第一章20 異世界混浴物語? サンセットビーチの浴衣姉妹 その1
森を歩いていると一軒の茶屋があった。
どうやらいつの間にか原生林を抜けて人里まで降りてきたようだ。
サタケがほっとするとピカリュウたちも緊張の糸が切れる。
お茶の香ばしくて少し甘い匂いが漂ってきた。
ピカリュウが茶屋を指さす。
「ピピカ!」
「そうだな、少し休んでいこう」
茶屋は前世の世界でも珍しい純和風の建物で、茅葺き屋根の木造建築だ。
赤い和傘があって緋毛氈を敷いた長腰掛けもある。
3人で座るには充分すぎるほど大きい。
引き戸のカラカラという音がして、割烹着を着たお姉さんが出てくる。
座って待っていてください、という身振りをしてサタケたちを歓迎した。
サタケはピカリュウを真ん中にソルベルと共に腰掛ける。
木漏れ日が差し込み、3人の膝に模様を作っていた。
ピカリュウは無邪気そうに日差しに手をかざして模様を変形させて遊んでいる。
サタケはふとソルベルと目が合った。
ソルベルはためらいがちに目を伏せたが、やがてサタケに視線を送り返す。
恥ずかしがり屋なのか、頬を染めながらも嬉しそうに笑みを見せた。
今朝に見た夢のことはハッキリと覚えている。
サタケは次にバトルすることがあればソルベルと一緒に戦おうと心に誓った。
「お待ち遠様です」
お姉さんが盆に乗せて持ってきたのは3人分の抹茶とお菓子だ。
鮮やかな青緑色の薄茶で、細かい泡が中央に盛られている。
サタケは驚いた。まさかこの世界で抹茶を飲める日が来ようとは。
お菓子は落雁のようだ。小豆粉を固めて焼いた干菓子である。
盆を受け取りピカリュウとソルベルが菓子を取る。
サタケは盆を縁台に置いて、3人そろって菓子を食べた。
口の中の水分が持って行かれる食べ物だ。
ピカリュウが一気に食べようとするので喉にひっかけそうになっている。
サタケは急いで茶の入った器を手渡した。
ピカリュウは自分の顔ほどある器を両手で持って、一気に茶を流し込む。
ふぅ、と一息ついて、おいしかったとひと目で分かるほど笑顔になった。
それを見て安堵したサタケとソルベルもお菓子を食べて抹茶を飲む。
お姉さんは少し離れて3人の様子を見守っていたらしい。
どこかニコニコ顔の彼女に勘定を尋ねる。
「うちの茶屋はお気持ちで頂いていおります」
「つまり、好きな金額で払えるってことか。うーん、いくらくらいなんだろう」
「多いのはこれくらいで、高くてもこれくらいですかね」
お姉さんは指を立てて金額を示した。
昔いた世界の「円」という通貨で言うなら、多いのは五百円、高くて千円だ。
サタケは迷いなく三千円分の通貨を渡した。
「え、いいんですか?」
「はい。3人分いただきましたので」
お金をたくさん持っているわけではない。
ピカリュウやソルベルの笑顔を見れたので最高の額を示した。
彼女たちと旅ができることは至上の喜びに他ならない。
茶屋の奥で何かが光る。
その一部始終を見ていたおじさんのサングラスだ。
彼がサタケの前にやってくる。
「もし。アナタ、また会ったネ!」
「あっ、海で会った……」
「ワタシ、しんびがんおじさん。これ、あげるヨ!」
サタケは【ヨミヤ浴衣】のフィルムをもらった。
ヨミヤ原生林の青々とした森をイメージしたデザインの浴衣だ。
「どうしてこれを俺に?」
「ぷにもん愛を感じた! それだけだヨ」
「あ、ありがとうございます」
「ウン。じゃあワタシはこれで!」
しんびがんおじさんはサタケと同じ額の代金を支払って茶屋を後にした。
お姉さんは動揺しているのか、接客スマイルを崩している。
サタケが苦笑いしながら「なんかすいません……」と挨拶した。
お姉さんも困ったふうに笑って「お気をつけて」と見送ってくれる。
サタケが外に出るとにゅっとしんびがんおじさんが出てきた。
「わ」
「言い忘れてたヨ! この先に夕日が綺麗なところがあるからネ」
「なるほど……」
「夕日と浴衣は最高の組み合わせ! あ! あと温泉もあるヨ」
しんびがんおじさんはピカリュウとソルベルに「いいネ」と親指を立てる。
ソルベルの背中にピカリュウが隠れてしまった。
しんびがんおじさんは原生林の方へ歩いて行く。少し寂しそうな背中だった。
「しんびがんおじさん……。いったい何者なんだ……」
サタケは呆れた自分の頬を軽く叩いてリセットした。
「この先に温泉があるんだって。温泉って知ってる?」
ピカリュウとソルベルは2匹してふるふると頭を振った。
「それじゃあ行こうか」
サタケは2匹を連れてヨミヤ原生林から海の方へ歩いた。
整備された道ではないし、トレーナーズマップにも書かれていた記憶がない。
ある種の秘境という奴だ。この冒険感にサタケは足取りが軽くなった。