第一章14 花園は少女たちのビューティ・コロシアム!
サタケたちはコンペキ山の先、ブルーロードの後半を旅していた。
海を左に見る。右手には芝が敷かれたなだあらかな丘が連なっていた。
時おりパラソルの下でほっかむりをした老婆がアイスを売っている。
「ピ?」
「どうした? もうアイスは食べただろ?」
「ピピカ!」
頬を赤くしてぷんすか怒った。
「ごめんごめん。アイスじゃないなら何?」
「ピーピ」
背伸びして鼻をスンスンさせる。
海から吹く風が爽やかな香りを運んだ。
「スーってする匂いがする。行ってみよう!」
サタケとピカリュウは匂いを頼りに道を少し外れる。
草むらを越えた先に花畑が見えた。
花畑に出ると爽やかな香りの正体がハーブだったと分かる。
しかし、サタケの視線は花には向けられていない。
「すごい! こんなにぷにもんがいるなんて!」
花の周りに集まったぷにもんだ。
どのぷにもんも髪に花飾りをしたり、美しい容姿を磨いている。
「そういえばシグレは30匹捕まえたって言ってたな。よーし、俺も!」
サタケはホルダーから空のディスクを取り出して振りかぶる。
「待て待てー! サタケ!」
サタケに飛びついてきたのはツインテールのミユだ。
ミユが大声を出したせいで先ほどのぷにもんがたちは散った。
せっかくぷにもんが気づかないうちにゲットする腹積もりだったのに。
「……がっくし」
「がっくしじゃないよ! 人のぷにもんを取ったらどろぼう!」
「なんだ、もうゲットされてたのか……」
「そりゃそうでしょ。あんなにキレイな野生のぷにもんがいると思う?」
「たしかに……」
会話が一時停止して、ミユがサタケから離れて、手を後ろに組む。
ミユ自身もおめかししているらしく、髪留めが大きいものに変わっていた。
エプロン風の服装で調理実習をしている女子中学生のような感じだ。
「久しぶりだね、ミユさん」
「うん、久しぶり。その子……、ソルベルをゲットしたの?」
「ゲットっていうか、仲間になってくれたって感じかな」
「すごいね! もしかしてサタケも模擬コンクールに興味があるの?」
「ううん。ここに来たのはたまたま。模擬コンクールって?」
「ここはね、ぷにもんを美しくしたいスタイリストが集まる花園なの!」
ミユが両手を広げると、ちょうど風が吹いて花びらが舞う。
狂ったように花が咲き乱れ、大勢のぷにもんたちが美を追求する。
奥の方にステージがあって人が集まり始めていた。
どうやらもうすぐ模擬コンクールというのが始まるようだ。
集まっている人は開かずの門を開けた時に集まった群衆よりは少なそう。
サタケはピカリュウに目配せをする。
ピカリュウは目が合ったからか、嬉しそうに微笑んだ。
「ピカリュウ、俺たちもコンクールに出てみないか?」
「ピカ?」
コンクールが何かをよく分かっていないようだ。
サタケの目論見はピカリュウが大勢に見られていると緊張する癖を直すこと。
ミユは「それはいい提案だね」と歓迎した。
「それじゃあ、これをあげる!」
サタケは【ぷにゼリーケース】と【きのみパウダー】をもらった。
道具の名前にゼリーとついているが、肝心のゼリーはない。
きのみパウダーは小瓶に詰められ、日光にキラキラと輝いている。
「ぷにゼリーはぷにもんを美しくしたり、かわいくしたりできるんだ」
「どういう外見にするかコントロールできるの?」
「ううん。ぷにもんはゼリーに好き嫌いがあるから」
ピカリュウを我慢させてまで嫌いなゼリーを食べさせたくはない。
ところでゼリーはどこから手に入れるのだろう。
「ゼリーはパウダーをたくさんかき混ぜると作れるよ」
ミユはいくつかガラスの小瓶を見せてくれた。
中には色とりどりの粉が入っている。
「さかなパウダーとか貝がらパウダーとかいろいろあるんだよ」
「へぇ〜。よし、ピカリュウが好きそうなゼリーを作るぞ!」
