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それはきっと、君だけが気づかない魔法

作者: 七尾里緒

 彼女の家と僕の家の間には幼児が遊びまわるのにうってつけの公園があった。滑り台、ブランコ、アスレチック、鉄棒、馬跳び…もちろん、この周辺の子供たちはここで育つも同然だ。周囲は住宅街だが、道は狭いため車の通りは少ない。そしてぐるりと家が見下ろすように真ん中に公園が位置しているため、図らずも誰かの視界には常に入っている、そんな子供にも親にも都合のいい公園だ。自然と人は集まる、懐かしの場所。中でも彼女と僕のお気に入りは公園の隅の方にそっと備え付けられている砂場だった。

「今日はどんなお城を作りましょう?」

 幼稚園で丁寧語というものを習って以来、二つ年上の僕に丁寧な話し方をする少女は、5歳という年齢にそぐわない。しかし小首をかしげてシャベルとバケツを握る彼女はやはり5歳児で、結局のところ僕は小学校の友達のサッカーの誘いを断って少女の手を取っていた。

「今日のお城は、たくさん屋根があるやつにしよう。お姫様は一番高いお部屋から白の周りを見ているんだ」

 小学校1年生と幼稚園児が二人して砂場で遊ぶのは大変ほほえましかったのだろう。誰にも咎められず、たくさんの大人たちに話しかけられながら、僕らは黙々と作業した。

 毎日お城が完成するのは門限の5時ぎりぎりだ。つやつやの壁面に、鋭い塔の群れ。一番上に差す旗は僕お手製のものだ。

「今日はこれで終わりだ」

「今日もいっぱい頑張りましたねっ」

 まんまるほっぺに砂をつけて彼女が満面の笑みを浮かべる。そんな彼女の頭をなでたくてしかないのに、自分の手も砂塗れだから比較的綺麗な裾でごしごしと頬の砂を落とす。そして備え付けの手洗い場で用具と手を洗って二人で家路につく。大体帰る時間はわかっているからか、それとも頃合いを家から覗いているのか、ちょうどの時間に彼女のお母さんが迎えに来る。「なおくん、いつもありがとう」「また明日です」そう声を残して親子は連れ立て帰っていく。夕暮れに伸びる3つの影を見守りながら、腹ペコのお腹を抱えて僕は家に帰る。それは幼い僕の当たり前の毎日だった。



 後悔ならいくらでもしている。

 成績表を机の上に投げっぱなしにしていたことで母さんに思い切り叱られたことも、楽しみに置いておいたケーキを弟に食べられたことも悔やまれる事態だ。しかしそれよりも僕の頭を一番に悩ます種が今、一人で歩いていた。

「…なんでかな」

 なんで目を離していたんだ、僕は。

 そういう僕の視線は、窓の外のとある女子。その場所は中庭で、高3の教室からはよくその場所を確認できた。長い黒髪で表情は見えないが、対面する男に臆する様子はない。男の方はいたって冷静を欠いていて、見苦しいにもほどがある。あまり遭遇したくはないが、どんな場面かは想像がつく。しかも相手はよりにもよって彼女…僕は一息ついて渋々彼女の下へ向かった。もう一度窓の外を見下ろすと、少しだけ天を仰いだ彼女と目が合った気がした。


「何してるの」

 二人の視線が一気に僕に集まる。男はぽかんとくちをひらいたまま、少女は無表情を少し崩して僕の下へ駆け寄った。

「なおくん」

「…お前は何だ」

 男が低くうなるようにこちらを睨む。毎度毎度なんでこんなめんどくさそうな男を彼女は捕まえるのだろう。お蔭でこっちはこんなことまで手慣れてしまった。溜息を大きく吐いて、彼女の細い手首をつかむ。そしてこちらへ引き寄せて、少しよろめいたところを両腕で抱え込んで完成だ。そのままの姿勢で男に微笑んだ。

「こういうことだけど?」

「そういうことなので、貴方はお断りです。すいません」

 フルボッコで泣く泣く男は踵を返す。ごめん、超ごめん。こんなめんどくさい奴を伸ばしにしてた僕が悪かった。内心でそう謝り倒して彼女をこちらへ向き直す。

「そろそろお前、懲りろ」

「なんでですか?」

 黒い瞳をまっすぐにこちらに向ける彼女に、邪気は全くないのだろう。だからよりたちが悪い。そして懇切丁寧に僕が説明しても理解できないのだから、余計にだ。なるべく距離を置いて関わらないようにしようとしているのに彼女は目を離すとすぐに危うい目にあいそうになっていて、結局僕が出てしまう。寧ろ僕が出るまで彼女は何も対処をしようとしないのかもしれない。

「これは思ったより重大だな」

 そう僕は後悔している。愛らしさを追求した結果、彼女をこんな過保護に育ててしまったことを。このままでは彼女が僕と別の道を歩んだとき、どうなるか想像もつかない。気づいた時にはもう手遅れで、周囲にめでられまくる彼女のお守は必ず僕なのだ。

「どうしましたか?」

「……なんでもないよ」

 今日何度目の溜息だろう。それを横目に彼女があ、と声を挙げた。

「なおくん、今日の放課後、お時間ありますか?」

「…一応僕、受験生なんだけど。高1のお前とは違って時間があれば勉強したいんだけど」

 そうですか、と無表情で答える彼女は心なしか寂しそうだ。ええい、ままよ。

「少しだけ、アイス食べるぐらいなら付き合ってやる」

「本当ですか!」

 きっと彼女の育て方を間違えたのは僕だ。そして彼女は僕以外を視界にいれようとしないというトンでもな弊害を抱えている。それでもいいのだろうか。僕と彼女は幼馴染の、兄妹のような関係で、彼女は勘違いしているのに。けれどもこの僕らの関係はぬるま湯のように居心地が良い。

「少しだけだよ、だからあの公園で少しだけだ」

 少しだけ、を強調して彼女を引きはがす作戦だ。けれども彼女は全く別のところを拾ってしまった。

「あの公園に行くなら、お城は作りますか?」

 小首をかしげる仕草はおそらくは癖なのだろう。僕はきっと彼女のこの様に弱い。だって今回もこんな風に苦笑して許してしまうのだから。

「お城はまた今度な」

 そして幼いときからの癖で、そっとその頬を突いて、頭を2度撫でる。そうすれば彼女がほら、変わらない笑みを僕だけに向けてくれるのだ。




それはきっと、君だけが気づかない魔法

(気づいてなんて言わないけれども)

(あなたは私だけの王子さま)


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