表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/85

硬い王様

 シルバーは全身についたほこりを払い、立ち上がる。

 

「あんた、どうしてここに?」


「王とはいえ冒険者の端くれなのだ。ダンジョンにいて不自然ではあるまい」


「いや、まあそうなんだけど……それにしては地上からここに来るのが速い気がして」


「Aランク冒険者は下層の狩場を荒らさないために、三十階層まで転移する特権が与えられているのだ」


 なるほど、俺たちが三十階層にたどり着くまでに約三十分。

 次の馬車と転移の時間を考えれば、辻褄が合う。


「それにしても何だここは……おかしな穴に落ちたと思ったら、どうして貴様がここにいる」


「……落ちたのか?」


「お、落ちたのではない! 下りたのだ! 家臣たちは何があるか分からぬため三十階層に残してな」


「……」


 こいつ、ちょっと面白いな。

 

「ここは七十階層。さっきあんたを蹴り飛ばしたベルって女が、面倒くさがって床をぶち抜いたんだ」


「何⁉ あの女……私を蹴り飛ばすだけにとどまらず、常識すら打ち破るとは」


 口に出すことはできないが、あれでもれっきとした魔王だ。

 常識などが通用するわけはない。

 ただそれを考えると、魔王に蹴り飛ばされてもピンピンしているこの男は何者なのだろうか。


「オイ、そろそろ俺も混ぜてもらっていいかねぇ?」


「あ、忘れてた」


「む、なんだ貴様は」


「……てめぇら舐め腐ってんなぁ」


 置いてけぼりをくらっていたレッドという名前らしい男の頭に、青筋が浮かび上がる。

 

「まあいいや、目撃者が増えたならまとめて消せばいいし。恨むなら自分の運命を恨めよ?」


 気が付けば、レッドの周囲に膨大な魔力が集まっていた。

 それはレッドの肉体へと吸収されていき、彼自身が内包する魔力量を底上げしている。

 明らかに何らかの魔術の準備をしているのだが、どうにも奇妙だ。


「おい貴様」


「アルって呼んでくれよ」


「ふん……アルとやら、あの男は何をしようとしている?」


「あいにく分からない。シルバー、あんたも分からないのか?」


「様をつけぬとは不敬なやつめ……まあいい。認めたくはないが、私にも分からん」


 そう、仮にも多くの戦場を経験し、死線を何度も潜り抜けた俺が、レッドの発動しようとしている魔術が特定できないのだ。

 専門家というわけでもないが、俺だって決して無知ではない。

 そしてAランク冒険者らしいシルバーにも分からないのであれば、今から発動されようとしている魔術は、極めて珍しい物――さらに言えば、いまだ誰も使用したことがない前例のない魔術の可能性がある。


「見て驚け……これが俺たちの研究成果だ」


 レッドの足元に、巨大な魔法陣が広がる。

 その範囲内にいた俺とシルバーは素早く飛び去るが、何かが起こる気配がない。

 

「ふむ、ただのはったりか」


「いや……違う」


 そんなわけがない。

 レッドがため込んだ魔力は、すべてあの魔法陣に集約されている。

 

「生まれいでよ――クソ豚ども!」


 レッドが手を掲げる。

 次の瞬間、どこからともなく無数の雄たけびが聞こえてきた。

 辺りを見渡すが、俺たち三人以外に影はない。

 しかし、雄たけびは確かに圧を増している。

 そして見えない敵の声に警戒心を強くする中、そいつらは現れた。


「オオォォォォォォォ!」

 

