第一章27 渓流でひと休み タネネの絶品手料理
昼過ぎの原生林に激しい打撃音がこだまする。
「はぁ……。はぁ……。ピカリュウ! 最後だ。タネネの技を受け止めろ!」
「ピカ!」
肩で息をするピカリュウに指をさし、タネネに指示を出す。
「タネネ! 全力でピカリュウに【あてっこ】!」
「タネ!」
タネネは両手で胸の前に空間を作ると、そこに回転する球体が現れる。
ミユのタネネと戦った時とは違い、サタケのタネネは球体を念力で押し潰す。
これはソルベルのハードロックから着想を得た。
こうすることで球体に溝を作り、発生する風の膜で空気抵抗を減らすのだ。
もはや球体というよりは紡錘型のそれをネジのように撃ち出す。
螺旋の力で風を切り裂き、ピカリュウに向けて速度を上げながら直進する。
「ピカァァァァ、リュッ!!」
ピカリュウは大きく息を吸い込んで、息を止めると同時に球体を抱え込む。
ギュルギュルと摩擦でピカリュウの腹部から煙が起こった。
そもそも【あてっこ】は使うほど威力の増す技。軽く10発は越えている。
そしてピカリュウはこの技を今まで受け続けていた。
体力と気力がとうに底をついている。追い込んでこそ特訓になる。
タネネの放ったあてっこが受け止める手の表面を焼いた。
「ピガッ!?」
思い切り腹部に着弾し、ピカリュウの体が宙に浮く。
サタケは反射的に飛び出して、弾かれた彼女の体を受け止めた。
受け止めたはいいが、サタケの体を巻き込んで地面に倒れる。
ピカリュウは短く呼吸を繰り返し、サタケは、ふぅ、と長い息を吐いた。
「よくがんばったな、ピカリュウ」
「ピィカ」
後頭部をサタケのあごの下にすりすり。
竜の羽みたいな部分がぺちぺち当たってくすぐったかった。
全力を出し切る特訓を終えて、サタケたちは坂を下っていく。
坂の下には渓流があった。ごろごろと大きな岩が転がり、小さな滝が連なる。
階段状に連なる滝が生み出す粒状の飛沫が心地よい。
「ピピカ!」
ピカリュウは川に飛び込んだ。
「ずるいぞピカリュウ、俺もだ!」
サタケも川に浸かる。
かなりひんやりとした水だ。足を浸けているだけですでに涼しい。
しかし、体中汗でびっしょりだ。サタケは荷を下ろして、川に飛び込んだ。
「うひゃーっ! 冷てえ! あ〜……、こういう川に入るの何年ぶりだろ……」
中学生くらいの時に林間学校で来て以来だったと思う。
異世界にも自然があってよかった。
木々の間から青空を仰ぐ。
川の流れに身を任せているので視界がゆっくり変わって……、
真っ暗になった。
「えっ」
声が反響する。
暗闇に目が慣れると石を積んで作った人工的な小屋のようだ。
入り口にサタケの頭だけが入ったらしく、小屋の中へ入る水を堰き止めていた。
「みみの!」
「いでっ! か、噛まれた!?」
鼻の先に激痛が走る。
サタケは足を沈めて、平泳ぎの要領で小屋から頭を出した。
小屋の方を振り向くと、一見すると石造りの窯がある。
女の子が顔半分を水面から出し、ジト〜とした目でサタケを見ていた。
頭には角が2本ある。どうやら彼女はぷにもんのようだ。
「これ、キミの家だったのね。ごめんよ」
「み」
頭を下げると、顔を上げてコクリと頭を下げた。
サタケは置いたままにしたリュックまで泳いで戻る。
タネネとソルベルが、どこに行ってたの? という風に声をかけてきた。
「初めて見かけたぷにもんがいたんだ」
サタケがそう返すと、タネネがあらあらと頬に手を当てる。
……渓流に来ると男という生き物はテンションが上がるんだよ。
ピカリュウも戻ってきてぺたりと座り込んだ。
どうやら空腹らしい。
サタケはリュックに食べられるものが何もないことに気づく。
「これが終わったら、戻って何か食べような」
「ぴ〜か」
サタケは図鑑を片手に、大きな岩の上を飛び跳ねながら下流へ向かう。
滝の手前にいくつもの石造りの小屋ができていた。
よくみると折れた傘や片方だけのサンダルなんかも混ざっている。
図鑑を向けるが小屋が邪魔して読み込んでくれない。
「おーい! さっきの子、出ておいで〜!」
「み?」
先程のぷにもんが顔だけひょっこりと出した。
図鑑がピコピコンと反応する。
「キミは【ミノケラ】っていうんだね!」
図鑑によると水上に家を作って、家から一歩も出ないらしい。家ごと移動する。
ということは中に入っていたぷにもんは進化前の【ザザケラ】か。
流れてきた石ころで家を大きくするそうだ。
動物や虫が家の中に入ると捕食する。
……さっき捕食されかけた。
家を大きくして夏の直前にケラトリコに進化するようだが。
今は夏まっさかり。夏の直前はとうに過ぎている。
「原因はアレだろうなぁ……」
彼女たちの家に積み上げられたゴミが進化を阻害しているに違いない。
原生林に限らず、森にゴミを捨てるのは犯罪だ。
それでも捨てていく人間がいるせいで、彼女たちは進化できないでいる。
サタケは図鑑を岩の上に置いて、迷いなく川に飛び込んだ。
けっこうな高さがあったので深いところまで沈む。
