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退職する勇者

生存報告がてら新作を上げてみました。

よろしければ評価お願いします。

 剣を振るのが嫌になったのは、いつからだろう。

 

 生まれてすぐに勇者に任命され、人間を守るために魔物と戦ってきた。

 魔物は人間の敵だからと。

 魔族は悪の存在だからと。

 魔王は悪の根源だからと。

 

『――この人殺し!』


 いつだったか、魔族からそんなことを言われた。

 15歳だった俺の心は揺らぎ、他の魔族から不意打ちを受けて三人の仲間を失った。

 それでも戦いに勝利し、拠点に帰った後、俺は再びこんなことを言われる。


『この人殺し!』


 失った三人の親族からの言葉。

 俺が不甲斐ないから、力不足だから、未熟だから。

 

『どうして夫を助けてくれなかったの!?』


『なぜ娘が死ななきゃならないんだ!』


『お前が守ってくれなかったからだ!』


『お前が殺したんだ!』


 この時の俺はやけに素直で、彼らの言葉をすべて受け止め、自分の力を鍛えることに集中した。

 がむしゃらだった。

 魔物を狩り、戦いに身を投じ続けた。


『よくぞここまで来た』


 そして、気づけば歴代最強の勇者などと呼ばれ、魔王の前へとたどり着いていた。

 結果は俺がこうして語っている時点で、言うまでもない。

 

 圧倒的勝利。


 その言葉通りの結末へ行き着いた。

 死にゆく魔王を眺めながら、俺は自分の心に問いかける。 

 

 なぜ喜べないのか、勝利が嬉しくないのかと。


 しかし、答えを出す必要はない。

 これで俺の役目は終わったのだ。

 

 そのはずだったのだ――。


 新たな魔王が誕生したのは、それから6年後。

 22歳になった俺は、再び魔王討伐の任を任された。

 新たな三人の仲間とともに旅に出て、少数精鋭で魔王城へと向かう。

 一度魔王を倒した俺に、障害らしい障害はなかった。

 魔王だけは別だったが……。

 魔王城へとたどり着いた俺たちは、死闘の末に魔王をあと一歩のところまで追い詰める。

 

「終わりだ、魔王」


「っ……」


 剣を振り上げ、その首を落とす寸前。

 俺は魔王の兜の中に、涙を見た。

 その瞬間には、剣を止めていたんだ。

 

 すべて、どうでもよくなってしまった。

 

 俺が剣を振る理由とは。

 当然人間を守るため――のはず。

 しかし、人間に守る価値があったのか。

 命を奪う必要があったのか。


 そもそも――俺が勇者であった必要はあったのか?


「……やめる」

 

 そして現在。

 俺は聖剣をしまい、魔王に背を向けた。


「俺、勇者をやめるわ」


 倒れて呆然としている仲間たちの前に、逃走用の転移の魔石を転がす。

 一応これまで一緒だった仲間だ。

 もう魔王に止めを刺せる体力は残されていないだろうから、この場に残せば殺されてしまうかもしれない。

  

「こ、ここまで来て何を言ってるんだ!」


「そうよ! 魔王に止めを刺して!」


 仲間の騎士と魔道士の声を無視し、俺は最後の転移の魔石を取り出した。

 

「どこへ……行くんですか?」


 四人目の仲間の聖女が、すがるような眼で俺を見ていた。


「そうだなぁ……誰も知らないような村で、ゆっくり人生を過ごすよ。もう、誰かのために戦うのはこりごりだ」


 そう答えると、聖女はすべてを諦めた表情を浮かべ、眼を閉じた。

 俺の行為を見逃してくれるらしい。

 後の二人は何か喚いているが、もう俺を止めることは出来ない。


「さよならだ」


 俺は転移の魔石を砕いた。

 これで俺は、遠く離れた街へと転移する。

 俺の持つ装備を売りさばき、資金を作ろう。

 家でも建てられるほどの金にはなるはずだ。

 家を建てたら、畑を耕そうか。

 農業はまるで初心者だが、勇者の力を持つ俺には時間がたっぷりある。

 何年、何十年、何百年。

 そんな途方も無い時間を、俺は自分のために生きるのだ。


 最後に、ふと魔王の姿が目に入る。

 

 なぜだか、兜の隙間から見える眼は、俺を羨ましげに見ている気がした。

 そんな魔王の様子が、俺が勇者として見た最後の光景。


 こうして、俺は勇者をやめた。


 勇者アデルの物語は、ここで終わったのだ。


 これから始まるのは、ただのアデルが純粋に余生を楽しむ物語。

 俺は絶対に、最高のスローライフを送ってみせる。

 

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