第一章10 世界は俺を待っていた!? 生まれた意味と命の定め
「うむ。ワシはマツシ。ぷにもん修行のインストラクターをしておる」
先ほどの拍手が鳴り止んだ後、サタケとピカリュウは男に呼び止められた。
その男こそ、ソルベルの技を見抜いたり、最初に拍手をしたマツシだ。
「ぷにもん修行にインストラクターなんてあるんですね」
サタケの呆れた質問に、フォッフォッフォッ、と笑い返す飄々とした人物だ。
「何はともあれ、お主らは選ばれた」
「……選ばれた? でも、俺たちはソルベルに勝てなかった」
「何を言っておる。長年おるが、ソルベルが相手を選んだのは初めて見た」
「じゃ、じゃあ戦わなくてよかった……?」
「いンや。戦いを通して力量を見る。それが彼女の流儀じゃ」
「そうなんですか……」
「うむ。すなわち、選ばれし者は開かずの門を開けなければならない」
マツシは片手を真横に開く。手の先はあの鉄の門だ。
「でも、アレを開けちゃうと観光名所じゃなくなっちゃうのでは……」
「うむ。開けないのも良いであろう。決めるのはお主たちじゃ」
「決めるのは俺たち……」
「ピカ?」
サタケとピカリュウの目が合う。
ピカリュウはそれが嬉しかったのか、うっすら頬を染めて微笑んでいた。
「マツシさん、俺たち門を開けます!」
「うむ! であれば、力を合わせて開けるのだぞ」
「力を合わせて……。わかりました」
サタケはピカリュウを連れて門の前に立つ。
するとさっきのガイドさんが慌ててやってきて、マツシに止められた。
サタケはピカリュウに指示し、門の右側を押すようにお願いする。
門の左へ行くが、チラチラと後ろ振り返ってしまう。
なぜならガイドさんが「開けないで!」と懇願しているからだ。
「ゆけっ! 少年よ! お主が選ばれし者だと証明してやれ!」
マツシがサタケに声をかける。
サタケはピカリュウと目配せして、一緒に門に手を掛けた。
「ふぬ!」
「ピカ!」
門にはそもそも両開きかどうか分かる隙間すらない。
だというのに、二人が押したところから門に光の筋が伸びていく。
光の脈は門のちょうど中心で交わり、カッ! と上下に縦の線が走った。
縦線から煌々と光が漏れ出し、門の奥から錠が外れたような音がする。
「がんばれピカリュウ! もう一押し!」
「ピィカ!」
門がガタガタと揺れながら、じわじわと押し込まれていく。
門を2つに割った光は消えて、向こうからひんやりとした冷気が漏れた。
「……やった!」
そうして開かずの門は開かれ、ガイドさんは残念そうに膝をついたのだった。
マツシを含めたトレーナーたちが大歓声を上げる。
ピカリュウはふたたび驚いてサタケの元に飛び込んだ。
残念そうにしていたガイドさんが急に立ち上がる。
「いいわ! 門の向こうをガイドすればいいのよ!」
ガイドさんが門の向こうへ行こうとするのをトレーナーたちが止める。
彼女が「なんで?」と疑問を呈していると、マツシが髭をさすって現れた。
「諦めるのじゃ。門の先は選ばれし者だけが許された場所なのであろう」
ガイドさんは力なくその場に座り込んだ。
サタケはトレーナーたちの熱い声援を胸に門の先を振り返る。
ゆるやかな坂道が続く。その途中に人影が見えた。
否、ぷにもん影だ。
「ソルベルッ!」
鋭い目つきをサタケとピカリュウへ順番にぶつける。
サタケは握りこぶしを作ってやる気を出し、ピカリュウはビクッとした。
サタケたちはソルベルに導かれるように道の先へ行く。
崖に挟まれたゆるい坂道は冷気が立ち込めていた。
二人の前に現れたのは崖と崖で合掌のようになった大地の割れ目。
冷気の正体はこの割れ目があるせいらしい。
ソルベルはその前で立ち止まる。
サタケに振り向き、またも鋭い目つきをした。
当の本人は意外と長い坂道でソルベルの視線には気づかないまま到着する。
「この洞窟に入れって? 洞窟はいきなり野生のぷにもんが出るって聞いたぞ」