 レッドの周囲に展開された魔法陣。

 そこから一匹、二匹と、赤黒い肌をした巨体たちが姿を現す。

 外見はオークにそっくりだが、体格が二回りほど大きい。

 口元に見える牙はオークよりも狂暴で、棍棒などの武器を持つはずの手には、鋼の斧や剣が握られていた。


「ハッハッハ! 総勢三十体のアークオークの生誕祭だ! 楽しんでいけよ!」


「……まじか」


 アークオーク――オークの進化種といわれており、Bランク相当の魔物だ。

 自然界で長く生き延び、数々の死闘を潜り抜けてきた歴戦のオークのみがアークオークと呼ばれるようになるため、数は圧倒的に少ない。

 だからこそ、この状況は異常だ。

 数年間の旅の中、様々な魔物と戦ってきた俺ですら遭遇したのは一度きり。

 そんな魔物が、一度に三十体。

 召喚魔法でも、こんなことはできない。

 

「こいつらはな、俺が生んだ可愛い可愛い子供たちだ。親の命令はなんでも聞いてくれる。例えば、てめぇらを始末しろ……とかな!」


「オオォォォォォォ!」


 アークオークが俺たち目掛け、武器を振りかぶりながら駆けてくる。

 大変面倒くさいことではあるが、応戦するしかないようだ。


「ふん、豚風情が」


 俺が剣を抜こうとした瞬間、シルバーが俺とオークたちの間に立ちふさがる。

 その手にはすでに剣が握られていた。


「一丁前に私の前で雄たけびを上げるなどと、万死に値する」


 シルバーの顔つきが変わった瞬間、彼の体から白銀のオーラが噴出した。

 それによって場の空気が変わる。

 数で勝るはずのオークたちの獣臭い空間を、一瞬にして高貴な空気が塗り替えてしまった。


 さすがは王を自称するだけのことはある。

 これほどの力は、王と呼ぶに相応しい――――。


「今の私に恐れる物は、先ほどの女以外に何もない!」


 ――あまり相応しくなかった。


 などと俺が呆れているうちに、一体のアークオークがシルバーの目の前まで迫っていた。


「っ! シルバー!」


「ふん」


 シルバーは、避けようともしない。

 このままでは、確かな破壊力を持つ斧によってシルバーの体は真っ二つに切り裂かれるだろう。

 しかし、すぐにその心配は杞憂であることが分かった。

 

「オ……オオ……?」


 斧がシルバーに叩きつけられる。

 その斧は頭部を的確に捉えたはずだった。

 捉えたはずなのに、どういうわけか粉砕されたのは、アークオークの持っていた斧。

 甲高い破砕音とともに、その破片が辺りに散らばる。


「何人たりとも、王を傷つけることなど不可能なのだ」


 シルバーは混乱しているアークオークを、持っていた剣で一閃のもとに切り捨てる。

 心の底から美しい太刀筋だと感じた。

 空気すら切り裂くその一閃は、剣士としても最高峰の技を持っていることが窺える。


「アルとやら」


「何だよ」


「あの女に、二度と私に近づかないよう言っておけ。私の誘いを断った者に再び会おうものなら、この手で切り捨ててしまいそうになるからな」


「……ベルにビビってるだけじゃないのか?」


「何を言うか! この私が一度傷つけられたくらいで怖がるわけがなかろう! 一度傷つけられたくらいで!」


「トラウマになってるじゃないか」


 さっきの攻防を見る限り、シルバーは何者にも勝る頑丈さを持っているようだった。

 王と名乗るほどに自信があったその防御力を、イスベルがただの蹴りでダメージを与えたために恐怖心が生まれているのだろう。

 もうイスベルに自分から近づこうとはしないだろうが、何というか……切ない男である。


「王である私が怯えるなどとあってはいけな――ぐっ! 今話している途中であろうが!」


「ぼぎゃ!」


 怒鳴り散らすシルバーの頭部を、別のアークオークが殴りつける。

 不意打ちで一瞬ひるんだシルバーだったが、すぐに反転しそのオークの首を切り裂いた。


「ふん、不敬者が」


「っ……! 貴様なにもんだ?」


「私が何者か、だと? 無知な貴様に教えてやろう!」

 

 シルバーは、剣についた血を振り払い、レッドに向ける。


「クラン『銀翼の騎士団』の王、シルバー・イージスターである! 跪くがよい! 全身赤色の愚民よ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