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得意な魔王

「待て!」


「……しつこい女」


 七十階層を、二人の女が駆け巡っていた。

 追われている側は、レッドとともにいた青い装束を身にまとったブルーと呼ばれる者。

 もう一人は、魔王としての悪名が名高いイスベルである。


「なぜ私を追う?」


「私の前にいるからだ!」


「理由になってないのだけど」


 ブルーはダンジョン内をかけているうちに、広い空間へとたどり着く。

 しかし、その空間のどこを見ても入ってきた道以外の出口がない。

 完全に行き止まりである。


「ふっふっふ、ついに追い詰めたぞ」


「……あなた、本当に何しに来たの?」


「そんなの決まっているであろう! えっと……あれ、私は何しに来たんだっけ?」


 追い詰めた喜びから本来の目的を忘れてしまったイスベルに、敵であるはずのブルーでさえ呆れてものを言えなくなってしまった。

 

「お、そうであったそうであった! 私は貴様にお宝をすべて奪われぬように追いかけてきたのだ!」


「お宝? 何のことか分からないけれど、ここまでついてこられた以上、あなたにも実験に付き合ってもらうわ」


「実験?」


 イスベルが首を傾げた瞬間、ダンジョン内にいくつものうめき声が響き始める。

 

「ここは通称モンスターハウス。ただの行き止まりに見えるけど、入り込んだ人間を始末するためのトラップ部屋なの」


「なに⁉」


「ほら、聞こえるでしょう? ここで侵入者を狩る使命を受けた、不死身の化け物たちの声が」


 気づけば、二人の足元には黒い靄が立ち込めていた。

 信じがたいことに、嘆くようなうめき声は、この靄の中から聞こえてくる。

 金属どうしが当たる音とともに、その魔物たちは現れた。


不死身の騎士(アンデットナイト)。この地で死んでいった騎士たちのなれの果てよ」


『オォォォォォォ!』


 所々が欠けている壊れた鎧を身にまとった騎士たちが、今度は雄たけびとともに靄の中より現れた。

 鉄仮面の奥に怪しく光る赤い目は明確な敵意を孕んでおり、それらは中心にいるブルーとイスベルへと向けられている。


「偉そうに解説してはいるが、貴様こそ罠にかかっているではないか」


「私は罠にかかったんじゃなくて、わざとあなたごと罠にかかったの。実験のためにね」


「む?」


 今にも騎士たちが襲い掛かってくるという状況で、ブルーは目を閉じた。

 訝しげに見ているイスベルの前で、ブルーの周囲に魔法陣が展開される。

 イスベルはまだ知りえないが、この魔法陣は色こそ違えど、別の場所でレッドが使用したオークを生み出す魔法陣と酷似していた。

 

「支配術式、タイプ不死身の騎士(アンデットナイト)


 魔法陣が、空間の端から端まで広がる。

 反射的に飛び上がったイスベルだったが、その魔法陣がまったく自分に影響を及ぼさないことに気づいた。

 しかし、何も起きなかったわけではない。

 

