第一章08 ぷにもん保護団体? ジョーカー団と幹部のバンカー
翌朝、ミユは山道の先を目指すというので、サタケたちと別れた。
模擬コンクールが行われるのだとか。
一方、サタケとピカリュウはコンペキ山の登山口前に来ていた。
修行に意気込むサタケとは裏腹にピカリュウはのんきそう。
ピカリュウは丸いこんにゃくを串に差したものを食べていた。
ふもとの屋台でピカリュウに買ってあげたものだ。
「ミユさんの言ってた通り、修行するトレーナーでいっぱいだ!」
サタケが驚くのも当然だ。
コンペキ山の登山口はトレーナーとぷにもんが多くいた。
ぷにもんに対して鬼のようにビシバシとムチを打つ者までいる。
「ピ、ピカ……?」
訝しげにサタケを見て、ピカリュウがサタケから距離を取る。
「そんなことしないよ!」
「ピカリュ?」
「うん。しないしない」
「ピカピ」
ピカリュウが戻ってきて、小さな手できゅっとサタケの手を握った。
サタケも握り返す。ピカリュウが嬉しそうに微笑んだ。
こうして見ると仲良しこよしの二人組。ぷにもんとトレーナーには見えない。
二人が登山口のゲートに到着すると同時に、複数の足音が近づいてくる。
サタケが振り向いた先に、プラカードを持った団体がいた。
皆、一様にレインコートを羽織っている。色合いが黒、黄、赤で危険そう。
男女合わせて五人おり、性別でコートの丈の長さに違いがあるようだ。
急に歩くのを止めて、右手で作った鉄砲指を胸の前に掲げ、
「「「「「我々はジョーカー団!」」」」」
一斉にポーズを取った。
鉄砲指がアルファベットの「J」を模っているようにも見える。
「ただちにぷにもんの虐待をやめなさい!」
五人の中で真ん中にいた男がメガホンを片手に声を張り上げる。
後ろにいた男たちはスピーカーを持ち、女たちはプラカードを掲げた。
プラカードには「ぷにもんを傷付けるな!」という意味の言葉が書かれている。
「ピカピィ……」
ピカリュウはサタケの後ろに隠れた。
サタケの腕を強く掴んで離さない。
少し震えているようにも見える。
サタケは腕を掴む彼女の手に手を重ねた。
安心して、というように優しくぽんぽんとする。
それからジョーカー団と名乗った男女の方を睨みつけた。
「急に大声を出すなよ! ピカリュウがびっくりしちゃったじゃないか!」
サタケの怒号を皮切りに修行していたトレーナーたちが集まり始めた。
集団の中から男が一歩前に出た。
道着のような白い服を着ている男だ。
「そうだそうだ! 急に来て、お前らは何なんだ!」
真ん中に立っていた団員がメガホンを男に向ける。
「ジョーカー団はぷにもんの自立支援や保護する団体だ!」
「それが俺らに何の用があるってんだよー!」
男は耳を塞ぎながら大声で聞き返す。
団員が返事をしようとメガホンを口に当てる。
その時、彼の肩に手が乗った。
後ろから青い髪の大男がのっそりを姿を見せる。
「私は幹部、バンカーだ。突然、失礼した」
バンカーと名乗る男の低い声と強烈な圧で場が一瞬で静まり返った。
道着の男は逃げ腰になりかけたが、負けじと言い返す。
「俺らにいちゃもんつけたいようだが、何もしちゃいないぜ?」
「私はぷにもんの自由意志を尊重する。強制するな」
「強制だと? 俺の【ハネウオ】は強くなりたいと思っている! そうだろ!?」
男は疲れた顔つきの少女にきつく尋ねた。
少女は驚いたように身を硬直させ、コクコクと頭を縦に振った。
青と白の混ざった流れる水のような髪が揺れる。
「ハ、ハネ!」
「そうだハネウオ! ほら見ろ、俺はハネウオに強制などしていない!」
「ほう? ならば試してみるか?」
バンカーがディスクをかざす。ぷにもんバトルの合図だ。
道着の男もハネウオを呼び、前に出した。
ハネウオは男の信頼を受けたせいか、堂々と前に出た。
疲れは微塵も感じさせない。
「お前の思う存分やるがよい! ゆけっ、【エンデッド】!」
バンカーが繰り出したのは、禍々しい雰囲気のぷにもんだ。
サタケはハッとして、上着のポケットから図鑑を取り出す。
まずはハネウオのデータを読み取った。
「ハネウオ。トビウオぷにもん。水タイプ。夏になると水かきが生え変わる……」
今度はエンデッドと呼ばれたぷにもんへ図鑑を傾ける。
エンデッドは黒いもこもこ長髪に白いカチューシャをしている。
14歳程度の少女なのだが、肌が病的に白い。
ぷにもんじゃなかったら、引きこもりのご令嬢という感じ。
「へぇ悪タイプ! 標識ぷにもん。変な標識があったらエンデッドかもしれない」
サタケは初めて見るタイプのぷにもんに興奮を隠しきれない。
エンデッドは「エンデェェェ」と不健康そうな外見に似合う掠れた声を出す。
この咆哮に場にいた全員が背筋をゾクゾクと震わせた。
「な、なんだろう、今の……」
バンカーが相手の男に向かって表情一つ変えずに告げる。
「お前はもう逃げられない。エンデッドの特性、通行止めだ」
「逃げるかよ! ハネウオ、【いしきり】!」
ハネウオは助走をつけて、エンデッドに向かって跳び上がる。
体の周りに水しぶきが生まれ、滑るように突き進んでいく。
バンカーは眉一つ動かさず、指示を出す。
「エンデッド、【たちいりきんし】」
指示を受けたエンデッドはバンカーと違って、恍惚の顔をしている。
どこからともなく白いパイプを取り出し、ぐるぐると振り回す。
ハネウオがエンデッドにぶつかる!
