第一章23 対決! 幹部・バンカーと悪堕ちぷにもんエンデッド その2
ソルベルの世話を終えると不満そうに頬を膨らませたピカリュウが待っていた。
「どうした?」
「ピィピ」
つーんとそっぽを向いてしまう。
いまいち彼女の考えていることが分からなかった。
サタケはピカリュウと微妙な距離感のままヨミヤ原生林に入る。
きちんと山道を歩き、足を滑らせないように注意して、だ。
立て看板を見る限り、山道はどうやらハートロードの末端に続いているらしい。
身軽なピカリュウとサタケと違って、ソルベルは汗をかきつつ斜面を登る。
先に斜面を登ったサタケはソルベルに手を伸ばした。
ソルベルはためらった後、サタケの手を握る。
サタケたちは最初にジョーカー団の集まりと遭遇した場所に出た。
ここからハートロードに戻れるのだが、まだ特訓を完了できたわけじゃない。
まだ行っていない散策コースへ足を向けると、誰かの声が聞こえた。
「あーっ! オマエーッ! デュースカード団員のくせに歯向かった奴!」
「誰かと思えばハミデムシ先輩じゃないですか」
出会い頭のサタケに任務を押し付けたジョーカー団の下っ端だ。
赤いタネネを傷つけようとするのでサタケは彼と戦闘をして勝利した。
「ハミデムシはオマエだよッ! いいか、大人の社会は命令が絶対……!」
団員は話すのを急にやめて、畏敬の念をサタケの背後に送る。
何事かと思って振り向いたら鉄仮面の大男、バンカーがいた。
ソルベルが動物的な勘から警戒してサタケの腕を掴んで3歩分は退く。
「バンカー様ッ! こいつ! こいつです! 命令を無視するハミデ者は!」
団員がサタケに指をさす。
バンカーは無言で威圧感を示した。
久々の感覚にサタケの心は自動的に無になる。
……いけない。社畜時代の気分になると脳が考えるのをやめてしまう。
何もかもどうでもいいと思うのはやめたのだ。
「……サタケ、ここで何をしている?」
「えっオマエ!? バンカー様に名前を覚えられているッ?」
団員はサタケに恐れおののく。
先程まで上から目線だったのに、今では蛇に睨まれた蛙のよう。
サタケはバンカーに向き直る。
「俺は強くなるためにここにいる。組織に入ったわけじゃないからな」
「いい目だ」
バンカーはぷにもんディスクを取り出した。
心なしか楽しそうな気配がある。
「力試しだ。勝負は1対1。私の相棒が相手になる」
バンカーはエンデッドを繰り出した。
黒髪に白いカチューシャだが、ざわざわと長い髪が波打っている。
病弱な少女という外見にはまったく似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべた。
「エンデェェェッド!!」
だみ声を絞り出し、舌をだらりと垂らし、肩を上下させて獣のようだ。
ソルベルの気配が変わった。
今まで厳しいが温和だった彼女がエンデッドに鋭い眼光を浴びせている。
サタケは思い出す。彼女はコンペキ山でエンデッドに大敗した。
ピカリュウとサタケが何かの機械を壊したのでバンカーが手を引いたのだ。
「リベンジマッチってことか……。分かった、ソルベル。キミに決めた!」
「ソルルベルッ!」
ソルベルはモノトーンの髪を掻き上げ、真紅の瞳をエンデッドに向ける。
「ピーピカ!」
「ピカリュウも戦いたいか。でも、今はソルベルを戦わせてやりたいんだ」
コンペキ山の決着が付いていない。
3人とも思いは1つのようだ。
ピカリュウの戦いたい気持ちをなだめ、サタケはソルベルの背後につく。
「ほう? そのソルベル、覚えているぞ」
「その通り! ソルベル、あの時と違うってところを見せてやれ!」
「ソゥルル!」
下っ端団員はバンカーに指示され、審判を務めるために2人の間に立った。
「そ、それではッ! バトル開始ッ!!」
団員は慌てふためきながら距離を取る。
ソルベルとエンデッドの迫力に気圧されたのだろう。
2体とも悪タイプ。いわばこのぷにもんバトル、悪VS悪の力の勝負だ。
両者、にらみ合いが続く。
相手の出方を窺っているのだ。
と言ってもエンデッドは逸る気持ちを押さえきれない様子だ。
「エンッ」
……来るか!?