『お……お』


「狙いは私ではなかったということか」


「ご名答」


 着地したイスベルの周りにいる騎士たちは、小刻みに震えてはいるものの、動く気配を見せなくなった。

 ブルーの展開した魔法陣の影響を受けていることは一目瞭然である。


「主を持たない魔物の支配実験はとりあえず成功。あとは、命令を聞くかどうかね」


「支配? なんだ貴様、こやつらを飼う気なのか?」


「だったら?」


「やめておけ。臭いし頭は悪いし大して強くもなくて使い物にならん」


「強くないって、やっぱりあなた頭がおかしいのね。不死身の騎士は一体でBランクの魔物。これだけいたら、Aランク冒険者だって危険な存在なのに」


 イスベルは周りを見渡し、不死身の騎士を改めて観察する。

 彼女にとって、この不死身の騎士たちがなぜこれほど恐れられているかが意味不明であった。

 魔王として指揮を執っていた時のイスベルは、兵隊として不死身の騎士を使っていた(・・・・・)こともあったが、結局勇者を足止めすることすらできず、捨て駒にしている。

 そのため、イスベルの中での不死身の騎士は最低の評価なのだ。


「危険とは言っても、簡単には死なない(・・・・)だけであろう? それのどこが危険なのだ」


「……あなた、本当に頭がおかしいみたいね。もしかして目の当たりにしたことがないからそんなことが言えるの? だったら、ちゃんと教え込まないと」


 ブルーは、イスベルのことを指さした。

 その瞬間、この空間にいる不死身の騎士たちの視線がイスベルへと向けられる。

 殺意がこもった視線を一身に浴びて、イスベルは感心したように声を漏らした。


「ほう、面白い。私の他に魔物を使役する者がいようとはな……」


「声が小さくて聞こえない。命乞いならもっと大きな声で言って」


「誰が命乞いなどするものか!」


「なら――――死んでよ」


 騎士たちが一斉に動き出す。

 刃こぼれがひどく、錆びついた剣を振り上げ、イスベルの命を刈り取るために近づいてきた。

 しかし、イスベルはブルーから目をそらさない。

 刃が振り下ろされ、当たる寸前になっても、それは変わらなかった。

 そして、騎士たちの刃が彼女に届くこともない。


「――氷結世界(アイスワールド)


 イスベルが一言つぶやいた。

 次の瞬間、すべての騎士の動きが完全に停止する。

 騎士たちは全身を氷に包まれており、指先一つ動かせないようだ。


「で、何が不死身だって?」


「なっ……これは……⁉」


 凍ってしまった不死身の騎士に、ブルーが手を伸ばす。

 すると、指先が当たったと同時に氷ごと砕け散ってしまった。

 欠片となった氷が光を反射させながら、地面に落ちていく。

 ブルーは、それを呆然と見送ることしかできなかった。

 

 不死身の騎士がなぜ不死身と呼ばれているのか。

 それは、騎士たちの驚異的な生命力に由来する。

 頭を斬り飛ばされても動き、心臓を穿たれても動き、バラバラにされてもそれぞれのパーツが動き出す。

 どこまで追い詰めても油断することができない、それが不死身の騎士の特徴だった。

 

 だからこそ、物理攻撃が意味をなさないことを理解しているイスベルは、別の手法を取った。


「私はこう見えて氷属性魔術が得意なのだ。こんな腐りかけの騎士ならば、芯の芯まで凍らせてしまった方が早い」


 イスベルが、剣を振り下ろしていた騎士にそっと触れる。

 それがきっかけとなり、周りにいた不死身の騎士たちはまとめて砕け散った。


「実験とやらは済んだか? ならばそこでじっとしておけ。私はこの先のお宝を回収しなければならないのだ」


「あ……」


 ブルーがその場に座り込む。

 

 何もかもが桁違いであった。

 これほどの魔物を一瞬で凍らせるほどの魔術、そしてその魔術を発動させるための魔力。

 どう観察し、思考を巡らせようが、この女には勝てない。

 イスベルが本気になれば、すでに自分も生きてはいなかった――。

 そう思ってしまえば最後。

 もう立ち上がる力は残っていなかった。


「……魔王」


「っ!」


 そのとき、ブルーの口から単語がこぼれる。

 彼女からすれば、無意識に出た言葉だった。

 自分の知る中で、これほどの実力を持つ存在は魔王か勇者、ほか数名のAランク冒険者しかない。

 その中で一番早く思いついた魔王という言葉が、ふとした拍子に漏れてしまっただけなのである。


「今……何といった?」


 それが、魔王イスベルの逆鱗に触れるとは思いもしなかっただろう。

  

「その名で呼んだ以上、生かしてはおけぬな」


 座り込むブルーが凍り付くまでに、一秒も必要としなかった。


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