第一章17 小さな身体に溢れる母性? ヨミヤ原生林の赤いタネネ
ヨミヤ原生林に到着する。
ひんやりとした空気が辺りに立ち込めて、サタケたちの背筋を震わせた。
倒れた木から新しい生命が生まれる。大自然の力強さを感じた。
サタケたちが原生林を進むとちょっとした人だかりができている。
みな一様に同じような格好をしていた。
黒、黄、赤のレインコートを着た人々……、ジョーカー団だ。
ジョーカー団の一人がサタケに気づいて声をかける。
イライラ顔の青年だ。
「おっと、坊主。ここから先は立入禁止だぜ」
「何をしてるんですか?」
「原生林には赤くて美しい……、おっと部外者には教えられないぜ」
サタケはヨミヤ原生林で強いぷにもんをゲットしようと考えている。
彼らジョーカー団のせいで通れないのは死活問題なのだ。
ふと気づいて、サタケはリュックを開けてそれを取り出した。
「デュースカード!? お前も我がジョーカー団の同胞か!」
サタケが取り出したのはジョーカー団の団員証だ。
コンペキ山でバンカーからもらったものである。
「デュースカードを持っているならいちばん下っ端!」
男は自身の【トライカード】を見せつける。
数字の「3」を模したデザインだ。
「我々ジョーカー団はヨミヤ原生林で【赤くて美しいぷにもん】を探している」
「はぁ……」
「お前も探せ」
「えっ」
「お前はいちばん下っ端だから命令は絶対だぞ!」
念を押して青年は集団へ戻ってしまった。
……。
つまり仕事を押し付けられたということ?
「はぁ……」
サタケはジョーカー団のノリについていけず、盛大にため息を吐いた。
「仕方ない。【赤くて美しいぷにもん】とやらを探しますか……」
サタケは普段は見せないような精気のない顔をして歩き始める。
前世は朝からこういう顔をしていた。
少年時代に戻ったのにどうして仕事なんて……。
ダルそうに歩いていたせいか、出っ張った樹の根に足を引っ掛ける。
手をつこうとしたが、その手は空を切った。
「あれっ?」
山の急斜面になっていたのだ。
サタケはシダ植物や木々が茂る斜面を滑るように落ちた。
……。
…………。
……………………。
「うっ……」
落ちる過程で頭をぶつけたのか、目覚めた俺は後頭部を手で押さえた。
幸い血は出ていないようだ。
頭に何か葉っぱのようなものが乗っかっている。
「あ……れ……?」
おかしいのは頭の葉っぱだけではない。
周りはタネネでいっぱいだった。
タネネはどこかで見た覚えがある。ここのタネネも同様に幼い見た目だ。
頭を捻ってもどこで見たのか思い出せなかった。
タネネたちはじゃれ合ったり、スヤスヤ寝ていたり、どうやら姉妹のようだ。
じゃれ合っていた一匹がふと立ち上がる。
「タネ! タネネ!」
奥の茂みの方に鳴き声を上げると、そこからまたタネネがやってきた。
このタネネは他のタネネと大きく違い、真っ赤な髪を持っている。
年齢も他より少し成長しているようだ。
もしかして【赤くて美しいぷにもん】ってこの子のことだろうか。
俺は不思議な状況にありながら、焦るでも怯えるでもなくぼんやりしていた。
頭を打ったからかもしれない。
赤いタネネが座ったサタケの前に立つ。
優しそうな笑みを見せてサタケの頭をよしよしと撫でた。
「……ママ」
俺は直感的にこの助成がママなんだと悟った。
赤いタネネは母性に溢れている。
無償の愛は子に向けるもの。ならば俺はこの人の子供なのだ。
赤いタネネは木の実を俺に差し出した。
一口サイズに砕かれており、硬い殻の部分は取り除かれている。
他のタネネも同様にカットされた実を食べていた。
俺もそれに従って実を食べ始める。
味はすごく酸っぱくて、目がしばしばしてしまう。
その刺激が俺に何かを思い出せた。
様々な出来事が頭の中を駆け巡る。
期待に押し潰された子供時代……、輪の外が定位置だった灰色の青春……
真っ黒な職場環境……、クソまみれで人生を終えたあの日……
ふたたび訪れた子供時代で、俺は……
「ん……。俺、誰かとはぐれたような気がする……」
そうつぶやくと赤いタネネがやってきて、俺を優しく抱きしめた。
女の子らしい柔らかい身体に包まれると穏やかな気持ちになってくる。
「うん……。どうでもいいよね……」
その安らぎにサタケはどっぷりと溺れていった。
背中を擦られて眠くなりだした頃、赤いタネネの身体が緊張する。
何かに反応するように首に提げたペンダントが震えだした。
「ピッカァ!」
すると、茂みから黄色い髪の女の子が飛び出してくる。
「あれ?」
この子もどこかで見たことがあった。
一緒にいると忘れがちだけど抱きしめると胸が温かくなるんだ。
きっと彼女も嬉しくて俺に頭をコシコシとこすりつけてくる。
その仕草は親愛の証。
今、その子は自分に近づいて嬉しそうに頭をこすりつけている。
だけど、俺は彼女のことをよく知らない。
俺は……、たぶん、タネネなんじゃないのか……?
黄色い子が出てきた茂みから黒い格好をした目つきの悪い少女が出てくる。
その子も俺を見てほっと胸をなでおろしていた。
タネネは黄色い子と違って、大きな胸が特徴的だ。
俺のママらしい赤いタネネは黄色い子を引き離そうとした。
だが、俺に抱きついたまま離れようとしない。
「ピィピ!」
もしかしてこの黄色い子は俺に何かを伝えようとしているのだろうか?
「ごめん。俺、キミが誰か分からないんだ……」
そう告げると彼女の瞳がうるうると涙ぐんでいく。
俺にとって大切な人だったのだろう。
思い出そうとしても頭にモヤがかかっていて思い出せない。
ただ、この子に抱きしめられている時の感触はなぜだか少し思い出せた。
痛いのに嬉しい、嬉しいのに痛いという不思議な感触だったはず。
「ね、ねえ。俺と初めて会った時みたいにしてみてくれないか?」
「ピカ!」
彼女は俺から少し離れて、助走をつけて走り出す。
バチバチ! と電気が弾ける音がして、俺の身体に彼女は抱きついた。
「あばばばばばばばば‼」
……………………。
…………。
……。
「最高にキクぜ……、ピカリュウ」
俺……、いや、サタケは痺れながらつぶやいた。
ピカリュウは名前を呼ばれて涙を浮かべならサタケに抱きつく。
「ごめんピカリュウ。ソルベルも。俺、記憶喪失になっていたみたいだ」
きっと頭を打ったせいだろう。
後頭部にたんこぶができている。
しかも、頭に葉っぱが乗っかったままだ。
葉っぱを取ると、赤いタネネが「タァネネ……」と残念そうにため息をつく。
怪しげに揺れていたペンダントが静かになった。
サタケはふとタネネに向けて図鑑を向ける。
「胸の大きなペンダントに力を込めるとものを浮かせたり夢を操作したりできる」
夢を操作できる……。
サタケは周囲をたしかめる。
今まで赤いタネネの家族だと思っていたぷにもんが1匹もいない。
代わりに、苔の生えたゴツゴツとした無機質な岩が転がっているだけだった。