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試される勇者

「てめぇがただものじゃねぇってことはよく分かった。だがな、この数のアークオークを捌ききれるかよ?」


 レッドは少しの間驚いた顔をしていたものの、自分の周りの戦力を再認識したようで、現在はさっきまでの余裕の表情を取り戻している。


「ふん、まだ気づかぬか」


「何?」


「貴様が生みだしたなどという豚どもでは、この私に傷一つつけることができないということを」


「っ! ほざけ! その虚勢がいつまで持つだろうな!」


 剣を構えるシルバーの周りを、アークオークが取り囲む。

 オークたちは斧を、槍をシルバーを殺すためだけに振るった。

 囲まれている以上、シルバーがそれらをかわすことは不可能。

 当然、すべてをその身に受けることになる。


「無駄だ」


 しかし、やはり壊れたのはオークたちの武器の方だった。

 鉄製の武器がことごとく砕け散り、地面に散らばる。

 

「ど、どういうことだよ……!」


 レッドはこの現象の正体が理解できていないようだ。

 無理もない。

 俺も最初は信じられなかったし、実際まだ疑っている。

 

 概念魔術――噂程度の情報しか出回っていない、明確な定義のされていない魔術だ。


 発現の理由や、鍛え方すら不明という研究のしようがない魔術でもあり、使い手は片手で数え切れるほどしかいないといわれている。

 さらにいえば、概念魔術を扱える人間はそれ以外の魔術を全く使えなくなる代わりに、ある一つの分野において他の追随を許さない実力者となる。

 

「貴様は気づいたようだな、アル」


「……その言い方は、やっぱり概念魔術で合っているみたいだな」


「うむ。初見で見破るとは、貴様も只者ではないな」


 シルバーは周りにいたオークたちを瞬く間に切り捨てて、会話を続ける。

 

「私の概念魔術は、『絶対防御』。これを発動している間は、私を傷つけるという行為は絶対にできない」


「オ……オオォォ!」


 動揺するオークがやけくそに斧を振り下ろしてくる。

 シルバーは、あえて首を傾けた。

 そして、わずかに滞空していたシルバーの髪の毛に、斧が当たる。

 それだけのことで、振り下ろされた斧は破砕音とともに砕け散った。

 髪の毛一本ですら斬ることができない。

 絶対防御という名は伊達ではないようだ。


「誰もこの私を倒すことはできない。ゆえに王と名乗っているのだ」


 シルバーは次々に襲い掛かってくるオークたちを、決して避けることなく正面から切り捨てていく。

 その威風堂々たる態度は、確かに王と名乗るにふさわしいものだ。

 少なくとも、普段のイスベルよりはよっぽど王らしい。


「チっ、厄介なやつと当たっちまったみたいだな」


「ようやく気付いたか、赤きものよ。それでどうする? あれだけいたオークは全滅したが」


 気づけば、この場に立っているのは俺とシルバー、そしてレッドだけだった。

 アークオークたちからすれば、災害に当たってしまったようなものだ。

 数秒と経たずに、残り二十体以上はいたはずの仲間たちが殺されたのだから。


「使えねぇ野郎どもだ……仕方ねぇな」

 

 レッドは足元に唾を吐き捨てる。

 そして、シルバーをにらみつけた。


「仕方ねぇから直々に俺様が相手になってやるよ」


「初めからそうしていればいいものを……私に時間を取らせるな」


「うるせぇ! 分かってんのか? てめぇの手の内はすでに丸わかりなんだよ!」


 レッドの全身から、真紅の炎が噴き出す。

 この感じ、相当な火属性魔術の使い手だ。


「今すぐてめぇの余裕面、焼き消してやるからよぉ!」


 飛び上がったレッドは、シルバーに手を向けた。


火炎の弾丸(フレイムバレット)!」


 放たれたのは、無数の人間大の炎の弾丸たち。

 本来抱えられる程度の大きさを一発放つだけの魔術のはずが、巨大にして尚且つ連射している。

 まごうことなき実力者だ。

 甘く見ていれば、あっさりと狩られてしまうレベルの――。


「ふん。芸の無いことを」


 しかし、シルバーには関係のないことだ。

 ゆっくりと、炎の弾丸をその身に受けながら前に進む。

 着弾した弾丸は霧散し、火の粉を残して消えてしまう。

 