「私も協力するよ! 1人より2人で練るともっとおいしくなるんだ」
ミユは自前のぷにゼリーケースを取り出し、ボウル部分を開いた。
ケースだけでなく、これでパウダーを練ることができるらしい。
ボウル部分を開いてミユのと合体させる。
「それじゃあ私はさかなパウダーを入れようっと」
「俺はきのみパウダーだね」
「よーし、サタケ! 練って練って練りまくれ!」
サタケとミユは二人でパウダーを練りまくる。
練っていると少しずつ粘り気を帯び始めた。空気中の水分を吸収しているのだ。
この練る作業は意外と重労働で、ゼリーができる頃には2人とも疲れていた。
「はぁ、はぁ。できた! しかもこのキラッとプルンッて感じ! 最高の出来!」
出来上がったゼリーはボウルの真ん中で弾力のある表面を震わせた。
パウダーと同じでキラキラ輝いている。
このままでは大きいのでミユが小さなナイフで一口サイズにカットした。
「さあ出来たぞ、ピカリュウ!」
サタケはスプーンですくってピカリュウの口へ運ぶ。
しかしピカリュウは匂いを嗅ぐだけで、一向に食べようとしない。
「嫌いなのか?」
「ピィピ」
頭を横に振った。
「ならどうして?」
ステージの方を指さす。
そこでもサタケたちのようにゼリーを作るトレーナーが多くいた。
トレーナーたちの目的はぷにもんをコンクールに出すことだ。
ピカリュウはそれを察したらしい。
意外と見てるんだなあ、という顔で感心していたサタケはハッと我に返る。
いつの間にか持っていたスプーンがピカリュウの手に渡っていた。
ピカリュウは傍らで見守っていたソルベルにスプーンを向ける。
ソルベルは軽く目を疑う。なぜか口元がゆるんでいた。
たぶん困っている。半分くらい嬉しそうでもあった。
ソルベルはピカリュウと同じ目線になるように腰を落とす。
目の高さが同じになったのでピカリュウは「ピカー」と大きく口を開けた。
スプーンはソルベルの口の前で止まっている。あーんしてという意味らしい。
「ルゥ……。ソルァ」
妙にテレテレしながらソルベルはピカリュウからあーんされた。
ソルベルはドキドキと興奮している様子だ。
ミユが2匹の様子を見てため息をつく。
「ソルベルはピカリュウの面倒を見てあげてるみたいだね」
「……そうなのかな?」
一方的にピカリュウに翻弄されているように見えるけど。
ソルベルなりにがんばっているのかもしれない。
「ゼリーは合わないみたいだね。そうだ、これあげるよ」
サタケは【ピカピカドレス】のフィルムをもらった。
「いいの?
「タネネに合わなかったからあげるよ」
ミユの隣でタネネが頷く。
サタケはきせかえセットを使ってピカリュウにレンズを向ける。
シャッターを切るとファインダー越しにピカリュウの格好が変わった。
「ピカ!?」
キレイな山吹色のドレスだ。生地がピカピカ輝く。
彼女が箱入りのお嬢様のように見えたのもつかの間だ。
ピカリュウは早々にドレスを脱ぎ捨てようともがいていた。
「ごめん、嫌だったか?」
「ピピ」
ジトッとした目でサタケを睨む。
「そっか。けっこうかわいいと思うけどな……」
「ピ!?」
頬に朱が差したと思ったら、顔を背けて表情を隠している。
いつの間にか脱ぎ捨てようとした手を止めていた。
「サタケ、ステージでエントリーしに行こうか」
「だそうだ。ピカリュウ、行くぞ……って」
サタケがピカリュウの手を引いて歩きだそうとする。
歩みは後ろから引き止めるピカリュウによって阻止された。
引っ張っても絶対についてくる気がない。ずりずりと引きずる形になる。
「ピ……、ピーピカ!」
「コンクールに出たくないのか?」
「ピィピ」
首肯する。
どこまでも人前に出るのが嫌なピカリュウだ。
サタケは困ってしまって頬をかく。
「そういうぷにもんもいるんだよ。頑固なところには感心かな」
ミユがフォローにならないコメントを残した。
余計にサタケは困ってしまって、ため息をついたのだった。