第一章24 対決! 幹部・バンカーと悪堕ちぷにもんエンデッド その3
鉄仮面のはずのバンカーの口元がピクリと動いた。
「ほう、おもしろい。ぷにもんの技で威勢を取り戻すか」
エンデッドはバンカーと違って「ゲッゲッ」と愉しげに笑っている。
「エンデッド、そうか嬉しいか。相手が戦うためにしのぎを削るのは」
「エンデェェッ!」
「ならば存分に戦うが良い! エンデッド、【かげぎり】だ!」
「エン!」
エンデッドはリボンがあしらわれたスカートを軽くたくし上げる。
スカートで生まれた影の中から青い標識がにょきにょきと湧いてきた。
彼女は目を細めて恍惚の表情だ。
矢印の書かれた標識を手に取り、地面から引き抜く。
標識の部分を地面に引きずりながら、ソルベルの前で止まった。
「今だ、ソルベル! 【にらむ】!」
「ソ! ソォォゥ!」
紅く輝く瞳がエンデッドの黒目に映り込んだ。
エンデッドはますます笑顔になり、ゾクゾクと背筋を震わせた。
標識を大きく振りかぶり、そのままソルベルの身体に叩きつける。
反動でソルベルは吹き飛ばされた。
受け身を取って膝立ちする。
どうやら【いちじていし】で動けない状態から解放されたらしい。
「チャンスだソルベル! 【ハードロック】!」
「ソル!」
ソルベルの右手が疼き出す。疼きが最大に達し、紫炎が起こった。
炎を握りつぶしてエンデッドに差し向けるが、標識を振り回されて近付けない。
なんとかタイミングを計って避けようとする。
「思い出せ、ピカリュウとの特訓を!」
ソルベルは左手で標識を捕らえた。
腕に思い切りぶつかって、標識の白いパイプがひしゃげる。
「ソルァッ!」
ソルベルの右手がエンデッドの腹部に突き刺さり、エンデッドの足が浮いた。
エンデッドの口から唾液が飛ぶ。
サタケは把握した。
ダメージ覚悟のカウンター攻撃、それがソルベルのスタイルだと。
ソルベルが腕を抜くと、エンデッドが地面に膝をつく。
膝をついたまま呆然と虚空を見つめていた。
「エンデッド! かげぎりは影を斬る技だ。睨まれて闘志に火が付いたか?」
「エンデ!? エン……」
エンデッドはバンカーの声で我に返る。
「私はぷにもんを傷付けることを好まない。分かっているな?」
「エン」
エンデッドはしゅんとした。
不気味な笑顔でなくなると思わず守ってあげたくなる病弱な少女に見える。
「次は一撃で仕留めろ」
「……エン!」
エンデッドの顔に笑みが戻る。
悪の組織とはいえ、バンカーもまたトレーナーなのだと分かった。
「よくやった、ソルベル! 一気に畳み掛けるぞ!」
「ソゥ!」
「エンデッド、冷静に見極めろ。【あくおち】!」
バンカーの指示を受けてエンデッドが目を閉じる。
笑みを消し、瞑想をするように澄ました表情だ。
「ソルベル、まずは【かぎあけ】だ!」
ハードロックは封印された技があると失敗する。
厄介だが、かぎあけを使って封印を解除しなければならない。
もうひとつ技を覚えていれば……、と悔しく思って唇を噛む。
「ソル?」
「どうしたソルベル!?」
なぜかソルベルの右手に紫の炎が出来た。
かぎあけはそういう技なのか?
いや、違う!
ソルベルの作り出した紫炎は光球になった。
間違いなくハードロックだ。
かぎあけは相手に暗示をかけて避けられなくする技だから手は使わない。
暴れだす右手は、
「ソ……ル……?」
ソルベルの腹にめり込んでいた。
彼女の口から泡がポタポタと垂れる。
勢い良く引き抜かれ、ソルベルはその場にうずくまった。
目を閉じて瞑想していたエンデッドがまぶたを上げ、ニィィと嗤う。
静かに歩み寄り、うずくまるソルベルから紫色の玉を取り上げた。
まさか、ハードロックを自分のハードロックで封じられた?
「ソルベル立ち上がれ! ハードロックは出せそうか?」
「ソル、……ソ?」
立ち上がったソルベルは右手を震わすだけで何も起こらない。
唯一の攻撃技を封じられた。
サタケの脳裏に絶望のイメージが走る。
絶望は明るいのだ。すべてがどうでもよくなる。
視界が白くなりかけて、サタケは大きく息を吸った。
全身に酸素が行き渡る。
脳が活性化する。
あきらめるのはまだ早い!
回せ、頭。閃け、アイディア。
サタケは目を閉じる。
使える技は2つ、かぎあけとにらむだけ。
新技を覚えるか? いや、とっさに覚えられるものじゃない。
まぶたを通して光を感じた。視界が徐々に白くなってくる。
リンネスと会った時のようなカーテンにも見えた。
目覚めたらピカリュウとソルベルがいるはずだ。
……待てよ?
