一撃の勇者
「雑魚がぐちぐちと……消し炭にしてやるよぉ!」
レッドの両手に、巨大な炎弾が現れる。
どうかその程度の攻撃を続けてくれ。
シルバーも見てる中で、できれば手の内は明かしたくない。
勇者としての力なんてもっての外だ。
俺は剣を低く構えながら、レッドへ向けて駆けだす。
「オラァ!」
炎弾が放たれる。
一直線に飛んでくる二つの攻撃を、一つはかわし、一つは剣で受け流してしのぐ。
その間も足は止めない。
このまま近づいて、一撃で仕留める。
「そんな真っ直ぐ突っ込んできていいのかよ?」
「何?」
レッドの正面まで接近した瞬間、足元に何か嫌な感触がした。
「火炎地雷」
吹きあがる炎の本流。
突然足元から火柱が立ち上がったのだ。
しかし到底反応できないものじゃない。
俺は身をひねってかわし、かわした際に蹴った足とは別の足で地面を強く踏み込んだ。
「ふっ!」
踏み込むと同時に剣を一閃。
真横に振った剣が、レッドの体をとらえる。
いや……どうやら外したようだ。
「残念だったなぁ」
目の前にいたレッドが炎となり、俺の体にまとわりつこうとしてくる。
炎の隙間から、向こう側に本物のレッドが見えた。
二重トラップ――頭に血が上りやすいように見えて、意外と繊細なことをする。
「炎の鎖だ! そう簡単に逃げられると思うなよ!」
襲い掛かってきた炎は無数の鎖を形作り、俺の体をとらえるため背中の方にも伸びてくる。
完全につかまってしまう前に、俺は剣を間に挟み締め付けられるのを回避した。
背中や腕に炎の鎖が当たった瞬間、表面の皮が焼けて嫌な臭いを放ち始める。
魔王を倒すためだけに鍛え上げた俺の体が焼ける温度に、嫌な予感がした。
よく見れば、防御のための剣に変化が訪れている。
鎖と触れている部分が、溶け始めているのだ。
鉄をも溶かす温度……このままでは俺の体も持たない。
「くっ!」
俺は無理やり鎖を押し広げ、飛び上がって脱出する。
ある程度距離を取り、ひとまずは難を逃れた。
「チっ、とらえきれねぇか。めんどくせぇやつだな、てめぇも」
「面倒くさいはこっちのセリフだ……」
横目で剣を見る。
溶け始めたのは片刃だから、まだ振れないことはない。
しかし極端に脆くなってしまっているため、長期戦には対応できないだろう。
「仕方ないな」
「何だぁ? 命乞いでもするのか?」
「そんなわけないだろ」
俺は剣を振りかぶり、腕に力を込める。
剣を見る限り、持って一撃。
一撃でレッドを倒すには、それなりに力を開放しなければならないだろう。
「受け止めるより、避けることをおすすめするぞ」
「はっ、どうせ悪あがきだろうが!」
レッドの片手に炎が集まっていく。
避ける気はないようだ。
「……後悔するなよ」
「雑魚がうるせぇなァ! 何をしようとテメェはここで死ぬんだよ!」
今までで一番大きな火球が、レッドから放たれる。
俺は息を整え、ただ真っ直ぐ剣を振り下ろした。
音が、消える。
◆
「っ! この気配……」
イスベルの背中に悪寒が走る。
アデルの元へ戻るために歩いていたイスベルは、今感じた気配に覚えがあった。
「まったくもって恐ろしい男だ。軽く剣を振るだけで、これほどの影響力があるとはな」
その身でアデルの剣を受けた者だからこそ分かる、本気の太刀筋の気配。
イスベルですら無傷で済まなかった「ただの斬撃」を受けたであろう相手に、同情を覚えてしまう。
「戻るか……」
結局この場所は行き止まりであり、進むには一度戻るしかない。
イスベルは決着がついているであろうアデルの元へ、冷や汗を流しながら戻るのであった。
◆
「がっ……んだよ、これ……」
肩から足にかけて斬り裂かれたレッドは、大量の血を流しながら疑問を吐く。