「待て! エンデッド、やりたいようにやるならしばらく我慢するといい」
「エェン……、エンデッ」
エンデッドは視線をそらさず、残念そうに声を漏らす。
こんな緊迫した状況だというのに彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
何かカウンター技を仕掛けてくるのだろう。
ソルベルは俊敏な動きが得意ではないが、強力な技を持っている。
何も相手の体力を削るだけが戦いじゃない。
要は戦えなくしてしまえばいいのだ。
「来ないならこっちから行く! ソルベル、【ハードロック】!」
ソルベルは暴れ出しそうな右手を左手で抑えながら、力を手のひらに集める。
あまりに力が強いのか、手首が反り返り、紫炎の柱を作った。
柱を握りつぶすと輝く球体が生まれる。まばゆさで、もはや白球だ。
ソルベルの手の向こうが歪んで見えるほど、熱がこもっているのだ。
右手を支えたまま、エンデッドめがけてひとっ飛びする。
ピカリュウの動きを見慣れているため、あまり早いとは感じない。
だが、普通の16歳の少女の出せる瞬発力だと考えれば人間離れしている。
立ち幅跳びで言うなら4メートルだ。成人男性の倍以上の跳躍である。
ソルベルはそのままの体勢で左肩を前に突き出して上体を捻った。
跳躍と捻りの両方の力を合わせたハードロックをエンデッドの腹部に撃ち込む。
「エグッ」
エンデッドが吐瀉してしまいそうな声を漏らし、立ったまま後ろに滑る。
ヨミヤ原生林は湿気が多く、土煙が立たない代わりに足元が滑りやすいのだ。
うつむき加減だったエンデッドが顔を上げる。
瞳孔が開いて黒目が皿のようになっていた。
それでも彼女は邪悪な微笑みを絶やさない。
対してソルベルの表情が凍る。
仕方ない。一撃で仕留めようとした必殺の技が笑顔で受け止められたのだ。
サタケの脳裏にコンペキ山の登山口で身体を裂かれたハネウオの姿がよぎる。
「退け! ソルベル!!」
「エンデッド、そこだ。【いちじていし】!」
エンデッドは微笑みながら左手でソルベルの右手を掴む。
まだ身体の中に腕が入ったままだ。
そのまま右手をだらりと下げた。
下げた先にエンデッドの影があり、中から赤い三角の標識が出てくる。
エンデッドの視線が下を向いた隙にソルベルが腕を引っこ抜いた。
手には何も握られていない。ピカリュウの時は何か球体を持っていたはずだ。
ソルベルは技が決まらなかったことに驚いて退く足を止めた。
……なぜ? いや、そうだ。ハードロックは直前の技を封印する技。
エンデッドが何も技を出していなかったために不発に終わった。
その上、悪タイプに悪タイプの技は相性が良くない。ダメージは半減していた。
「ソッ!?」
ソルベルの悲鳴が聞こえる。
サタケは自分の失敗を分析している場合ではなかった。
「そんな……、ソルベル!」
気が逸れている間にエンデッドはソルベルの影に標識の根を突き刺していた。
それだけでダメージを負った様子ではない。
むしろ不自然な姿勢のままで、まるで剥製のようになっている。
「もしかしてソルベル、動けないのか?」
「ソル! ……ソルルゥ」
頷いた後、サタケの顔を見て元気をなくす。
サタケは彼女の反応を理解できず、ふと自分の顔に触れてみた。
麻痺でもしているのか触ったという感触がない。
両の手のひらを見てみたら血の気が引いて真っ青になっていた。
指が思い通りに動かないほど震えている。
トレーナーの自分が動揺してパートナーのやる気を削いでしまった。
サタケの頬を汗が伝う。
ポタリと手に雫が落ちて弾けた。
……俺は、負けることに怯えている……。
ぷにもんリーグを目指すのはぷにもん世界では普通のことだ。
日本で言えばいい大学を出て、キャリアを積んで出世するのと同じ。
それは人生に勝った奴の生き方。ほとんどはどこかで負ける。
負けたらどうなるか?
簡単だ。社会の名も無き歯車になるだけのこと。
この世界でだって変わらない。
また同じ人生を繰り返すか?
……俺は嫌だ!
「頼む、ピカリュウ……。俺に【びりびりぎゅー】をしてくれ」
「ピカ!?」
背後で戦いを見守っていたピカリュウが驚く。
審判の下っ端団員も耳を疑っている様子だ。
「バトル中に他のぷにもんを使うのは……」
「構わん。自分で技を受けたところで勝負に支障はない」
バンカーが了解する。
「いいか、ピカリュウ。本気でやってくれ」
「ピ……。ピカ」
ピカリュウは身体を震わせて帯電し、サタケに飛びついた。
バリバリ! と電流が弾けてサタケはうめき声を上げる。
その場によろめいて倒れかけるが、なんとか踏みとどまった。
全身を黒焦げにしながら立っているサタケは不敵に笑う。
「ありがとうピカリュウ。そしてすまないソルベル。この勝負、獲るぞ!」
「ソル!」
ソルベルの凍った表情が和らぐ。
きっとサタケを見て元気を取り戻したのだ。