イタ海域
勇者一行は全滅した。
大海原を漂いながら彼は回収が大変だと思った。
船で移動するのは構わないが、せめてレベルを70まで上げてからにして欲しかったと、彼は立ち泳ぎをしながらそう思った。
勇者一行は平均60レベル。大海原に打って出るにはまだ低い。
どぱあと大津津波が彼を襲う。
かれは両手を握りしめると海面に叩き付けた。
海が割け、裂け目を作った衝撃波が大王烏賊に直撃した。
大王烏賊は足を一本犠牲にしてその衝撃派を受け止めた。
千切れ飛んだ足が大王烏賊の遥か後方の水面へと落下する。
遠くで上がる水柱を両者は見ようともしない。
予想もしていなかった反撃に身を固める大王烏賊を余所目に、彼は漂っていた僧侶を拾った。
ひょっとして生きてはいないかと確認するも、僧侶は死んでいた。
彼は浅く溜息を吐いた。
やはり仕事の時間だったと。
辺りを見回すと魔法使いも浮かんでいたので拾う。
勇者と戦士は身に着けていた鎧が重かったので沈んでしまったのだろう。
面倒だと思いながら、彼は折角拾い上げた魔法使いを放り投げた。
彼は片手で大王烏賊の足を掴んでいた。
もう片方の手に掴まれていた僧侶も放り投げられた。
先にこの烏賊をどうにかしようと、彼は背負子から小さくて黒い長方形の板を引っ張り出した。
その板は掌にすっぽりと収まる程度の大きさだったので大王烏賊からは見えていなかった。
板の片端には小さな突起が二カ所付いていて、彼はそれを大王烏賊の身体に押し当てると、側面のスィッチを押し込んだ。
それの性能を知る物が見たら止めただろう。
止めなければ普通は死ぬのだ。使用した者も。
高圧電流が板から放出された。
大王烏賊も、海水に濡れた彼も、漂う僧侶も、実はまだ生きていた魔法使いも、等しく巻き込まれた。
無数の海洋生物と大王烏賊の死骸が海面に浮かぶ中、彼だけは生きていた。
大王烏賊をも瞬殺する電撃をその身に浴びた彼だが、ただ単に気合で生きていた。
彼は板を背負子に仕舞うと、どぼんと海の底へと潜り始めた。
勇者と戦士を回収する為である。
彼は器具の補助が無くとも深海で丸二日活動し続ける事が可能なのである。
僧侶と魔法使いとの死骸が、様々な死骸に混ざって浪間を漂っていた。
「おお ゆうしゃよ しんでしまうとは なさけない」
●大王烏賊
イタ海域に出現する巨大な烏賊型モンスター。その見た目は普通の烏賊をひたすら巨大にしたものである。
海棲モンスター全般が陸生モンスターより凶暴で強力な傾向があるが、その中でも突出しているのが大王烏賊である。
単体の大王烏賊討伐では過去にレベル75の勇者による討伐が一例あるのみで、基本的には軍隊によって対処すべきモンスターである。
過去に大王烏賊の大群が発生した際には、当時最強の海軍を持っていたサン帝国が討伐に乗り出し、成功こそしたもののサン帝国海軍はその七割の戦力を喪失した。
主な攻撃は七本の脚による叩き付けと急浮上による突撃、そしてそれらの余波である大津波である。