勢い良く水しぶきを飛ばし、2匹の姿が見えなくなる。
飛沫が落ち着いて現れたのは、地面に突き刺さった赤と白の標識だ。
そして、地面に尻を付けたハネウオと嗤うエンデッド。
ハネウオもそのトレーナーも驚いた顔をしている。
「なぜっ! 俺らが修行して手に入れた最強の技が!」
「たちいりきんしは相手の物理技を無効化する技。続けろ、エンデッド」
「エデッ、エデッ」
惚けた表情でエンデッドが口角を上げている。
「エンデッド、笑っている場合ではない。【かげぎり】でトドメをさせ」
エンデッドのアレは笑っていたのか。
……悪魔にでも乗っ取られたかのように見えた。
エンデッドは地面に刺さっていた標識を引っこ抜く。
自分の身体の倍はあるようなそれを大きく振りかぶった。
棒の先には薄い鉄製の板が付いている。縁は刃のように鋭利だ。
あんなのを突きつけられたら、最悪ぱっくりと真っ二つにされるかもしれない。
地面に腰を下ろしたままのハネウオが恐怖でブルブルと震え出す。
エンデッドが口角をニィィと上げる。
ヒュン、と甲高い風切り音を出しながら標識が振り下ろされた。
震えるハネウオはとっさに手で頭を覆った。
ピカリュウが思わずまぶたを閉じる。
しかし、ハネウオの悲鳴も切り刻む音もしなかった。
閉じたまぶたを上げて、ピカリュウは首を傾げる。
振り下ろされた標識はハネウオの横の地面に突き刺さっていたのだ。
ハネウオがおそるおそる頭を上げる。
なんともない身体を見て、キョトンとした様子だ。
呆気にとられていた道着姿の男がハネウオに指示を出す。
「一旦退け、ハネウオ! 体勢を立て直すぞ!」
「ハネ! ネ……」
ハネウオが立ち上がった時、布の裂ける音がした。
音がしたのは彼女の胸元だ。
アメジスト色の切れ目が入っている。
ハネウオの目に光が失われ、がくりとその場に伏した。
「ハネウオ!」
男がハネウオに駆け寄り、優しく身体を抱えた。
ハネウオは自分のトレーナーを見て安心したのか少し微笑む。
微笑みには力はなく、かなりのダメージを負っているようだった。
傍らではエンデッドが不気味な笑い声を上げている。
バンカーがディスクを投げ、笑ったままエンデッドはディスクに戻る。
「【かげぎり】は影で斬る技。影とは光。光速の斬撃で苦しむ暇も与えない」
バンカーの言葉にハネウオのトレーナーは短く呻いた。
一部始終を見ていた観衆も言葉にできない不快感を覚えている。
例えるなら、努力をすべて無かったことにされたようなやるせなさ。
バンカーは息を呑む観衆を品定めをするようにじゅんぐり眺める。
そうしてサタケに白羽の矢が立った。
「さあどうした。お前は強くなりたいのだろう? かかってくるが良い」
サタケは痛みに顔を歪めた。
腕にしがみついたピカリュウの爪が食い込んでいたからだ。
怯えきった彼女は少しも戦える状態ではない。
「弱き者よ。立ち去れ」
圧倒的な力の差を見せつけられた。
バンカーには勝てないと思ったのか、観衆の誰もが山を降りていく。
残ったのはサタケだけになっていた。
サタケは笠をかぶってうつむいたまま、どんな顔をしているのかよく見えない。
「どうした少年。やるというのか?」
「……違う。俺は弱い。だから、……お前には勝てない」
「怖くて動けないか。ならば」
「違う! 俺は弱い。だから、強くなりにきた……!」
サタケの大声にピカリュウがハッと顔を上げる。
「強制するな。ぷにもんを強くしようなんて考えるな」
バンカーの鈍い色をした瞳に、サタケの勇ましい顔つきが映る。
「俺はピカリュウと一緒に強くなる!」
「ピカ!」
ピカリュウはサタケから離れ、でも袖を掴んだまま返事した。
サタケはバンカーに背を向けてコンペキ山の登山口のゲートをくぐる。
登山口の前に残されたバンカーは坂を登るサタケの背中をずっと見つめていた。