「……ソ?」
サタケは自分よりも背の高いソルベルになんとはなしに訊く。
急に話しかけられたせいか、彼女は首を傾げた。鍵の飾りが揺れる。
ソルベルが先に進んだので、サタケは意を決して洞窟へ入った。
ちなみに洞窟は草むらがなく、野生のぷにもんとエンカウントするらしい。
だが、どうだろう。真っ暗でエンカウントするかどうかさえ分からない。
「おーい、ソルベル? ピカリュウ、びりびりぎゅーだ」
「ピッカ、リュ!」
なるほど、ピカリュウを灯りの代わりに使おうというのだ。
残念ながらその思惑は外れ、ピカリュウはサタケを抱きしめた。
「あばばばばばばばば! お、俺に抱きつかず、そのまま! そう、そのまま」
サタケは頭の上に火花を散らしながら、なんとか指示を出す。
するとピカリュウを中心に洞窟の様子が照らし出された。
スコップを持ったぷにもんや何かの工具を持つぷにもんが隠れている。
もしかすると人に慣れておらず、様子を見ているのかもしれない。
おかげでサタケはぷにもんにエンカウントすることなく洞窟を抜けられた。
「洞窟の先にこんな場所があったんだ!」
そこは半ドーム状になった場所で、てっぺんに大きな穴が開いている。
穴から差し込む日差しが床一面を浸す水で反射し、ドーム内を照らしていた。
水浸しのドーム内に人が一人横になれるほどの孤島があった。
孤島には小さな祠が鎮座し、日光を受けて浮かび上がっているように見える。
サタケは浅い湖の縁に立った。
ソルベルがいとも簡単に湖をひとっ飛びする。
またあの視線だ。祠まで来い、ということだろうか?
サタケは仕方なさそうに湖に足をつける。
ピカリュウはサタケを見て、濡れるのをお構いなしに付いてきた。
「あぁ、靴とズボンがビショビショ。あ、ピカリュウ! 水遊びじゃないんだぞ」
ピカリュウはわざと足を大きく上げ下げして水飛沫を飛ばす。
「ピィピカ?」
「……いや、俺はやらないから」
サタケは孤島に上がる。ピカリュウは冷たい水が気に入ったようだ。
一応の挨拶という意味なのだろう、サタケは祠に手を合わせる。
どこからか声が聞こえた。
「あれ……? なんだか急に眠気が……」
サタケは小さな祠に背中を預ける。気を抜いた瞬間、意識が遠のいた。
……………………。
…………。
……。
「ここまでたどり着くのにたった一日とは。やはり私の見立て遠りですね」
闇の中で声が聴こえる。
耳で聞いているのではない。
自分の脳内の声というか、頭の中に声が流れ込んでくる感じだ。
次第に辺りが明るくなった。やわらかな光が上方に開いた穴から漏れ出す。
今回はサタケの姿はない。水の中であることは変わりないようだ。
「聴こえていますよね? 私は今……、あなたの心に直接話しかけています……」
この声はいつかの謎の声だ。これで3度めになる。
というか、そんな急にファンタジーなことを言い出すとは、やはり夢か。
「夢ではありません。いえ、夢の中ではあるんですが……」
ということは夢なのでは……。
「お願いです……、私の話をそらさないでください……」
謎の声さん、泣きそう。
「なっ泣きません! それにもうお気づきですよね? 【サタケ】さん」
……。
……。
はあ、分かった分かった。
お手上げだ。
……まあ、手はないんだけど。
あるのは視覚と聴覚だけだ。
「やっと返事をしてくれたんですねぇ〜!」
いやいや、泣かないで。
「ずびびっ。泣いてないですよ!」
泣いてたでしょ……。
って、そうじゃなくてだな。
やっぱ、どうしても今の状況を知らなきゃならないよな。誰か説明してくれ。
「私が説明します、サタケさん。まずあなたは転生者です」
……マジか!
というのは冗談で、この世に生を受けて10年と1日、忘れたことはない。
ちなみに現実世界……、といっていいのかな?
まあ、地球世界と言っておこうか。
そこでは、……うっ! 頭が……!
