港町ジタ
こんなのは己の仕事ではないと彼はドラゴンを見据えた。
一方のドラゴンは大いに困惑していた。
勇者一行が滞在する港町ジダの上空一万キロメートル。そこでドラゴンと彼は向かい合っていた。
両者を高みの見物を決め込んだ二つの満月が照らしていた。
ドラゴンが港町ジタを襲ったのはただの気紛れだった。
上空から矮小な者共へブレスを吐いてみるのも一興と、ただその程度の理由である。
実際数十年に一度そんな理由でどこかの町が地図から消え去っている。
彼にとっては運が悪かったのは、その町に勇者一行が滞在していたと言う事。
平均50レベルの勇者一行ではドラゴンのブレスに晒されれば塵一つ残らないであろう。
そうなれば蘇生は不可能であり、勇者の蘇生が不可能と言う事は回収技師の名折れである。
一方のドラゴンもまた運が悪かったのだ。
勇者一行が滞在している街にブレスを吐かなければ彼が出て来る事は無かったのだから。
軽く吐いた程度とは言え、ドラゴンのブレスを真正面から迎撃した彼をドラゴンは最大限に警戒していた。
ドラゴンは彼の事をまじまじと観察する。
防具はフルプレートアーマーだがその素材はドラゴンにもまるで見当がつかない。
ミスリルともオリハルコンとも違う。
金属で無い様にも思えた。
世界樹から切り出した材木かとも思ったが、そのフルプレートアーマーからは魔力は感じられない。
そもそもその中身からも魔力は感じられないのだ。
それなのに、彼は浮いていた。
背負子の底面から透明な炎が噴き出していた。
推進力は背負子であった。
そして彼は杖を装備していた。
先端に人間の髑髏を埋め込んだ禍々しい杖である。
ドラゴンのブレスを正面から受け止めて相殺したその杖は、所有自体が許されない生贄の杖と呼ばれる禁呪魔法具である。
通常は手にした者に絶え間ない苦痛を与えるのだが、彼はそれを気にもしない。
苦痛等気合でなんとでもなる。彼は常日頃からそう思っていた。
ドラゴンと彼は上空で暫く睨み合っていた。
互いに動かない。
互いに想像の中で相手と何度も殺し合う。
静謐で高度な仮想戦闘が静寂漂う高高度で幾度も繰り広げられ、やがて雲が二つの月を纏めて覆ったその一瞬。
両者はそこから消え去った。
争って益無し。
両者の結論は全く同じでありそれは当然の帰結であった。
結局最後まで両者の間で殺気は交わされなかった。
二つの月が誰も居ない夜空を照らしていた。
彼とドラゴンの邂逅とは全然関係の無い話だが、その晩勇者はうつらうつらとしながら食べていたピーナッツを喉に詰まらせて死んでいた。
翌朝になってその事に気付いた僧侶が勇者を蘇生させようとしたが、未熟な僧侶が蘇生させるには時間が経ち過ぎていた。
彼が隣の部屋で浅い溜息を吐いたのは言うまでもない。
「おお ゆうしゃよ しんでしまうとは なさけない」
●ドラゴン
詳細不明。生態不明。討伐された記録無し。山程の大きさと言われる。街を一撃で破壊するブレスを吐く。古い記録では魔王軍と勇者軍を纏めて消し飛ばしたとも記録されているが、その真偽は不明である。