夜会話01 ピカリュウとミユのタネネ
コンペキ山のふもとはすっかり夜で、人々はとっくに眠る時間だ。
ぷにもんセンターはトレーナーのためにゲストハウスが用意されている。
サタケは二段ベッドの上の階で少し気分が悪くてうめいた。
ベッドの下の階ではミユがすやすやと寝息を立てている。
だんだんと睡魔に意識が支配されていく。
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…………。
……。
まず広がっていたのは闇だ。
暗闇の中、怪しく輝くカーテンが現れる。
サタケの身体はふわふわと浮かんでいるようだ。
それに、やっぱり眠っている。
この光景を見るのは今回で2度めだ。
「聞こえていますか? あなたは今、私のすぐ近くまで来ています」
まただ。どこからか声が聞こえる。優しげでやや気弱な女性の声。
どうやら前回のリピートというわけではないらしい。
しかし、すぐ近くまで来ているというのはどういうことだろう?
「すぐ、ですよ。たとえばコンペキ山とか」
……。
おかしい。謎の声は確かに返事をした。
……いったい誰に?
「はぁ。いい加減、目覚めてくれないと困りますからねっ!」
謎の声、おこだ。
姿は見えないけれど、ちょっとかわいく思えてきた。
「なっ……。こ、今回は特別に、あなたに目と耳を差し上げましょう!」
なぜだか焦っている様子だ。急にどうしたのだろうか。
その上、目と耳を差し上げるというのは意味がわからない。
もしかして謎の声氏、頭にヤのつく自由業だったりするんだろうか……。
ガクブルしていたら光のカーテンが消えていく。
サタケの姿が見えなくなって……
……。
…………。
……………………。
サタケの布団がもぞもぞと動き出す。
何やら中でなにかが暴れているようだ。
「ぷは!」
サタケの目の前にピカリュウのかわいらしい顔が出てきた。
ピカリュウは俺の首筋に顔を寄せて、スンスンと匂いをかぐ。
サタケはぐっすりと眠っていてまったく気づいていない。
それにしてもサタケがピカリュウと一緒に寝ているとは驚きだ。
彼女は夜も一緒に眠るほどサタケを信用しているに違いない。
もしピカリュウが人間の女の子だったらどうするのだろうか?
と言っても、サタケはぷにもん一筋だから……
シグレと一緒に眠ることになっても何とも思わないのが普通だろう。
ピカリュウが頭を出して、耳を澄ませている。
なにかをぶつぶつとつぶやいた。
もう少し彼女の言葉に耳を傾けてみると、
「なんだろう、外から聞こえるのかな?」
ピカリュウが舌足らずに喋っているではないか。
なんと、人の言葉を。
……いやいや、聞き間違いかもしれない。ぷにもんが喋るわけがない。
「サタケ、なにか聞こえるよね?」
ピカリュウがサタケに話しかける。
当のサタケからは返事がない。眠ったままだ。
もしかして、目と耳を差し上げる、というのは……
ぷにもんの声を聞けるようになるということなのか?
ピカリュウはベッドから降りた。
短い髪がくしゃくしゃになっている。
彼女は小さな足音を立てながら窓際へ歩いた。
窓の外は夜なのに意外と明るい。空には大きな満月が煌々としている。
ピカリュウは両手をガラスに当て、スライドさせながら窓を開けた。
取っ手を使うという発想はないらしい。
窓の外はぷにもんセンターの脇だ。バトルステージが近くにある。
バトルステージの上に影がある。素早く跳ねたり、ゆるやかに動いた。
そのうちピタリと動きを止める。
月光に照らされて浮かび上がったのはタネネの姿だ。
「あれ、ピカリュウ? ごめんね、起こしちゃった?」
なんと、タネネも人の言葉を喋った。
声質は穏やかなお姉さんのようで、聞いていると心地が良い。
やはりぷにもんの言葉が分かるようになるらしい。
ピカリュウは近づいてきたタネネに声をかける。
「ううん。なにしてるの?」
タネネはその場で高くジャンプして、華麗に一回転して着地した。
「コンクールの練習!」
キリッとした視線をピカリュウに向けた。
ピカリュウがパチパチと拍手する。
拍手を受けたタネネは、まあまあ、と両手を上下させて拍手を止めた。
人差し指に手を当てて「しーっ」というジェスチャーをする。
ピカリュウも「しーっ」とジェスチャーを返した。
「こんくーる?」
「うん。ミユの夢は最高のぷにもんスタイリストになることなの」
「すごいね! でも、ミユの夢だよね?」
「うん。あたしはミユが好き! あの子の幸せがあたしの幸せなの」
タネネはその場でくるんと回った。
うれしいと踊りだしたくなる性格みたいだ。
「そうなんだ!」
「あなたはどうしてバトルしようと思ったの?」
「どうして? うーん……」
ピカリュウは腕を組んで考え始める。
あんまり考える時間が長いからか、タネネは少し離れた場所で練習し始めた。
タネネを舞う姿をピカリュウはぼんやりと眺めている。
「ピカリュウがぷにたまだった頃、ぼんやりと覚えてる……」
彼女はタネネの美しい舞いを見ながら、ボサボサだった髪を手櫛で整えた。
「サタケはピカリュウと旅に出て、リーグチャンピオンになりたいんだよね?」
ピカリュウはサタケが「それでいい」と言えなかった時と同じ表情をしていた。
そこへタネネが来て、やや心配そうに微笑んだ。
「しょんぼりした顔してどうしたの?」
「ううん。なんでもない。……あ、それとね!」
ピカリュウが顔を上げて、もじもじと膝をこすり合わせる。
月明かりに照らされた顔は少しだけ紅潮しているように見えた。
「ピカリュウがサタケとバトルするのはね……、一緒に笑いたいから、かな?」
言い切った後、余計に頬が赤くなったようだ。
そんなピカリュウを見て、タネネがニコリと笑った。
もしもトレーナーがぷにもんの声を聞くことができたら……
仮にこの2匹のようなやり取りを聞いていたら、温かい気持ちになるだろう。
残念ながらサタケもミユも眠りに就いている。
2匹はトレーナーのそばへ戻っていった。
そうして夜も深まっていく……。