「大丈夫ですか!? もしやブラック企業でボロ雑巾にされたことを思い出し……」
やめろォ‼
脳裏を過ぎっただけで動悸や吐き気がするんだから……。
正直な所、つらかった頃の記憶って本当に曖昧だ。
通勤電車でうんこくらい漏らしていいかって考え始めた辺りから人生が狂った。
「あわわ、ごめんなさいっ。じゃ、じゃあ、聞きたいことがあるんですけど!」
あ、うん。いいよ、聞いて聞いて。嫌なこと忘れたい。
「どうして10年も普通の子供のふりをして過ごしていたんですかっ?」
あっ、それ聞いちゃう?
「も、もしかして話しにくいことですか……?」
いや。
ええと……。
まあ、言葉にすると恥ずかしいんだけどさ……。
もう一度、普通に子供時代を送りたかった、って言ったら笑う?
……。
ごっ、ごめん。やっぱり今のナシで……!
「そんなことありません!」
うわ! 急に女の子が出てきた……!
ぷんすかしている。年頃は今まで見たぷにもんで一番大人っぽいかもしれない。
普段なら言わないけど、超かわいい。ぷにもん世界は神。
「かわいいなんてそんなっ。申し遅れました、私はリンネス。輪廻を司る神です」
ガチで神かよ。
「いや、人々から神と崇められているだけで、ただのぷにもんかも……」
急に自信なくさないで!
というか輪廻を司るって、もしかして……。
「はい。サタケさんをぷにもん世界に呼び出したのは私です」
ほう。数ある人の中からなぜこのサタケを?
「……。で、サタケさん、小さな女の子が好きですよね?」
えっ。
あ〜……、ただの子供好きですけど?
「ですよね! しかもその愛を前世でまったく活かせてませんでしたよね!?」
ちょ、ちょ、そんな生き生きした顔で言わないでくれます……?
なんだかすごく損してるみたい。
「愛の深さ、広さ、奥行き。すべてが私の理想的な人……。それがあなたです」
そ、そうなの?
なんか顔が熱くなってきた。いや、顔もないんだけどさ。
「気づきませんか? あなたは普通の子供時代を送るほど子供好きなんですよ?」
……!
やばい。10年間、気づかなかった。
「それにぷにもんを異性だと思いながらも、決して手は出しませんよね?」
……うっ。それはだな……、紳士だからさ……。
「ほら!」
リンネスが笑った。
やっぱり笑った顔がぷにもんはよく似合う、と思う。
思ったことが全部相手に読み取られてしまうのは分かってるけど……。
本当にそう思ってしまったんだから仕方ない。
ほら、リンネスが目をそらして頬まで染めちゃってるし。
「言っておきますが! サタケさんがぷにもんの言葉が分かるのは、私が夢を見てる間だけですからね?」
夢? もしかして、目と耳をくれた時とか今とか、リンネスの夢の中なの?
「はい。夢と現実は同じものですよ。私と直に話せるのもここだけです」
夢と現実は同じもの?
よく分からないが、リンネスを祀った祠の近くで眠ったから話せるのだろう。
それじゃ、最後に1つ聞いていいかな?
「どうぞ」
どうしてサタケに前世の記憶を残したんだ?
「……世界を変えるためです」
最初に会った時にも言ってたな。
変えるってつまりどういうことなんだよ。
「異なる世界の者の目で見てほしいのです。ぷにもんの世界を」
リンネスは穏やかに言う。
……夢と現実は同じもの。
……世界を変えるために生まれてきた。
……異なる世界の者の目でぷにもん世界を見てほしい。
サタケが見て感じたことで、世界はいかようにも在り方を変えるのか。
まるで夢のようなお話だ。
「さて、そろそろ朝ですよ。ちゃんと目覚めてくださいね?」
ふふふ、とリンネスが笑う。
これはちょっと邪悪な感じでかわいさ1割引き。
……冗談だよ、リンネス。
ちゃん……と……、起き……ま……
……。
…………。
……………………。
サタケは重たいまぶたを上げた。
傍らにはピカリュウがすやすやと眠っている。
サタケはニヤリと笑って、背もたれにした祠に軽く裏拳を打った。
「リンネス。いつかゲットしてやるからな」
「……ピカ?」
ピカリュウが気がついて目を覚ます。
長いまつげやさらさらの髪。ピョコピョコ動くかわいい竜っぽい羽。
こんな生物が地球にいたらサタケは死んでなかったかもしれない。
……いや。
「なんでもないよ、ピカリュウ。ちょっぴり変な夢を見ただけさ」
サタケは微笑んで、ピカリュウの頬を優しく撫でた。