「ならこれはどうよ!」


 レッドの手に、火種が浮かび上がる。

 ……そのまとっている魔力から予想するに、ただの攻撃魔術ではない。


「炎獄庭園!」


 その火種を、レッドはシルバーに向けて投げつけた。

 

「無駄だと言っている」


 当然、シルバーよけず、その身で受けた。

 案の定、絶対防御に弾かれた火種だが、地面に落ちたときに異変が起こる。


「む、何だこれは」


「お前を殺す炎だ!」


 火種が地面に落ちた瞬間、その周囲が一気に燃え広がった。

 俺の所までは広がることはなかったが、中心にいたシルバーの周りは足の踏み場がないほど炎上している。

 その炎はまだ勢いを増しており、瞬く間にシルバーの姿を隠してしまった。


「この程度で私を倒せると思っているのか?」


「倒せやしねぇだろうな……だが、これで十分なんだよ」


「何を言って――」


 確かに、こんな広範囲の炎じゃ威力も分散してしまって、ますますダメージなど与えられないだろう。

 本来、こういった魔術は耐久力の高い敵に対し、継続ダメージを与えることを目的とされた……継続ダメージ?


「っ! シルバー! さっさと脱出しろ!」


「何?」


「はっ! 気づくのがおせぇよ!」


 炎の中、シルバーが膝をつく様子が窺えた。

 だめだ、遅かった。


「息がっ……吸えぬ……!」


「そうだ! こんな炎に包まれた空間で息が吸えるわけがねぇ! 傷はつけられなくたって、殺し方は他にもあんだよ!」


 初見だったら、こんな攻略法を思いつくはずがない。

 オークとの戦闘中に、シルバーは手の内を見せてしまった。

 概念魔術の使い手は、初見の相手にはめっぽう強いが、一度手を見せた相手には極端に弱くなる。

 戦う手段が一つしかないのだから、その一つを対策されてしまえばどうしようもないからだ。


「っと、冷静に見てる場合じゃないな」


 俺は剣を抜く。

 まずはシルバーを助けなければ。


「お、何だ? てめぇも同じ目に遭いたいのか?」


「死んでも勘弁だ。俺はシルバーみたいに頑丈じゃないからな」


 俺は手をレッドに向ける。

 放つ魔術は、暴風の弾丸(ウィンドバレット)

 風の塊を撃ち出す魔術だ。


「そんな魔術が俺に効くと思ってんのか!」


「思ってないぞ」


 俺は放つ寸前のその手を、炎の中にいるシルバーへ向け直し、放った。

 風の弾丸は間違いなくシルバーに当たり、その体を大きく吹き飛ばす。

 炎の外へと。


「ごほっごほっ……ふぅ、ほかにやり方はなかったのか?」


「どうせダメージはないんだろ?」


「不敬者め。吹き飛ばされるために解除していたに決まっているだろう」


「それでもほぼ無傷じゃないか……」


 俺の目的は、シルバーを炎の中から離脱させること。

 その思惑を目の当たりにしたレッドは、わなわなと手を震わせていた。


「てめぇ……」


「本当は放置しておくはずだったんだけどな」


 正直、シルバーだったらあの炎からの脱出程度わけなかったはずだ。

 息を止めながら炎の中を走り抜ければいいのだから、足さえあれば誰にだってできる。

 しかし、シルバーはそうしようとはせず、ただ俺を見ていた。

 シルバーはあの状況で、俺を試そうとしたんだ。

 俺が何者なのか、見極めようとしていたのだ。


「面倒ごとを誰かひとりに押し付けるのって性に合わないんだ。俺も少しは働くことにしただけだよ」


「雑魚が……っ! 調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 レッドから噴き出す炎の出力が、格段に上がった。

 それでも、俺は落胆する。

 この程度かと。


「お前のいう雑魚が、どれほど危険かってくらいは教えてやる」


 俺は剣を構え、静かにレッドをにらみつけた。

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