第一章21 異世界混浴物語? サンセットビーチの浴衣姉妹 その2
……思ったより早く冒険が終わる。海が見えたのだ。
しんびがんおじさんの話では夕日が綺麗だと言うが、太陽はまだ高い。
磯の上を海沿いに歩いて行くと硫黄の匂いが漂ってくる。
近づいてみるとひょうたん型の湯船に4人が肩まで浸かっていた。
海との距離が1メートルもないので、水飛沫が湯船に飛んで来ている。
1人がサタケに気づいて声をかけてきた。
サタケの母と同い年くらいの女性だ。
「あら、トレーナーさんね? この温泉はぷにもんと一緒に入れるのよ」
「まーまりー」
女性の隣で返事をしたのは蟻のような触覚が頭に生えた女の子だ。
サタケが図鑑を向けて調べてみると、【マリアント】というぷにもんらしい。
シグレが持っていたマリンコの進化形のようだ。年の頃は十三歳ほどに見える。
他にいる2人はぷにもんのようで、何やら鳴き声で会話をしているみたい。
2匹ともサタケに興味津々のようで、くすくす笑いあっている。
……。
「あ、あの……、男湯ってありますよね……?」
しれっと会話を交わそうか迷ったが、紳士としてサタケは男湯を所望した。
女性は何やらピンと来ていない様子だ。
もしかして波の音で聞こえなかったのだろうか?
「ごめんなさい。オトコユ? というのは知らないわ。お湯の種類かしら?」
「も、もしや、温泉は男女別で入るものではない……?」
「ええ。普通はそうね」
女性は当然のことを言うように教えてくれた。
驚いた。この世界は温泉に男女別で入る概念がない。
サタケは温泉に入ることに決めた。
喜々として脱衣所に向かうと、入り口の張り紙を見つける。
この世界の言葉で「ご入浴の際は水着を着用してください」と書いてあった。
サタケはその場に崩れ落ちた。
「ピカ?」
「ソル!」
「くっ……、俺が馬鹿だったよ……。着替えるから少し待ってて……」
サタケは脱衣所として用意された一人用の個室で水着に着替える。
外で待っていたピカリュウにきせかえセットを使ってスクール水着を着せた。
その流れでソルベルにもスクール水着を着せてしまう。
「ソルルッ!?」
ソルベルは腰を引いて、顔を真っ赤にして胸元を隠した。
スクール水着の肩紐がたわわな実に引っ張られ、あられもない姿になっている。
「わっ、ごめんソルベル!」
サタケはあわててソルベルにハナガサみずぎを着せた。
ソルベルは涙目で恨めしそうにサタケを睨んでいる。
目つきの鋭さも相俟ってかなり怖く見えた。
「な、なにも見てないよ!」
ソルベルは視点をサタケと同じ高さに合わせる。
サタケの方が低いので、ソルベルの胸の谷間がしっかり見えた。
「ソーソル?」
「ほんとに見てないしわざとじゃないです」
「ソ?」
「ほんとにほんとです……」
谷間から目をそらせなかったが、彼女は短くため息を吐いて許してくれた。
その後、サタケはピカリュウを連れて身体を洗ってやる。
「ふふふ、俺のシャンプーテクを見せてやるぜ」
「ピーカーリュ?」
「シャンプーテク。生まれ変わっても魂で覚えてた技だ」
実は前世から頭をマッサージするのが妙に得意だった。
今でも頭を撫でてやる時に軽くマッサージを織り交ぜている。
ピカリュウの髪を洗い始める。
備え付けのシャンプーだが、充分な泡が立った。
髪を洗ったら一度だけ軽くお湯で洗い流す。
その後はマッサージを加えていく。
竜の羽みたいなところの付け根の軟骨がコリコリしていた。
彼女は気持ちよさそうに声を漏らした。
熱い吐息が出たことに本人も驚いたのか、口を手を覆って頬を染めている。
「気持ちいい時は気持ちよくなっていいんだぞ」
ソルベルが顔を手で隠し、指と指の隙間からピカリュウを眺めている。
最後に桶で掬ったお湯を少しずつ流していく。
シャワーがあればいいのだが、残念ながら秘境の温泉にそんなものはない。
慣れない作業だったので流すお湯の量が多かった。
ピカリュウは目や鼻に水が入るのがどうにも我慢できず、電気を発生させる。
「あばばばばばばばば! だ、だが! ちゃんと流さなきゃダメだぞ……!」
サタケはビリビリと感電しながらもなんとか髪を洗ってやった。
湯船に浸かっていた女性がサタケに拍手を送る。
ピカリュウはキラキラした毛並みを手でいじって目を輝かせた。
「どうだ、良かっただろ」
「ピッカァ!」
ピカリュウが頭をすりすりしてくる。
今は上半身に何も着ていないので、くすぐったくて笑いそうになった。
サタケはピカリュウをぽんぽんと撫でて、待ってるように指示する。
「よし、次はソルベルだ。ここに座って」
「ソル?」
「いや、ソル? じゃなくて。洗わないと入れないんだぜ?」
「ソー! ソルル!」
「違う? 自分で洗えるって? あっ、さっきのことまだ根に持ってる?」
「ソーゥー」
「違うのかそうなのかよく分からないな……」
首を横に振っているのを見る限り、たぶん根に持ってないってことだろう。
なぜか不満そうにしている。
……なぜだ。ぷにもんの世話をするのはトレーナーの役目のはずだが。
そのやり取りをしていると後ろからザパーン! と激しい音が聞こえる。
振り向くとピカリュウが湯船に飛び込んで作った音のようだ。
サタケはピカリュウを湯船から連れ出し、女性やぷにもんに謝る。
