第一章29 決戦! カントウハイブのマツシ その1
サタケが高らかに宣言すると、周囲は大いに盛り上がった。
土俵はよく均され、綺麗に整備されている。祭のためだろう。
祭壇のように大岩が円周の端に2つ置かれて注連縄が巻かれている。
鬼仮面は自身の仮面を外す。
現れたのはマツシだ。蓄えた白い髭を撫で付ける仕草でサタケは思い出す。
「あ! コンペキ山で会ったぷにもん修行のインストラクターの人!」
「うむ。お主のことはソルベルを見ておればわかる」
「ソル」
ソルベルが頷く。
彼女とマツシは顔見知りであるらしい。
……そう言えばソルベルの技について話していたのもこの人だったな。
マツシはフォッフォッと笑い、止める。
ディスクを地面に押し付けた。
ディスクが輝き、中から【テコップ】が現れる。
服の裾が柄杓のような形になっているのは地面を掘りやすくするためだ。
中学生くらいの少女は勝ち気な表情を浮かべた。
サタケは目を閉じ、考えに集中する。喧騒が遠のいていく。
テコップは地面タイプ。
その上、マツシはソルベルをよく知っている……。
「よし、ソルベルは待っていてくれ」
「ソル」
「ありがとうソルベル。それじゃあ、タネネ。キミに決めた!」
サタケは傍らのタネネの肩に手を置いた。
「ネェネ」
タネネはサタケの手に自らの手を重ねた。
振り向かずに指をトントンとして手の甲を叩く。
手の甲をマッサージされて気持ち良かったことを思い出した。
彼女はサタケの方を向く。安心したような表情をしていた。
「あ……。もしかして、緊張をほぐしてくれたのか?」
彼女は頷いた。
こんな時でもタネネは包容力を発揮してくれるのか。
タネネは土俵に立つ。サタケに頼もしい背中を見せていた。
土俵の外にいた鬼仮面の一人が土俵に上がる。
羽織った藁はそのままに仮面だけ外した。若い男性だ。
「審判は私が務めます。両者、よろしいですね?」
サタケとマツシは首肯した。
また、サタケは1つ注文を出す。
マツシがそれを受け入れてくれた。
審判が頷き、片手を上げ、
「今回は手持ち2体のシングルバトル! それでは――バトル開始ッ!」
勢い良く振り下ろした。
同時にテコップの体が輝く。
黄金のオーラをまとったかのように見えた。
「タネッ!?」
タネネはその場に膝をつく。
ダメージを受けたわけではないようだが、いったいどうして?
テコップの立つ場所まで観察する。
よく均されていた地面が砂浜のようなサラサラの砂に変わっていた。
そう言えば、ピカリュウがテコップと戦った時も……。
やわらかい地面に足を取られたのだ。
タネネが立ち上がって準備万端さをアピールする。
「タネ!」
「待て。まずは様子を見る。おそらくテコップは自分の得意な地形に変えたんだ」
「うむ。成長しておるな。これはテコップの【特性】で、【こうさく】じゃ」
マツシは白ひげを撫で付けて目を細める。
見守る者の視線だ。
「こうさくは地面をならしてこうさく状態にする。つまり……」
人差し指と中指を付けたチョキの形をタネネの方へ向ける。
「【ドリルダイブ】」
テコップが両の手の甲を合わせると、腕全体を光が包んだ。
光は回転を始める。地面に突き刺して一瞬で砂を掻き出していく。
テコップの姿が消えた瞬間、大岩の片方が少しだけ動いたように見えた。
サタケとタネネが大岩の動きに気を取られたその隙。
タネネの背後からテコップが勢い良く飛び出す。
「テコ――ッ!!」
タネネが声のした方に顔を向けた時にはもう遅い。
テコップのドリルが彼女を射抜く。
射抜かれた勢いで体が軽々と宙に浮いた。
マツシがサタケに聞こえる声で言う。
「こうさく状態の時、地タイプの技は先制できるのじゃよ」
タネネの体がテコップの掘った穴の近くに墜落する。
音は聞こえない。
歓声によって掻き消されたからだ。
「タネネ! 大丈夫か?」
「タネェネ!」
タネネは勇ましく返事をした。
思ったよりダメージが少ないようで安心する。
地タイプの技は草タイプのタネネには不利で、威力が半減するのだ。
しかし、この地形。
どうしても足を取られてスピードを活かせない。
「タネネ、【あてっこ】!」
「タネ! ……タァァァ」
手に力を込めて球体を発生させる。この技なら足場の不安定さは関係ない。
ソルベルのハードロックから着想を得て、球体を【ねんどうりき】で押し込む。
この時、球体は溝を刻まれて強い光を放つ。
テコップが砂けむりを上げながら、滑るように後退した。
距離を取って避ける策?
甘い。
タネネの放つ【あてっこ】は、もはや投擲の技ではないのだ。
「タ!」
弾をねじりながら体の右脇へ。
左手を上に、右手を下した状態から更に押し潰す。
右手を逆さ向きの掌底をするように突き出し、球体をテコップめがけて、撃つ。
「テコッ!?」
意識していなければその速さに度肝を抜かれる。
テコップはさすがハイブヘッドのぷにもんと言うべきか、寸での所で反応した。
腕で弾丸の直撃を避ける。
柄杓の袖の腕は弾かれ、テコップの少し涙目になった顔が現れた。
あてっこは無タイプの技。効果はいまひとつのようだが……。
余裕綽々だった彼女を驚かせた。
……悪くない!
サタケは特訓の成果を噛み締め、拳を強く握りしめた。