出会い-8
その後のことは、凜太郎はあまり覚えていない。
数十球投げて家に帰り、ぼーっとしたまま眠りについた。
『パンダ』の眼が脳裏から離れなかった。
春休みの間に何度か上野バッティングセンターに通ったが、来てないのか避けられているのか、『パンダ』に会うことは無かった。
凜太郎も練習の日々の中、次第に『パンダ』のことを忘れていった。
中学生でもなく、高校生でもない春休み。そんな甘美なモラトリアムはすぐに過ぎ去り、凜太郎は入学式の日を迎えた。
私立静山学院高校。
全校生徒五百人程度。スポーツよりも、英語科の存在が有名な進学校だった。
それがここ数年、急に野球部の活動に熱心になり、なんでも元プロ野球選手が監督に就任したらしい。
とはいえ、まだこれといった実績も無く、部員も少ない。
凜太郎の志望動機はその点だった。
全国連覇を果たした名門久我峰のベンチメンバーという肩書があれば、強豪校に推薦で入れたかもしれない。
しかしそれでは今まで通りの『便利屋』に終わってしまう。
まず登板機会があること、そしてエースが狙えること。
そこで凜太郎は、静山学院を受験した。
その入試会場で偶然にも再会したのが、かつてのリトルのチームメイト後藤理一なのだった。
「ミーーーーキリーーーーン!!」
クラス分けの掲示板前でうろうろしていると、理一が後ろから抱きついてきた。
小柄な凜太郎は危うく吹っ飛ばされそうだった。
「…わっ!?ちょ、やめてください!」
「やー、ごめんつい。それよりクラス分け見たかー?」
「…見ました。3組でした」
「うわー残念、俺2組。あれ?俺の方がミキリンより試験の点数高い?」
「さあ、どうでしょう」
この学校が入試の成績順でクラス分けをするという古典的な方法を取っているかは、凜太郎には分からなかった。
「…いよいよだな」
「…ですね」
桜の雨が二人の新品のブレザーの上に降り注いだ。
「またミキリンと野球できるなんて思わなかったよ」
「僕もです」
「組もうぜ、黄金バッテリー!そして甲子園に行く!…あ、そういやあいつは、エビガクだっけ?」
「確か、そうです。もちろん特待で」
「そっかー…東東京を勝ち上がるのも楽じゃなさそうだ。でも関係ねー!今から練習しまくって、堂々と正面からあいつを倒す!ミキリン、今日も終わったら受けてやるからな!」
「もちろん!」
グータッチを交わす二人。
「頼むぜ、相棒」
そう言うと、理一は足早に式場の講堂に駆けていった。