「海からの水飛沫と変わらないわ。それに元気な子は大好きよ」
寛大な心にふたたび感謝する。
「ピカリュウ、温泉はゆっくり浸かるところなの。飛び込んだらダメ」
「ピカァ?」
この子、分かってない。
大きな水たまりがあったから飛び込んでみました、って感じなのだろう。
「この子、こっちで見ておくわね」
女性が提案してくれたので、サタケはピカリュウを見ててもらうことにした。
まるで子育てだな……、あ。
サタケはふと気がつく。
ソルベルが嫌がっていたのは子供扱いされたからなのだ。
いつもピカリュウの姉のように振る舞っているからなおさらに。
サタケはソルベルの元へ戻る。
ソルベルは椅子に座らないでこちらの様子を窺っていた。
「ごめんソルベル。気づいてやれなくて。子供扱いがイヤだったんだね?」
「ソル」
彼女は静かに頷いた。
「でもソルベル。俺にとってキミたちはパートナーだ。子供扱いじゃないんだぜ」
「ソル?」
「ぷにもんがトレーナーにお世話されるのは何も恥ずかしくないってことだ!」
サタケは堂々と言い放った。
ソルベルは感銘を受けたように口を開ける。
「ささ、座って座って」
葛藤しているらしく、座るかどうか決め兼ねていた。
しばらく悩んだ後、椅子に座ってグーにした手を膝に乗せて待っている。
期待と不安が入り混じっているようだ。
サタケはソルベル越しに目の前の大きな鏡を確かめた。
10歳の少年が16歳くらいのビキニ姿の女の子の髪を洗おうとする状況だ。
新米トレーナーがぷにもんの世話をしているようにしか見えない。
この世界ならではの価値観だ。
前いた世界では考えられないことだろう。
と言っても、周りを見てもぷにもんの髪まで洗うトレーナーはいない。
ピカリュウの頭を洗えたのは、彼女がサタケをよっぽど信頼しているからだ。
きっとソルベルもそれくらい信頼しているとサタケは踏んでいた。
しかしサタケがソルベルの頭に触れると、彼女は頭を隠してしまう。
「どうした? ……やっぱりイヤだったか?」
「ソーソル」
ソルベルは頭を横に振る。
イヤじゃないが、そこまで心を許していないのだろう。
「わかったよ。キミが良いと思った時、俺に頭を撫でさせてくれ」
サタケはソルベルの頭を洗わずに終わった。
育成チートと言えど、何をしても許されるわけじゃないのだ。
どんなぷにもんにも好かれる能力だが、信頼は自分の力で勝ち取るしかない。
サタケは椅子に座って葛藤してくれたソルベルに心の中で感謝した。
浴槽の方へ戻ると濡れた床の上を滑って遊んでいる。
サタケはピカリュウを捕まえて、一緒に湯船に浸かった。
じっとしているのが苦手のようで、お湯を波立たせたり落ち着かない。
ピカリュウの背中に回り込んで腰を膝で挟む。
後ろから肩を掴んで暴れないようにした。
「すぐ上がると風邪引くぞ。100まで数えたら上がろうな?」
「ピィピカ」
サタケは100まで数える。
子供の身体はすぐに温まるみたいで、サタケ自身も熱くなってきた。
途中、ソルベルが湯船に浸かってほっと一息をつく。
「……99……100!」
サタケとピカリュウは湯から上がる。
一面のオーシャンビューを楽しんでいる余裕はなかった。
湯あたり寸前だ。
ソルベルを置いて脱衣所に移動し、まずピカリュウの身体を拭いてやる。
その後、自分の体を拭いて、ピカリュウにきせかえセットをかざす。
ファインダー越しにピカリュウはいつもの格好に戻った。
続いてやってきたソルベルも身体を拭き終わる。
サタケはもらったばかりのフィルムのことを思い出した。
リュックに入れたフィルムケースから【ヨミヤ浴衣】のフィルムを取り出す。
ピカリュウとソルベルにそれぞれヨミヤ浴衣を着せた。
青々とした浴衣はどこか神聖な感じで、風呂上がりの彼女たちを綺麗に飾る。
首から肩にかけてのラインが合わせ衿からチラリと見えるのが艶やかだ。
いつの間にか温泉から上がって着替えていた女性が2匹を見て微笑む。
「おそろいで姉妹みたいでかわいいわね」
ピカリュウは見られるのに慣れていないのか、浴衣を脱ぎだそうとする。
やっぱりピカリュウは視線を向けられるのが苦手なのだ。
ソルベルが脱ごうとあたふたするピカリュウに優しい声色で諭す。
ぷにもん同士で違う鳴き声だが、どうやら伝わっているらしい。
ソルベルがピカリュウの襟を直してやると、そそくさと隠れてしまう。
後ろに隠れたピカリュウの代わりに見られてソルベルは困った様子だ。
「ソルベル、ありがとう。ピカリュウも今度は脱がずにがんばったな」
ミユからもらったドレスは脱ぎ捨てようとしていたくらいだ。
サタケはピカリュウのさわり心地の良い頭を撫でてやる。
ソルベルの頭も撫でてやろうとしたが、彼女が背伸びをするので届かない。
「やっぱダメかぁ」
今のはちょっとアンフェアだったと反省する。
ソルベルがすまなそうな表情を返した。
ふと何かに気づいたようで、海の方を指さす。
「ソル!」
大きな太陽が海に沈まんとしていた。
辺りはオレンジフィルムに包まれ、浴衣姿の2匹がいっそう際立って見える。
ヨミヤ原生林では何度か怖い目に遭った。
それをチャラにできるだけの大自然の神秘と美しさを今、堪能している。
サタケは冒険のおもしろさを再発見したのだった。