第一章05 広野・ブルーロードをゆく
「よ〜し、ぷにもんたくさん捕まえるぞ……、ってすげー!」
サタケがハナガサタウンを出てすぐ、サタケは海沿いに風車が並ぶ場所へ出た。
笠を脱いで後ろに回すと、爽やかな風がサタケの黒い髪を揺らす。
青い空、青い海、真っ白な風車の連なる風景は、旅立ちを祝福しているようだ。
「町の外にこんな風景があったなんてなー。知らなかったよ」
ずっと海の方を見て歩いていると、道の端にツインテールの少女がいた。
サタケに気づいたのか、15か16歳ほどの少女は不敵な笑みを浮かべる。
というよりは興奮と期待が混じった表情とも言うべきか?
ツインテールはぷにもんディスクを取り出して、
「トレーナー同士が目を合わせたらバトルの合図!」
サタケにぷにもんバトルを申し込んだ!
「うわわ! こ、これがトレーナー同士のバトル! ようし、ピカリュウ!」
サタケはビシッと腕を伸ばしてツインテールの方角に指さした。
……。
あれ、ピカリュウが出てこない?
ピカリュウはディスクに仕舞っていなかったはずだ。
隣を見る。草むらが広がるだけだ。
後ろ見ても歩いてきた道があるだけだ。
ツインテールが不機嫌そうに、
「どうしたの? バトルだよ! ぷにもん持ってないの!?」
「俺のピカリュウがどっか行っちゃったんだ!」
「ええー!? ぷにもんに逃げられたの? そんなのトレーナー失格だよ」
「ト、トレーナー失格!? ……いや、ピカリュウが逃げるなんてないよ!」
「ふーん。どうだか」
ツインテールの子は冷ややかにサタケを見て、近くの石に腰掛ける。
頬杖をついて訝しげにしていた。
「ピカリュウ! 返事してくれー!」
サタケは岩に上って草むらを眺めたり、磯の瀬を覗き込んだりした。
波が磯に当たって弾けて水しぶきを飛ばす。小さな波でもうねりを伴っていた。
もしも小さな女の子が巻き込まれたら自力では上がってこられまい。
「ま、まさか落ちたんじゃ……? 待ってろピカリュウ、今助けに行くからな!」
サタケは海に入ろうと、ぐっと身を乗り出した。
少女は慌てて駆け寄ってサタケのリュックを強く掴む。
「ちょ、待って待って!」
「止めるなよ。もしかしたらピカリュウがいるかもしれないんだ!」
「いるって決まったわけじゃないでしょ。それに君みたいな子じゃ危ないし」
「俺は10歳でもう大人になったんだ。ピカリュウは俺のパートナーなんだよ!」
「わかった、わかったから。ピカリュウ? もどこかにいるかもしれないし……」
少女がサタケを道まで引き戻すと、
「ピピカッー!」
草むらからピカリュウの鳴き声がした。
「草むらにいるのか!? ピカリュウ!」
サタケは自分の背丈ほどある草を掻き分けて、中に入っていく。
少し拓けた場所に出ると、そこには怯えて震えているピカリュウがいた。
「大丈夫か、ピカリュウ!」
ピカリュウの前には黄と茶色の混ざった長い髪の少女が立ちふさがっている。
背中にはまだら模様の小さな羽が生えている。
瞳の奥の獰猛な輝きは明らかに人ではない! ぷにもんだ!
「ピィピカァ!」
サタケの顔を見るなり瞳をうるうるさせて今にも泣き出しそうだ。
どうやら腰が抜けて立ち上がれないらしい。
サタケがピカリュウに近づこうとすると、
「キセセキッ!」
まだら羽のぷにもんが突風を巻き起こしてサタケを突き飛ばした!
サタケが尻もちを付いたのは草むらだ。
遅れてきたツインテールの少女が心配そうにサタケへ駆け寄る。
「俺よりピカリュウを……」
「もしかしてあの黄色い子がピカリュウ?」
「ああ。怖くて逃げようにも逃げられないんだ。助けてやらないと……」
「今は危ないよ。【キセキレイ】が近づいたら攻撃するぞって目をしてるし」
するどい眼光がサタケを睨む。
サタケは起き上がりながら【ぷにもん図鑑】をピカリュウの先に向けた。
ピコポコと音を立てて図鑑が起動する。画面にデータが表示された。
「【キセキレイ】って言うんだな。うたどりぷにもんか」
サタケは続けて読み上げる。
「両手と翼を広げる仕草は身体を大きく見せるための威嚇行為……、ようし」
「ねえ君、なにを考えてるの……?」
「近付けないならゲットしてやるんだ!」
サタケはコキド博士からもらったぷにもんディスクを取り出す。
高く振り上げ、投げる瞬間にビンタするように手首で回転をかけた。
ディスクはシュルルと風切り音を立てて空を滑り、キセキレイめがけて飛ぶ。
「キィセセキ!」
キセキレイは広げた両手と羽を同時に前方へ閉じた。
すると、強い突風が巻き起こり、ディスクを吹き飛ばした。
その突風にピカリュウは巻き込まれてしまう。
「ピイッ……」
思わずピカリュウに手を伸ばしたが、ツインテールの少女に止められる。
「だからあぶないって!」
サタケと少女は草をクッションにして倒れ込む。
二人のギリギリ頭の上あたりの草が、風によって綺麗に刈り取られた。
「ひぇっ……」
少女が情けない声をもらす。
サタケが身を起こした時にはキセキレイは逃げ去っていた。
「あのねぇ! ぷにもんはバトルで弱らせてから捕まえるのが基本なんだよ!?」
少女は拳を強く握って、怒りを露わにしている。
サタケはぼんやりと彼女の怒鳴り声を聞く。
……冒険を始めて一瞬で終わるところだった。さすが冒険、すごく危険……。
ってそうじゃない!
