契約成立だな。金貨八千枚で頼む」
「あいよ」
こうして俺は聖剣を手放し、金貨八千枚という大金を得た。
さすがに手でそんな大金を持っていくことは出来ない。
そこで重宝するのが、持ち主の魔力量によって容量が大きくなる魔力袋だ。
勇者ともあって、俺の魔力はそれなりに多い。
この袋も、俺の魔力量に影響されて家が数軒入るほどの容量がある。
金貨八千枚など、すんなり入ってしまった。
「いい取引をさせてもらった。また何かあればご贔屓に頼むぜ?」
「ああ。頼らせてもらうよ」
軽い別れの挨拶を交わし、俺は店外に出る。
心なしか、身体が軽い。
肉体的にも軽くなったのは間違いないのだが、精神的な負担がなくなったのが大きいのかもしれない。
後は時間に癒やしてもらうことにしよう。
隠居のための資金は得た。
山奥に家を建て、作物を育てたり魔物を狩って暮らすのだ。
資金が必要になる事態があれば、こっそり冒険者家業をするのもいいかもしれない。
さあ、そろそろ目をつけていた山奥の村付近へと出発しよう。
◆
「何ぃ!? 勇者が逃亡しただと!?」
人間の領土を掌握している『帝国』。
その王が住まう城では、怒号が飛び交い、人々が忙しく駆けまわるという混乱が発生している。
その原因は、魔王の目の前まで来て敵前逃亡した、英雄の名前を剥奪された勇者である。
「そんなことは前代未聞であるぞ!」
「大臣よ、少し落ち着くのだ」
「ですが王! この事態は――」
「落ち着けと言っておる」
白い髭を携えた現帝王は、先ほどから怒鳴り散らすしか脳のない大臣をたしなめた。
最高権力に睨まれてしまった大臣は、そのまま顔を伏せ黙るしかない。
「……続けよ、騎士リューク」
「は! 勇者アデルは魔王を見逃した後、我々を魔王城に残し転移の魔石にてどこかへと転移しました。魔王は勇者が消えたことをいいことに、我々三人を嬲り……その隙を見て脱出には成功したものの、この有様でございます」
「ふむ、災難であったな。ご苦労」
「勿体なきお言葉……それと、最後に一言よろしいでしょうか?」
「申してみよ」
「――勇者アデルは危険な男でした。あのような者を勇者と……それ以前に生かしておくことすら、帝国の損害となりかねません」
かつての仲間のことを、騎士リュークは淡々と語る。
その眼は憎悪を宿しており、帝王ですら言葉を詰まらせるほどの憎しみを感じた。
「わ、分かった……お主がそこまで言うのであれば、対策をするとしよう。国民に、アデルの姿を見た者は報告せよと伝えておく」
「感謝いたします。アデルの所在が分かりましたら、ぜひとも第一に私にお伝えくださいませ。死すらも生ぬるい地獄を見せたいのです」
「それも覚えておこう。今は下がり、身体を休めよ」
「は!」
騎士リュークが王室を出て行く。
手のひらに爪が突き刺さるほどに拳を握り、歯がかけてしまいそうなほどに歯を食いしばっている騎士リューク。
そんな様子の彼を見送った帝王は、冷や汗を流しながら大臣と向き合った。
「どうしたものか……騎士リュークのあれほどまで怒りに染まった姿は見たことがない」
「我が国の最高戦力の一人でございますし、可能な限り要求をお受けになった方が懸命かと……」
「そんなことは分かっておるわ! しかし……あの勇者アデルが裏切るとは」
「帝国に従順な犬だと思っておりましたが」
「……まあ良い。しばらくは本格的な捜索はしない」
「よろしいので?」
「勇者は前魔王を討伐した功績がある。我々は勇者アデルに頼りすぎたのかもしれん」
王は過去に思いを馳せるように、王室の天井を見上げていた。
前魔王が死に、現魔王が現れるまでに六年しかない。
この間も勇者は帝国のため、人々のために魔物と戦い、気が休まったときなどなかったのだろう。
「これは勇者アデルへのしばしの休息である。話に聞くところ、現魔王も相当な深手を負ったそうだ。再び猛威を振るわれる前に、こちらも新たに戦力を整えることにしよう」
「かしこまりました。帝国中の強者に声をかけておきましょう」
「よろしく頼む。あわよくば……彼が戻ってくることも願っておこう」
勇者を無理やり戦わせたところで、反感を抱かれて暴れ回られたら、どれだけの損害が出るか分からない。
こうなった時点で、彼が自分から戻ってくるのを待つしかないのだ。
むしろ、損害がないことを喜ぶしかない。
――そんな帝王と大臣の会話を、部屋の外から聞き耳を立てていた者がいた。
「チッ……さっさと見つけ出して捕らえればいいものを」
その男は、帝王にあることないことを報告した、騎士リューク。
勇者アデルに憎悪の炎を燃やす者である。
「アデル……最終的に君には死んでもらわないと困るんだ。この僕が勇者に成り上がるために」
リュークは邪悪な笑みを浮かべ、その場を後にする。
まだ誰も、彼の本性を知る者はいない。