褒める勇者
「頭が痛い……」
「飲みすぎだ。次から自重しろ」
「うむ」
レオナたちと出会った日の翌日。
俺とイスベルはダンジョンに向かって街を歩いていた。
これから張り切ってダンジョンを攻略するというのに、イスベルの顔は青い。
二日酔いのせいで体調がすこぶる悪いようだ。
あいにく、元勇者とはいえ二日酔いを改善するための魔術は持ち合わせていない。
「これから馬車に乗るってのに大丈夫か?」
「馬車? 歩いていくのではないのか?」
「ああ。潜っている人間を把握するために、ダンジョンまではどんな立場でも馬車に乗ることになってる」
原則として、馬車以外での通行は許可されていない。
そうすることで、ダンジョンから戻ってこない人間の把握がしやすいのだ。
さらに中にいる人間を把握しておくことで、万が一ダンジョン外で事件が起きた時に対応できる人間を呼びに行きやすい。
そんな理由から、馬車に乗らず無許可でダンジョンに入ることは禁止されている。
「うぅ……そうだったのか」
「吐きそうになったらすぐいえよ」
「そうだな……吐きそうになったら外へ蹴り出してくれ」
「そこまではしないからな」
極端な女だ。
そんな話をしているうちに、ダンジョン行きの馬車が並んでいる街のはずれにたどり着いた。
「一台に十人まで乗ることができます! それぞれの馬車の前に一列に並んでお待ちください!」
街の役人らしき人間が、集まっている冒険者たちを誘導している。
ずいぶんと人数が多いため、大変忙しそうだ。
「ここにいる全員が一攫千金を狙っている者たちか?」
「そうだろうな。ライバルたちってことだ」
「こやつらより早くお宝を見つけないといけないわけだな!」
「そういうことだ。まあ、下層に行けば行くほど人は少なくなるから、そのうち楽にお宝も手に入ると思うけど」
事前調査によると、このダンジョンは百階層まであるようで、現在は七十階層まで攻略が進んでいる。
六十階層ほどまではスムーズに攻略が進んでいたらしいのだが、そこから七十階層までで難易度が跳ね上がり、下手をすればAランク冒険者でも命を落とすほどに危険だそうだ。
「今では、毎年一階層攻略できればいい方ってくらい攻略が難しいってさ」
「それなら七十階層より下層を攻略していけば、誰にも邪魔されずお宝が取り放題というわけだな⁉」
「そういうことになる」
ただ、七十一階層から七十階層に戻る時だけは注意しなければならない。
まだ踏破されてない階層から人が下りてくれば大問題だ。
そもそも七十階層にいる人間も限りなくゼロなのだから、あまり心配することもなさそうではあるが、用心には越したことない。
「よし! なら行こうではないか!」
「ああ。お、あれが一番早そうだな。ほかの所より圧倒的に人が少ない」
俺は運よく人が極端に並んでいない馬車を見つけ、そちらへイスベルとともに向かう。
どこも十人以上は並んでいるのだが、そこには五人ほどしかいなかった。
今馬車が行ったばっかりなのかもしれないな。
そんな空いているところへ向かう俺たちに向けて、いくつもの冒険者たちの視線が投げかけられていることに気づく。
「……私たち見られてないか?」
「もしかして何か特別な列のルールでもあったのかもしれないな」
それなら並ぼうとした際に何か言われるはずだ。
まだ何も言われないということは、おそらく問題はないのだろう。
ひとまず列の最後尾に並ぶと、元々並んでいた連中がにらみつけてきた。
数にして五人。
どれも白銀の鎧を身にまとい、重厚な圧力を感じる。
「私の乗る馬車に同乗しようとは、たまげた根性だな」
いや、この鎧軍団で見えなかっただけで、奥にもう一人いる。
周りの連中より一段階豪華な――具体的にいえば装飾の多い装備を身にまとった銀髪の男だ。
端正な顔立ちで、鎧と同じく無駄に豪華な装飾がほどこされている片手剣を帯刀している。
「貴様ら! この方がクラン『銀翼の騎士団』を従えし王であるシルバー・イージスター様と同じ馬車に乗るなどと無礼にもほどがあるぞ!」
「よいよい、そう熱くなるでない家臣よ」
「はっ!」
……俺たちは何を見せられているのだろうか。
とりあえず分かったこととしては、こいつらがクランメンバーで、あまり頭がよくなさそうということだ。
「見たところ、そちらの女は中々の上物ではないか。私の近くに立つことを許そう。ほれ、ちこうよれ」
「む? なぜだ?」
「なぜ? この私が来いと言っているのだ。それ以上の理由が必要か?」
「え?」
やめろイスベル。
そんな「こいつが何を言っているのか分からないから説明して」とでも言いたげな目で俺を見たって答えられない。
「わ、私にはお前に近づく理由がないのだが……」
「関係ない。王である私が来いと言ったら来る。やれと言ったらやる。それが家臣というものだ」
「家臣じゃないのだが⁉」
相当頭がイッてる男のようだ。
まるで話が噛み合っていない。
このままではこいつらと一緒に馬車に乗ることになってしまう。
今のうちに列を変えて――。
「お待たせしました! 十名までどうぞお乗りください!」
「ふむ、ようやく迎えが来たか。では行くとしよう」
シルバーと呼ばれた男は親衛隊どもに囲まれ、馬車に近寄っていく。
その光景に、俺は一種の違和感を覚えた。
何やら人数が増えている。
そして気づけば、俺の近くからイスベルが消えていた。
「ほら、足元に気を付けるがよい。私の妻になる女よ」
「え? え?」
いつの間にか、イスベルはシルバーに肩を抱かれていた。
イスベルのやつ、おそらくこんな風に迫られたことが初めてで混乱している。
それにしてもあの男。
俺やイスベルの意識の隙間を狙って動いたみたいだ。
ただの馬鹿ではない。
レオナと同じAランク……下手すればそれ以上か。
「運転手、乗るのは七人だ。あそこの彼は次の便で頼む」
「よ、よろしいので?」
「私が良いと言っている。それに我々は重装備で、七人もいれば他に入る空きはなくなる。あの男は邪魔なのだ」
まずい、置いて行かれる。
あの男、本気でイスベルを連れていくつもりだ。
「ほう、人数が多いからアルが乗れないのか」
俺がせめてイスベルだけでも奪還するため近づこうとすると、その本人が口を開いた。
そして次の瞬間、鈍い音とともに、シルバーの体が宙を舞う。
周りが唖然としている中、俺は無言で頭を押さえた。
イスベルは足でシルバーを蹴り上げた体勢のまま、得意気に口を開く。
「これで一人分空きができたな!」
こっちにも考えなしが一人いたんだった。
大人数の目の前でやらかして、これからどう切り抜けるつもりなのだろうか。
多分それらの言い訳や弁解は俺がやることになる。
しかし、今はそれよりかけてやらねばならない言葉があった。
「ナイス、ベル」
「そうであろう!」
このいけ好かない男の顔面を蹴り上げたことを、俺は褒め称えるのであった。