地面に横たわるピカリュウに飛びついた。
「ピカリュウ大丈夫か!?」
「ピィカァ……」
「こ、こんなに怪我して……」
ピカリュウの身体はボロボロになっていた。
それでも血が出ていたり痣になったりはしていない。
それ以上はどうしようもなく、膝を折るしかない。
少女がツインテールを揺らしてサタケの隣にやってきた。
「どうしたの、君! はやく治療してあげなよ!」
「治療って言っても俺……」
「応急手当もできないの? 【ぷにもん薬】は持ってないの?」
サタケは力なく頷いた。
「君ねぇ! ……ううん、今はこの子の手当が先か。ほら、そこどいて」
サタケは少女に言われるがままに場所を空ける。
少女はトートバッグから布を取り出して、ピカリュウの肌を優しくぬぐった。
「ピィッ、リュゥッ……」
悲痛な声が漏れて身体をよじった。
少女がサタケに口頭で指示をして、その通りにサタケはピカリュウを押さえる。
「ごめんな、ピカリュウ……」
少女は平たい容器のふたを開け、中の軟膏を指に乗せてピカリュウに塗った。
それがすごくしみるのだろう。ピカリュウは少しだけ暴れた。
しばらく経つと痛みが引いてピカリュウも大人しくなった。
「これでひとまず大丈夫。念のため【ぷにもんセンター】に連れていってね」
「お、おお……。ありがとう」
「あれ? もしかして【ぷにもんセンター】を知らないの?」
「知ってる。傷ついたぷにもんを治療したり、泊まったりできるところだろ?」
「それくらいは知ってるか。もしかしなくても君、初心者トレーナーだよね?」
「ああ、俺はハナガサタウンのサタケ。今日からぷにもんトレーナーだ!」
「そっかそっか。なら仕方ないよね。そうだ、私はミユ。同じくトレーナーだよ」
ミユは片手をサタケの前に出した。人差し指にキラリと光るリングがある。
「もしかしてそれって!」
「そう! ハイブを倒した証にもらえるリングだよ」
「すっげー!」
「仕方ない、初心者トレーナーにキホンを教えるのも先輩トレーナーの務め!」
「ん? 急に立ち上がってどうしたんだ?」
「君をコンペキ山のぷにもんセンターまで案内するよ!」
「本当に? 助かるよ。ありがとう!」
サタケは傷ついたピカリュウを戻そうとディスクを近づける。
しかし、ピカリュウはそれを嫌がったのか、ディスクを手で弾いてしまった。
「どうして? ディスクに入って休んでくれよ」
「ピカピ!」
サタケから一歩退いて、ぷい、とそっぽを向く。
「あ〜、きっとサタケがこの子から目を離したことを怒ってるんだよ」
「ええ? そうなのか、ピカリュウ?」
「ピカピカ」
何を言っているのか分からないが、意志は堅いのはよく分かる。
サタケはその場に正座して、ピカリュウに対して頭を下げた。
「ごめんピカリュウ! でも、俺はキミにこれ以上、痛い思いをさせたくない」
「ピーピ」
つーん、としたままだ。
サタケは腕を組んで考えて、
「ようし、分かった。ピカリュウは俺がおぶっていく!」
「ピカ?」
サタケはピカリュウに背を向けて、身体を預けられるように準備した。
最初は無視していた彼女だったけれど、そっとサタケの背中に身を寄せる。
サタケは歯を食いしばって少し呻きながら、ピカリュウを背負った。
一部始終を見ていたミユが呆れたようにため息を吐く。
「あのね、ぷにもんは人と同じくらい重さがあるんだよ? ましてキミみたいな」
「いいんだ。俺、ぷにもんがイヤがることはしないって決めてるし」
「ふぅん……。君、そんなにぷにもんのことが好きなんだね」
「ああ。俺はぷにもんが大好きだ! もちろんピカリュウもな?」
「ピカァ?」
「君ねぇ、それなら【ぷにもん薬】を持ち歩きなよ」
「うっ、返す言葉もございません……」
しょぼん、と目を伏せる。
ピカリュウが「ピカ?」と人間同士のやり取りに首を傾げた。