第一章28 祭、運命に誘われて…
天気は快晴、最高の朝だ。
サタケは笠をかぶって重たくなったリュックを背負って出発した。
ソルベルとタネネにはディスクの中で休んでもらっている。
サタケとピカリュウは昼過ぎにカントウシティに到着した。
カランコロンと祭囃子が聞こえてくる。
道には提灯が並び、露店も連なり大変な賑わいだ。
特に大通りの中心は人の行列があり、彼らはみんな仮装して踊っていた。
「ぴっ?」
ピカリュウがびっくりしてサタケの後ろに隠れる。
一部は祭を眺める仮装をしていない観光客もいるが、ほぼ仮装した人だ。
仮想した人々の特徴は分かりやすく、藁を羽織って鬼の仮面をしていた。
「おいおい、これじゃ誰が鬼仮面か分からないじゃないか!」
サタケは叫んだ。
呆然と人が流れていく様子を眺める。
どうやら彼らは一方へ進んでいるようだった。
「あっちはマレビトのみさきだ。……行ってみよう」
サタケはいざなわれるように鬼仮面の行列に付いていく。
随行するピカリュウは終始踊り狂う仮面の男たちに怯えていた。
マレビトのみさきに到着すると、更に人でごった返している。
松明が等間隔で並んだ場所は土俵のように土が盛られ、そこだけは人がいない。
コンペキ山で見たようなぷにもんバトル用のステージに似ている。
鬼仮面の男たちが一堂に会し、土俵を囲んだ。
男たちの中から一人が土俵に上がる。体格はバンカーと同じくらい大きい。
その男は藁の中から筋骨隆々の腕を出し、高らかに雄叫びをした。
松明の火がぐにゃりと揺れるほどの雄叫びに、喧騒が一瞬で静まり返る。
ピカリュウもあまりの驚愕で身動きが取れなくなっていた。
「ソル!?」
「タネェネ?」
ディスクに入っていたぷにもんを叩き起こすほどの大声だ。
ソルベルは何事かと警戒し、タネネは大勢の人を見て感心していた。
土俵の鬼仮面がじっとこちらを向いている。
仮面の下に人がいるのは分かっていても、さすがに足が軽く震えた。
「いや……、お前、あの時のハイブヘッド!」
鬼仮面をよく見ると、間違いなく一度戦ったことがある相手だ。
サタケの足の震えは止まった。
鬼仮面はズンズンとサタケの方へやってくる。
サタケの周りにいた人々がわらわらと逃げ出して、ひとり取り残された。
土俵の端で止まり、威圧的な面をサタケに向ける。
「……」
鬼仮面はその場で考え込んでいるのだろうか。
顔がまったく見えないから判断しかねる。
ひとつ言えることはタネネをまじまじと観察していることだ。
「タァネ?」
タネネは何が起こったのか理解できていない様子だ。
別段怖がっているわけでもないが、戸惑いは感じ取れた。
鬼仮面は隣にいたソルベルに面の向きを移す。
「ソルベル」
嗄れた声で名前を呼んだ。
ソルベルは警戒を解き、静かに頷く。
鬼仮面はサタケを呼ぶ。
「選ばれし者よ」
周囲がざわつく。
特に他の鬼仮面の者たちがヒソヒソと話し始めた。
聞こえてきた声によると、ソルベルと赤いぷにもんを連れているかららしい。
赤いぷにもんと言ってもタネネは珍しいぷにもんではない。
もしかすると彼らが言っているのはグレンゲのことなのだろうか。
……世界を変えるとかいう話のこと?
リンネスが言っていたけどさっぱり分からない。
あくまで普通の少年時代を送りたいだけだ。
馬鹿馬鹿しい。
「悪いけど運命とか俺は信じてないんだよ」
ぷにもんリーグでチャンピオンになるって決めたのだ。
ピカリュウと約束を交わした。
もう一人だけの夢じゃない。
だから。
「俺の人生は俺が決める!」
ホルダーからディスクを取り出し、鬼仮面の前に突き出す。
それはぷにもんバトルの合図。
「今ここでカントウハイブに挑戦する!」
群衆の視線が一点に集まる。
土俵の鬼仮面は腕を組んだ。
人々は少しがっかりしたような嘆息を漏らす。
ところが、鬼仮面は踵を返し、反対側の土俵の端に立つ。
間違いなくぷにもんバトルを始める時の合図だ。
ざわざわと人々が騒ぎ始めた。
サタケが土俵に一飛びで上がると、ボルテージが一気に上がる。
土俵の下にいるぷにもんたちに振り向く。
「俺はぷにもんリーグでチャンピオンになる男だ。付いてきてくれるか?」
「ピカ!」
「ソル!」
「タネ!」
ピカリュウは元気よく、ソルベルは頼もしく、タネネは優しげに答えた。
彼女たちは飛びつくようにサタケのいるステージへ上がる。
大勢の人の視線に囲まれてピカリュウは緊張でサタケの腕に抱きついた。
彼女の頭をくしゃっと撫でてやる。
「ピカリュウ。一緒に強くなるって約束したよな。今、ここで証明しようぜ?」
「ぴ?」
どうやって証明するの? と言いたげに尋ねる。
「俺は勝つ。キミと一緒に」
「……ピカ!」
ピカリュウが笑顔を取り戻す。
ソルベルが心配そうにサタケを見た。
分かっている。あの時の二の舞いになるんじゃないかと心配しているのだ。
……でもな、ソルベル。タイプ相性じゃないんだよ。
昔の俺なら確実な勝利にしがみついていた。
負けたくない。それだけだった。
でも、俺はサタケだ。サタケならきっと真っ直ぐな気持ちで戦う。
ピカリュウの秘密特訓を見て、がむしゃらな気持ちを思い出した。
サタケは被っていた笠を頭の後ろに下ろす。
「俺はハナガサタウンのサタケ! カントウハイブの挑戦者だ!」