目覚めた時、ソルベルは何かをくれた。
真っ赤なぷにもん、確かグレンゲと会った時にそいつは物言わなくなった。
サタケは目を見開き、ソルベルと目を合わせる。
「ソルベル! 俺に向かって【かぎあけ】だ!」
審判役の団員が、またか、と呆れる。
ソルベルはためらいながらも技を繰り出す準備をした。
バンカーはエンデッドに攻撃するわけではないので黙認する。
サタケは背中に手を回し、気づかれないようリュックに手を差し入れた。
準備を整えたソルベルは赤い瞳をサタケに向ける。
「ソル!」
「ここだ!」
サタケは背中から鏡を顔の前に出した。
鏡にはソルベルの顔が映っている。
「ソ!?」
ソルベルが驚いて半歩ほど退くと同時にエンデッドの手に持った玉が消える。
「かぎあけは封印した技を解く技! それが鏡に映った自分でもな!」
「ほう? おもしろい!」
バンカーが感嘆する。
その時、ソルベルの手に光が集まり、大きな鍵の形に形成された。
「まさか、新しい技か?」
図鑑をソルベルに向ける。
覚えている技のリストの4番目に記述があった。
「やったなソルベル! 見せてやれ、キミの新しい技! 【ピッキング】!!」
「ソゥルル!!」
巨大な鍵をソルベルは両手で持ち、先端をエンデッドに向ける。
「ここで止まれ! たちいり……、いや、【いちじていし】だ!」
「エンデッ」
バンカーはソルベルの攻撃の間合いを考えたのだろう。
【たちいりきんし】で新規の標識を出すより、すでにある標識を利用する。
エンデッドの技はどれも強力だが、必ず標識を取り出すために出が遅い。
エンデッドが弾き出されたようにソルベルに向かって駆け出す。
目的はソルベルと自身のちょうど間に刺さったままの赤い三角形の標識だ。
この標識へ先にたどり着いた方が勝負を決める。
直感的にこの場に居た全員が悟った。
「ソルベル! いけえええええ!!」
「掴め! エンデッド!!」
二人の絶叫がヨミヤ原生林に共鳴する。
先に白いポールにたどり着いたのはエンデッドだった。
「エンデェッド!」
走ってきた勢いを乗せて標識を掴んだのでポールがしなる。
パイプが破裂するパン! パン! という甲高い音が鳴り、標識を引き抜いた。
俊敏性の違い、これが勝負を分けるというのか?
エンデッドは引き抜いた標識の根本を向かってくるソルベルの足元に突き刺す。
ソルベルの動きが空中で停止し、光の鍵はエンデッドの胸の前で止まった。
エンデッドがニヤリと笑みを浮かべる。
「まだだ! ソルベル!」
「ソォォォルッ!」
ソルベルが叫びながらブルブルと震えながら腕を前に出した。
「エ……?」
鍵の先端がエンデッドの薄い胸に刺さっている。
ソルベルが手を離すと鍵が勝手に半回転し、カチャン、と錠が外れる音がした。
風が吹いて木々がさんざめき、ふたたび静寂が訪れる。
光の鍵が粒子のようになり消え去ると、エンデッドがその場に突っ伏した。
エンデッドは顔を真っ赤にし、恋する乙女のように紅潮する顔を隠す。
今までの明確な敵意は完全に消え、戦う意志が見られなかった。
唖然とする審判役の団員は、ふと我に返る。
「エ、エンデッド戦闘不能! よって勝者、サタケ!」
「やっ――」
サタケはぐぐぐっと握りこぶしを作ってうつむく。
「やった!! ソルベル!」
「ソ、ソル!」
ソルベル自身も自分が勝てたことに驚きを隠せないようだ。
サタケはソルベルがいつ抱きついてもいいように両手を広げた。
ソルベルは駆け寄りはしたが、抱きつきはしなかった。
サタケは少し残念に思う。
ソルベルはためらいがちにその場に片膝立ちをした。
「騎士が忠誠を誓うポーズ……?」
「ソルル」
首を振った。
……ってことは?
サタケはソルベルの白と黒のツートーンカラーな頭に手を置いた。
初めてソルベルが仲間になった時みたいに嫌がる素振りはない。
「いいのか、ソルベル?」
「ソル」
「そうか、そうか……! ありがとうソルベル!」
サタケは涙をこらえながらソルベルの頭をこれでもかと撫でてやった。
ソルベルはしばらく我慢していたらしく、急に飛び退く。
「そるぅる!」
撫ですぎたらしい。
頬を真っ赤に染めてちょっぴり涙を浮かべて抗議している。
ソルベルとの絆が深まったのを感じたサタケだった。