両断するつもりだったが、レッドの放った火球に押され骨や内臓器官を傷つけるだけに留まった。
しかし、それでも十分致命傷。
戦いは終わった。
「悪いけど、俺は回復魔術は不得意なんだ。お前はここで死ぬ」
「てめぇ……なにもんだ」
「今はただの隠居生活中の村人だ。もう、ただの一般人だよ」
「ふざ……けんな……」
そう言い残し、レッドは地面に伏せた。
血が広がっていき、生命の息吹が途絶える。
俺は殺意を込めて振ったせいで折れてしまった安物の剣を、辺りに放り投げた。
市販の剣では勇者の一撃には耐えられない。
今後もしこういうことがあるのであれば、何とか頑丈な剣を手に入れるしかないな。
「終わったようだな」
「ああ、倒したぞ」
シルバーが近づいてくる。
動かなくなったレッドを見下ろし、シルバーは首を傾げた。
「結局のところ……こやつらは何者なのだ?」
「いや、俺に聞かれても分からない。ただ、実験が何だとか言ってたな」
ダンジョン内で人を襲う。
その時点で街の衛兵に突き出し拘束してもらうべき案件なのだが、連中の行動原理は確かに気になる。
何かの組織的力も感じたし、調査して――。
「――いや、何を考えてるんだろうな」
「何だ? 私を無視して考え事か。不敬なやつめ」
「無視はしてないから。少し、昔の癖が出そうで嫌になっただけだ」
俺はもう、勇者じゃない。
誰かのために戦わなくていいし、世界の敵となる要素をわざわざ排除しにいかなくてもいい。
「む、やはり終わっていたか」
「おお、イスベル」
少し感傷に浸っていると、もう一人の女を追っていったイスベルが戻って来た。
その瞬間、分かりやすくシルバーが動揺し、後ずさる。
「ききききき貴様はあのときの女ァ!」
「む? ああ、あの時私が殴った王様気取りではないか。なんだ、アルはこの男と一緒にいたのか」
「ちょっと協力してもらってな」
俺の背中に隠れて、犬のように威嚇音を出すシルバー。
さっきまで不敬不敬と偉そうにしていたのに、何だこの急変具合は。
「私に近寄るでないぞ暴力女め!」
「し、失礼な男だな貴様! 先に手を出したのは貴様だろうが!」
「肩を抱いただけであろう!」
「接触はすべて攻撃だ!」
横暴過ぎる。
「あー、もうやめろって二人共。いつまでもここにいるわけには行かないだろ? シルバーは仲間が上で待ってるだろうし、どうするんだ?」
「ああ、私は上階へ戻る。家臣たちが待っているというのもあるが、どこぞの馬鹿者が開けた七十階層直通の穴を塞がねばならん。ここの魔物が上層に現れたらかなわんからな」
「ぐっ」
馬鹿者と言われ奥歯を噛みしめるイスベル。
楽はできたといえ、今後はもうやらせないようにしよう。
生態系を壊しかねない。
「そんじゃ、ここで解散だな」
「うむ。アル、貴様は見どころがある。今度私のクランの城を訪ねるが良い、歓迎しよう」
「そうか、機会があれば行くよ」
「うむ。ではな、アルと暴力女」
「その呼び方やめろ!」
イスベルの怒声を背中に浴びながら、シルバーは天井に空いた穴を経由して上階へと上がっていく。
「んで、俺たちはどうする?」
「む、当然進むぞ! お宝がまだ見つかっていないからな!」
「言うと思ったわ」
目を輝かせているイスベルを見る限り、お宝が見つかるまで帰る気もないようだ。
仕方なく、ダンジョンのさらに下層を目指し出発しようとした瞬間――。
――炎が上がった。
「「ッ!」」
二人でその方向を見れば、確かに殺したはずのレッドの身体がゆっくりと起き上がろうとしている。
全身から炎を吹き出しながら、ついには閉じていた眼を開いた。
「やってくれたな、てめぇら」