川の中は意外と綺麗だが、自転車など大きなゴミが目立った。
ミノケラたちは浮かんでいるものを積み上げる習性があると思われる。
沈んだものは流れの速さも相俟って拾い上げることは難しい。
サタケはとにかく目に見えるところのゴミを拾い始めた。
「みみの?」
「あ、これもゴミね」
ミノケラが網と黒い鉄製の箱を渡してきた。
ゴミ拾いの意図が伝わってないらしく、乞食か何かだと思われているみたいだ。
他のミノケラもサタケにいろんな人工物を分け与えてくれた。
結果的にゴミが集まったので悪くない。
「……」
サタケは集まったゴミを見てひらめく。
ゴミ山から必要そうなものだけを取り出して、ピカリュウたちと合流した。
ピカリュウとソルベルが何かを食べている。
「何食べるての?」
「ぴ」
食べかけの木の実を見せてきた。
その後、タネネを指さす。
「タネネが何か作ってくれたんだね」
「タネ! ネェネ?」
どうやら原生林に生えた食べられる木の実を割ってくれたらしい。
硬い殻の木の実らしく、【ねんどうりき】を使って殻を割っている。
「うん。ちょうどいい。実はこんなものがあるんだ」
サタケは担いでいたそれを川べりに設置する。
「バーベキューセット!」
たぶん誰かが捨てたバーベキューセットだ。
なんとビニール袋に入った木炭まである。
おそらく捨てられた理由はバーベキューコンロの足が折れているからだ。
「ピーピリュー?」
「バーベキューってのは外で肉や野菜を焼いて、みんなで食べるんだよ」
サタケはバーベキューの経験は一度もなかったが、知識では知っていた。
コンロを拭いて乾かして、木炭を入れる。
木炭に火を付けるには……。
「ソル?」
そういえばハードロックを使う時に炎を出していたのを思い出す。
ソルベルに頼んで木炭に火を付けてもらった。
彼女は呆れながらため息をつく。
「ご、ごめん……」
意外と木炭に火が移るまで時間がかかった。
火が付いたそれを石で作った壺状のところに入れて、他の木炭にも火を移す。
「ネーネ」
「どうしたタネネ。え? キミが料理をするって?」
「タネ!」
タネネが木の実を片手に小首を傾げる。
「分かった。じゃあ、ピカリュウとタネネは食材集めに行ってくれ」
「ピカ」
「タネ、ネーネ」
「ピカピ!」
ピカリュウはタネネに声を掛けられ、後ろについていく。
残ったサタケはソルベルと一緒に木炭に火を付けたり、網を洗ったりする。
上流の方でバチ! と何かが光ったように見えた。気のせいだろうか。
そうこうしているうちに木の実や山菜を集めたタネネが戻ってきた。
ピカリュウは川の上流からカゴを抱えて流れてきた。魚を採ってきたらしい。
タネネがねんどうりきを使って木の実の殻をかち割る。
魚はソルベルが爪を使って丁寧にさばいた。
ピカリュウは火を見てぼーっとしている。
サタケはリュックからぷにゼリーケースを取り出す。
まだもらったパウダーが余っていた。
待っている間、無心でかき混ぜる。
気がつくとタネネが木の実の殻に焼いた魚と山菜を盛り付け終えた。
「タネ!」
「お、おお……! めっちゃうまそう……」
こうばしい香りが漂い、銀色の魚は焦げ目が付いて、キラキラと輝く。
削りたての木の実のピリリとした匂いが空腹を刺激した。
よだれが垂れそうになる。
タネネはソルベルとピカリュウにも器を手渡した。
サタケたちは一斉にいただきますをする。
サタケもピカリュウもペコペコだったので、迷いなく魚にかぶりつく。
「……!」
外はカリカリ……
中はフワッ!
アツアツの脂がジュワリ ハフっ ウマッ!
「……ピピカ!」
ピカリュウもあまりの美味しさに目を丸くしている。
特に酸味の利いたソース。これが食欲をそそり、サタケは無我夢中で食べた。
サタケはお礼に先程作ったぷにゼリーを振る舞った。
ぷにもん用のゼリーだが、サタケも食べてみる。
「意外といけるな……」
はっぱパウダーで作ったゼリーは口の中がさっぱりした。
いつの間にか日が落ちてきて、夕闇が広がっている。
木炭を明かり代わりにできるし、このままここで野宿することにした。
「みみ〜」
サタケの背後からミノケラが呼ぶ。
振り向いたらたくさんのミノケラの小屋があった。
その中の一匹がサタケに近づく。
小屋の上に図鑑が置いてある。
「あ! 危ない。忘れてた〜! ありがとうミノケラ!」
「ミノ!」
その時、ミノケラの体が光に包まれる。
小屋ごと輝きだし、他のミノケラたちも同様に光を放ち始めた。
「ま、まさか……」
ミノケラたちの体が宙に浮き上がり、光が弾ける!
「ケケラト!」
ミノケラたちは一斉にケラトリコに進化した。
ケラトリコは背中に妖精のような羽を持っている。
サタケに図鑑を届けてくれた1匹がサタケの周りをくるくると飛び回った。
「やったな、ケラトリコ! おめでとう!」
「ケララー」
マイペースな性格はそのままのようで、ふよふよと月の輝く夜空へ飛んでいく。
彼女に他のケラトリコも追随して舞い上がる。
サタケは貴重な体験をした。