第一章25 勝利と焦り サタケの手持ちの3番目
バンカーは表情一つ変えずにエンデッドをディスクに戻した。
何も言わずディスクを見つめている。
下っ端の団員が呆けた状態から気がついて、サタケに物申す。
「バンカー様に勝つなんて……! オマエッ! 何かしたんだろ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
それほどサタケが勝ったことを信じられないのだろう。
「トボけた顔して……。電撃を自分に当てた時、何かしたんだろ!?」
「ああ。誓ったんだ。俺はリーグのチャンピオンになる! ってね」
下っ端の団員は口をポカンと開ける。顎が外れそうになっていた。
「チャンピオン? 馬鹿馬鹿しい、それだけでバンカー様に勝てるわけが……」
バンカーが下っ端の頭をボールを握るように掴み、黙らせる。
「おもしろい。私はお前の夢の大きさに負けたのか!」
あの鉄仮面の男の顔にかすかだが笑みが浮かんでいる。
負けたと言うのにそれを感じさせないほど清々しい態度をしていた。
「サタケ、お前にはこれをやる」
サタケはバンカーから賞金と【トレイカード】をもらった。
今度は3を意味するカードのようだ。
「お前ら! 撤収だ!」
バンカーが声を張り上げる。
ジョーカー団の団員たちがわらわらと原生林の奥からやってきた。
かなりの数の団員が赤いぷにもんを探していたらしい。
おそらくそのぷにもんはグレンゲだ。
彼らの様子からグレンゲは見つからなかったみたいでほっとする。
去り際にのしのしと下っ端団員がやってくる。
「クッソー! 今日からオマエは同僚! 覚えてろ!」
捨て台詞を吐いて今度こそ去っていった。
残されたサタケはジョーカー団によって封じられていた道を少し行く。
草むらがカサカサと揺れる音が聞こえたが、今ゲットしている余裕はない。
原生林の管理センターに併設されたぷにもんセンターに入る。
ナースさんが駆け寄り、注射器を構えた。その手は震えている。
「ジョ、ジョーカー団の人ですかっ? いつまで私たちを監禁するつもり!?」
「えっ!? 俺はハナガサタウンのサタケです。ジョーカー団なら帰りましたよ」
ナースさんが注射器を床に落とし、ぺたんと女の子座りした。
「大丈夫ですか?」
「ええ、みんな怪我はないの。でも、今までジョーカー団に監禁されていました」
どうりで原生林にトレーナーが一人もいなかったのだ。
サタケはナースさんの顔を見てぎょっとする。
「あれ? コンペキ山のナースさん?」
「コンペキ山のナースはあたしの従妹だから。それよりその子!」
ナースさんはソルベルを指さした。
サタケはソルベルを預ける。
大きな傷もないようで、少し休んで体力を回復すれば良いそうだ。
サタケはベンチに座ってやっと一息つく。
周囲のトレーナーたちも監禁から解放されて休憩していた。
サタケがバンカーに勝ったから彼らが立ち退いたとは誰も知らない様子だ。
「ピピカ!」
「どうしたピカリュウ? いたっ、いた……、痛くはないけど、何?」
ピカリュウが座ったサタケの腹にパンチを打ち込んできた。
力がないので多少の衝撃はあれど、ぜんぜん痛くない。
「ピーカァ、リュ!」
「おっ、強い強い。戦い足りないってか? 悪いけど少し休憩させてくれ〜」
ソルベルとエンデッドが戦っている間、ピカリュウは待機していただけだ。
あの白熱したバトルを見せられたら戦いたくなる気持ちも分かる。
しかし、サタケは緊張の糸が切れてもはや戦う気力はない。
サタケがベンチでうとうとし始めると、ピカリュウは一人で特訓を始める。
船を漕いで意識が飛びかけた頃、ソルベルが戻ってきた。
「ソルベル! 元気になったか?」
「ソル!」
首肯する彼女の顔は前より美しく見えた。
サタケは立ち上がり、ピカリュウを呼んで共にぷにもんセンターを出る。
そこには赤い髪の少女が優しげに微笑んで佇んでいた。
「キミは……」
「タァネネ!」
赤いタネネだった。
髪を後ろで縛り、泣きぼくろがある。瞳の色は淡い紫だ。
人間で言うと8歳くらい。ミユのタネネと比べると少し年上に見えた。
サタケに催眠術をかけて妹にしようとしてきたぷにもんである。
それは自身が他と違う色のせいで仲間になれなかった反動で起こしたこと。
「キミは他のタネネたちの仲間になったんじゃないのか?」
「タネ! ネェネ、ターァネ!」
何かを説明するが、人間のサタケには言葉が伝わらない。
タネネはソルベルに近づいて、手をぎゅっと握った。
熱い視線を送っている。
「タネネ!」
「……ソォソ」
ソルベルは照れた様子で頬をかき、ゆっくり首を振った。
何を話しているのかは分からないが、和やかなムードが漂っている。
タネネが小首を傾げた。
「タネ?」
「ソル!」
ソルベルがサタケを指さす。
「もしかして、さっきのバトルを見ていたの?」
「タァネネ!」
「そっか。キミはソルベルのバトルを見て……。わかった!」
タネネは先程のバトルを見て、サタケたちに付いてきたのだ。
ソルベルへ向けられる視線が熱いのは憧れが理由だ。
タネネはサタケに飛びつき、手をぎゅっと握った。
握るだけでなく、手の甲を親指で回すように揉んでくる。
気持ちよさでまぶたが重たくなってきた。
「ネェネ?」
「うん、俺もう寝る……。じゃ、じゃなくて!」
サタケはなんとか踏みとどまった。
「催眠術で眠らせようと……、あれ? 胸のペンダントは光ってない?」
「ネ?」
タネネはキョトンとした顔でサタケを見つめ、頬に手を当てて微笑む。
なんでも許してくれそうな包容力のある仕草に、ついサタケの頬が緩んだ。
サタケはとっさにタネネから手を離した。
「いけないっ……。また胎児に転生し直すところだったぜ」
「タァネ?」
「俺が勝手に思い込みしただけなんだ。急に手を離してごめんよ」
「ネーネ」
気にしないで、と言わんばかりに、へにゃ、と笑った。
ソルベルがサタケに声をかける。
「ソーソル」
「ああ、わかってる」
タネネに向き直り、腰のホルダーからぷにもんディスクを取り出した。
空高くそれをかざす。
「俺と一緒にリーグを目指そうぜ、タネネ!」
「タネ!」
タネネがハイタッチすると、彼女の身体がディスクに吸い込まれる。
サタケはタネネをゲットした!
タネネは草/超タイプ。
あの鬼仮面は地タイプのテコップを使っていた。
きっとタネネならテコップ攻略のきっかけを作ってくれるに違いない。
「出てこいタネネ!」
「タネエ!」
「これからよろしくな!」
サタケはソルベルとピカリュウを紹介しようと振り向く。
そこにはなぜかピカリュウの姿がなかった。
「……あれ? ピカリュウどこへ行ったんだ?」




