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戀ひし戀ひしと鳴く雲雀

作者: 栩堂光



空高く鳴く雲雀は、何も春を告げるためだけに鳴くことを許されたわけじゃない。


それはヒトが勝手に測ったことだ。






バイトが終わって日付越え。

すっかり暗くなった夜道を歩きながらケータイを取り出せば、メールが受信されてることを示すランプが明滅を繰り返していた。



『バイト、お疲れさまです。

夕方に電話するって言ってたけど

やっぱり無理でした。ごめん。

埋め合わせは再来週の日曜日にす

るので、何か考えておいてくださ

い。会えなかった分、甘やかさせ

てくれると嬉しいです。

それでは。 由隆(よしたか)



メールになると敬語口調になるクセも随分と見慣れた。遠距離になる前はメールよりも電話の方が多かったから、わりと最初の頃は新鮮だったものだ。


…謝るくらいなら掛けてこいアホ。


むすっとしながら電話のブラウザを開いて連絡先をタップした。この時間ならどうせもう帰りの電車から降りた頃だろう。そう思っていれば案の定三コールで繋がった。



『もしもし?』

「、もしもし」

『ああ、(さえ)。バイトお疲れさま。もう家?』

「まだ帰り道。メール見たから電話入れただけ」

『…そうか』



ごめん、と電話口で苦笑する相手にため息をつく。何もわざわざ謝って欲しくて電話したわけじゃないんだ。


深夜の歩道は静かで、時々の車以外には何も往来しない。あたしの声だけがぽっかりと宵闇に浮かんでいた。



「由隆さんも帰りだよね?」

『ご名答。今コンビニ寄って夜食買ったところだ』

「そんなことしてるとまた太るよ」

『お前はまたそう手厳しいことを…仕方ないだろう、今日は忙しくて昼もロクに食えてなかったんだから』

「朝は食べてる?」

『勿論。冴からの言いつけだからな』



あんまりにも彼の私生活がだらしないから、あたしは何度か彼の家にご飯を作りに行ったり掃除しに行ったりしていた。だから彼の引越しの際には、掃除はともかく朝ご飯だけは死んでも食べろと口を酸っぱくして念を押したのだ。

…にしても本当にあれは酷い。

整ったルックスに対してとんでもないギャップなものだから、本人を前に爆笑してしまったことは未だに忘れられない思い出の一つだ。


思い出す度に、声を交わす度に、夜の涼しい空気が少しずつ熱を孕む。それはまぎれもなく内側から沸き起こり、暖炉の前で微睡んでいるかのような温さをしていた。



「それで、ためにため続けたツケの埋め合わせのことなんだけど」

『ああ』

「あたしの部屋に一日中こもるってのは、ナシ?」

『ナシなわけないけど、それでいいのか?』

「うん、それがいい」

『…もっとワガママ言っていいんだぞ?』

「これがワガママだからいいんですー。…分かってないなぁ」



はたりと止めた足。いくら言葉を投げて、受け取っても、あたしの隣は空っぽだ。


恋しいんだよ。指先の動作ひとつだけでカンタンに繋がる世の中だからこそ、あたしはあなたの体温が欲しい。あなたをそばに感じられる時間が欲しいんだ。

一日っていうあなたの長くて短い時間を、あたしが独り占め出来る。こんなにワガママで幸せなことなんか他にないよ。


分かって、ないなぁ。



『冴?』

「んー?」

『いや、なんだか笑っている気がしたから』

「…気のせいだよ」



うそ、大当たり。



『…そろそろ寮に着くから、名残惜しいけど』

「あ、うん」



ちょうどマンションが見えてきた時、彼がそう切り出す。名残惜しいと思ってくれてる分、ちゃんと愛されてるような気がした。



「由隆さん」

『?』

「好きだよ」

『俺もだ』

「うん、知ってる。それじゃあ、おやすみ」

『ああ…おやすみ、冴』



聞こえた自分の名前に目を閉じて、親指で電源ボタンをタップする。断続的な機械音に耳を離してスマホをポケットに突っ込んだ。



手を繋いで。抱き締めて。キスして。


再来週の日曜日には、そんな風に自分から珍しく素直に甘えてみようか。離れた分の愛しさを伝えるなら、少しはらしくない方がちょうどいいかもしれないから。



空気を食むような微笑みが闇に溶けていく。

吸い込んだ涼風は幸せの味がした。






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