第一章32 絶望からの逆転劇! 二人の絆で勝利をつかめ!
マツシは「うむ」と頷く。
「サタケの機転の良さ、ピカリュウの指示の対応速度、二人の絆が強い証拠じゃ」
認めてもらえたことは素直に嬉しい。
少し照れる。
「ありがとうございます!」
「うむ。わしも出し惜しみはせん。いくぞアルケミコ、【じゃんけん】!」
知らない技だ。
ピカリュウに前もって知らせる。
「知らない技だ! ピカリュウ、何が来てもいいように身を守れ!」
「ピ!」
ピカリュウが位置についた。
マツシが指をピカリュウに向ける。
「わしの声に合わせろ! じゃん!」
アルケミコは指示に従い、顔の前に手のひらをかざす。
技を出す前の予備動作のようだ。
「けん!」
かざした手をグーにしながら体の横へ持っていく。
「ポン!」
突き出す手はパーの形。
空気を勢いよく押し出すことで衝撃波を発生させた。
ピカリュウは構えていたものの正面から波動を受けてしまう。
「ピカリュウ! 岩の後ろへ隠れろ!」
岩の上から衝撃波に押し出される形で後ろに下がった。
砂地に足を付ける。
隠れることでなんとか衝撃波で押し飛ばされることだけは避けられた。
まさか遠距離攻撃を隠し持っているとは。
ピカリュウの様子をみる限り、【じゃんけん】という技は地タイプではない。
「アルケミコ、畳み掛けるぞ。ふたたび、【じゃんけん】」
巫女服を翻すと、ピタリと静止し、予備動作に入った。
「じゃん! けん!」
指示に合わせてアルケミコが力を込める。
砂の上を反転しながら飛び上がった。
「ポン!」
空に腹を向けて、ひねりながらグーの拳をピカリュウへ向かって振り下ろす。
鉄拳は岩を貫通してピカリュウの腹部へダイレクトに決まった。
ピカリュウは体を丸くしながら倒れる。砂埃が軽く舞った。
アルケミコは殴った手を眺めて佇んでいる。
「大丈夫か、ピカリュウ!」
「……ピ。ピーピカ、リュ!」
ピカリュウは苦しそうに起き上がって、闘志を剥き出しにして返事した。
良かった……。ピカリュウの気力は尽きていない。
それどころかまだまだ戦う意志がある。
サタケはステージを見渡す。
アルケミコが繰り出した技によって岩は粉々に砕け散っていた。
もう一つの大岩はステージの内と外にまたがって沈黙を続けている。
「ピカリュウ、あの大岩を背中に戦うぞ!」
「ピカ!」
ピカリュウは砂に足を取られながら移動を始める。
「アルケミコ、相手を岩へ近付けさせるな! 【アースブレイク】」
閉じたチョキの形で地面を指す。
指示に呼応し、アルケミコの拳が大地を叩いた。
「ピカリュウ急げ……、いや! そこで止まれッ!」
ピカリュウのゆく先に地割れが起きる。
大岩は地割れの中に飲み込まれ、戻ってくることはなかった。
サタケはマツシに目をやる。
……追い詰められ、逃げたその先に、断崖……!
サタケは指の先から体が凍りつくような感覚を覚えた。
わなわなと震える己の手を睨む。
体の反応は正直だ。
サタケの脳裏に過ぎってしまった。
勝てないかもしれない、と。
サタケはマツシの築いた牙城を閃きによっていくつも崩してきた。
今、破ったはずの門が閉鎖されたのだ。
昼を過ぎ、風向きが変わる。
アルケミコの白装束が揺れ、金色がキラキラときらめいていた。
彼女は先程のサタケと同じように自分の手を観察している。
……なにかないのか。向かい風を切り開く、なにかが。
アルケミコが手を握り込むと、痛そうに顔を歪めた。
サタケから見る限り、手に怪我をしている様子ではない。
待てよ?
サタケは図鑑でピカリュウをスキャンした。
ピカリュウについては謎が多く、まだ彼女の特性すらも分かっていない。
だが、サタケには分かる。
ピカリュウ特有の性質を体がよく覚えていた。
何かを見つけたのだ。
マツシが逃げ場をなくしたピカリュウに指をさす。
「アルケミコ! 【アースブレイク】だ」
ふたたび同じモーションに入る。
その予備動作をしている間は技が出ないことはさんざん見てきた。
「ピカリュウ、アルケミコにしがみつけ!」
ピカリュウは指示の通りにアルケミコへ接近する。
今まで出したことのない指示だが、彼女は何も疑わずに実行してくれた。
それが功を奏したのだろう。アルケミコが技を出す前にしがみつけた。
アルケミコはそれだけで顔をしかめ、握った拳から力が抜ける。
「どうしたアルケミコ!?」
「アルッ……」
アルケミコは無事だと伝えるように返事した。彼女の声を初めて耳にする。
凛々しい見た目とは裏腹にかわいらしい少女の声をしていた。
サタケは確信する。
「おそらく、ピカリュウの特性は、触った相手を痺れさせるんだ」
ピカリュウは無意識のうちに帯電をしているのだと思っていた。
実はそれこそが彼女の特性だったのだ。
アルケミコはじゃんけんでグーを出した時にピカリュウに触れている。
マツシは悔しそうに歯ぎしりした。
「くっ……。アルケミコ、【ドリルダイブ】だ!」
アルケミコが両手を合わせると、その周りに回転する光が集まってくる。
「離れろピカリュウ!」
ピカリュウはすれすれのところでドリルから逃れる。
アルケミコはドリルを地面に突き刺し、あっという間に地中へ隠れた。
ピカリュウは周囲を注意深く観察している。
もう足場になる岩は残っていない。
「大丈夫だ、ピカリュウ。特訓を思い出して」
「……ピカ!」
ピカリュウが構える。
そこへ飛び込むようにドリルダイブを繰り出すアルケミコが現れた。
高速回転するドリルが襲いかかる。
対するピカリュウは真正面からそれを受け止めた。
森の中でタネネの【あてっこ】で何度も練習してきた成果が活かされている。
「うむ……!? 受け止めたじゃと!」
マツシが驚く。
アースブレイク、ストイック、じゃんけん、そしてドリルダイブ。
きっとこのドリルダイブは隠し球だったのだろう。
容赦ない技構成だ。
ピカリュウはまだ技を3つしか覚えていないというのに。
「まだ教えてないことがありました。ピカリュウは雷タイプだけじゃないんです」
「特性に続いて、何を隠しておるのじゃ……!」
隠していたわけじゃない。
サタケだってそれを知ったのはつい昨日のことなのだ。
「ピカリュウは竜タイプを持っています! ゆけっ、新技【パイルドライブ】!!」
ドリルダイブのドリルが熱を発散できず、火を吹いた。
アルケミコは熱さに力を緩める。
それが最後。
ピカリュウはアルケミコをそのまま持ち上げ、高く跳んだ。
「アル!?」
「ピカピカァ――リュッ!!」
地面に向かってアルケミコを頭から突き落とす。
これまでにないほど砂埃が待った。
パリッ、と雷光が走る。
砂埃が晴れ、すぅ、と呼吸を整えているピカリュウの姿が現れた。
そして、足元には気絶したアルケミコが横たわる。
審判が片手を上げる。
「アルケミコ戦闘不能! ピカリュウの勝利! よって、挑戦者サタケの勝利!」




