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手を引かれる勇者

「シルバー様! しっかり!」


 慌てふためく騎士たちに抱えられ、気絶しているシルバーが運ばれていく。

 甲斐甲斐しく動き回っている銀翼の騎士団の様子は、なんともマヌケなことか。


「二人だ、私たちを乗せてくれ」


「は、はい……」


 呆気にとられている運転手に許可をもらい、イスベルが馬車の荷台に乗り込んでいく。

 俺も運転手に一礼し、荷台に乗った。


「お前に手を出すなんて、勇敢なやつだったな」


「皮肉にしか聞こえんぞ。あれはただの無謀だった」


 俺たちが乗り込んだ時点で、ゆっくりと馬車が動き出す。

 多少揺れが気になるが、気分が悪くなるほどではない。

 できるだけ急ぎながら、尚且つ乗客の気分が悪くならない程度に加減してくれているようだ。


「アデル……私には魅力があるのか?」


「へ?」

 

 何気なく荷台にある窓から外を眺めていた俺は、突然の質問に面食らってしまった。

 イスベルの方へ顔を向けると、真剣な眼差しで俺を見つめている。

 駄目だ、この空気は誤魔化しが効く様子じゃない。


「さっきの男は私に魅力を感じたから言い寄ってきたのだろう。今考えれば、ギルドで絡んできた男も馬鹿にしてきたのではなかったのかもしれない……しかし魔王城のときにはそんなこと一度もなかった」


 イスベルはトラグルのあれをバカにされたと思っていたのか。

 まずはそこに驚いた。

 あの態度は舐めているとしか思えなかったのも確かだが――。 

 彼女が言い寄られたことがないのは、仕方のないことだろう。

 魔王のときのイスベルは全身を鎧に包み、顔を覆っている兜を被っていたために素顔も体型も分からなかった。

 俺も魔術の詠唱時に女と知り、見た目を知ったのは村での再会が初めてだ。

 つまりは見た目によるアドバンテージは得られない。

 そもそも魔王という立場がある以上、中身を知ることができる距離まで近づいてくる者がいなかったはずだ。


「だからすごく戸惑ってしまった……今後こういうことがないように、自分が周りからどう思われているのか知りたい!」

 

「そ、そうか……」


 イスベルは前のめりになって問いかけてきた。 

 馬車がダンジョンに到着するまでは、まだ時間がある。

 あとしばらくは、目の前に居る人間の長所を答えるという辱めを味合わなければならないわけだ。


「イスベルのいいところ……」


 期待を込めた視線を向けてくるイスベルの見た目を、よく観察してみる。

 改めて見ると、絶世の美女と言っても差し支えない容姿だ。

 スタイルは抜群で、十人が十人振り返ると確信を持って言える。


「確かに容姿は完璧で、それだけで声をかけてくるやつは多いだろうな」


「み、見た目か……」


 イスベルは自分の顔と身体をペタペタとさわり始める。


「アデルも……私に魅力は感じるのか?」


「へ? そ、そりゃまあ多少は」


「多少か……」


 そこで落ち込まれても困るのだが。


 うなだれたイスベルを前にして、俺は考える。

 このままでは女の見た目しか褒められない男になってしまう。

 ……いや、見た目以外で一つ、思いつくことがあった。

 しかし、これは直接言い難い。


「……今はやめておくか」


「な!? 何かあるなら言ってくれ!」


「気恥ずかしくて言えるか! 面と向かってじゃ恥ずかしいんだ!」


 俺は席に深々と座り直し、窓の外の景色に目を向ける。

 

「教えてくれないの!? ねぇ!」


「だから今は言わないっていってるだろ!」


 イスベルは縋るようにして俺に近寄ってくる。

 これ以上の追求をさけるために、俺は荷台の中でもイスベルから離れたところへ移動した。

 移動したはずなのに、イスベルはしつこく追ってくる。

 

「追ってくるなよ!」


「聞きたいのだ! 教えてくれ!」


 結局俺たちはダンジョンに到着するまでの間、追いかけっこを続けていた。

 その結果、到着したころには汗だくという酷い状態。

 準備運動としては最適だったが、今後は御免被りたいものだ。


「こ、これが……ダンジョンの入口か……」


「そうだ……ここから下って、ようやく一階層に行ける……」


 俺たちは息を切らしながら、巨大な洞窟の入口に立っていた。

 洞窟の奥には地下へ下る階段があり、ダンジョンはそこからが本番となる。

 

「それにしても、さっきあれだけの人間が待機していたのに、入口付近には我々しかいないのだな」


「この洞窟型の入口は複数あって、乗った馬車によって連れてこられる場所が違う――らしい。だからまだしばらくは人はこないはずだ」


 冒険者が固まりすぎないよう、入口は複数になるよう改造してあるようだ。

 おかげで狩場争いなども減り、冒険者たち同士のトラブルが大きく減ったと聞く。


「んじゃ、行くか」


「う、うむ!」


 俺たちはダンジョンへと足を踏み入れる。

 階段を下り、一階層へと降り立った。

 

「おお!」


 岩の壁に囲まれた道が伸び、その所々に含まれた魔石が光を放つことで光源が確保されている。

 これなら視界に困ることはなさそうだ。


「行くぞアデル! 早く! 早く!」


「そんな急かすなって!」


 イスベルが俺の手を引き、ダンジョン内を進んでいく。

 こんな風に騒がしく駆けていたら――。


「グォォォォォォォ!」


「む、何だ?」


 別の通路から、雄叫びを上げながら『オーガ』が姿を現す。

 オークと体格自体は似ているが、肌の赤さと頭に生えた角が明確な違いを生み出していた。

 そしてオーガは脂肪でなく分厚い筋肉を携えている。

 下級の魔物の中でも、打たれ強さと怪力から危険な魔物認定されていた。


「おい! あいつはオーガ――」


「邪魔だ!」


 イスベルは俺を掴んだまま加速し、剣を抜刀した。

 そしてそのまま、目の前のオーガをひと振りで斬り伏せる。

 彼女が止まる気配はない。


「行くぞ! 目指すは最下層だ!」


「分かったから離せ! 一人で歩けるから!」


 目の前に飛び出してくる魔物を斬り払い、真っ直ぐ二階層を目指す。

 このままのスピードで進めば、最下層到達も夢ではない――かもしれない。


 先ほどまでアデルたちがいたダンジョンの入口の前に、二人の男女が立っていた。

 男の方は赤い髪を持ち、女は長い青髪を持っている。

 体のにはそれぞれの髪色と同色のローブをまとっており、はっきりとした体格は分からない。


「レッド、準備はいいかしら」


「誰に聞いてんだ、ブルー。さっさと始めるぞ」


 二人はダンジョンの中へと足を踏み入れる。

 

「さあ、実験の時間だぜ」


 レッドと呼ばれた赤い髪の男は、悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 ブルーと呼ばれた女性は呆れた様子で肩を竦めるが、その笑みは同じく邪悪なものだ。

 

 二つの悪意が、ダンジョンの中にいる冒険者たちに迫ろうとしていた――――。

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