第肆話 し、死ぬかと思いました…。
前回から何ヶ月も空いてしまい、すみませんでした!
千代たちが家に入ったのと同時刻。とある大きな屋敷に明かりの灯る部屋があった。
そこは外観こそ不気味なものの、綺麗に整頓された洋館の一番奥に位置する部屋だった。
その部屋の窓にあるクリーム色のカーテンに、光により揺れる影が三つ浮かび上がる。
一つは人型の影、もう二つは大きさの違う獣の影だった。
「どうやら…“奴等”は生き延びたようだな?」
人型の影が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
その低く地獄の底から聞こえてきそうな声に、二つの獣の影がビクッと揺れた。
「で、ですが…術は完全に掛かっているようですし、奴等も獣の姿では何も出来ないかと…。」
「ほう?自らも同じ“呪い”に掛かった間抜けが、我に口答えするのか?」
同じ呪いという言葉に、発言をした獣は黙り込むしかなかった。
すると人影は獣に向かい、低い声音でこう言った。
「よいか。奴が獣になろうと、虫になろうともお前達では歯が立たぬまい。
それは何故か。奴の刀…「村正」が側にあるからだ。」
「村正…でございますか?」
もう一つの獣影が、不思議そうに人影を見上げる。
「そうだ。あれは妖刀…使う主を選び、またその主を守ろうと自らの意志で敵は容赦なく切り捨てるという。」
「なんと…そのような恐ろしい刀が?」
驚いたように揺らぐ影。それを制し、人影は口角を上げる。
「だが今、その刀は奴の手元には無い。あれも、刀無しには我に歯向かうことすら出来ぬだろう。
…その刀。お前たちで探し出し、我の前に差し出すのだ。」
獣達は、言葉に中にもう一度チャンスをやろう…という考えが込められていることに気づく。
「「はっ!」」
そして額が床に着くまで頭を垂れると、どこからともなく現れた二・三人の人影と共に姿を消したのだった。
獣達が消えると、人影は椅子の背もたれに寄りかかる。
「我が城とは造りが違うが、中々に良い所ではないか…。『この世界』に逃げ込んだのが間違いだったな…伊達政宗―――我は無敵なり…この世界、手中に収めて魅せようぞ。」
一人呟き、天に手を伸ばし、力強く握り締める。
その手で影が摑んだものは…この世界の命運か、それとも―――――
* * * *
「こ、これは!?」
まだ日も昇らぬ明け方、小十郎の驚愕した声が響いた。
「片倉さん?…えっと、これは…ウインナーですけど。…どうかしたんですか?」
エプロン姿の千代は、包丁片手にすでに何品か朝食を作り終えていた。
年寄りの朝は早い。とはよく言ったものだが、千代は七十を越える茂(祖父)と、不規則な生活の警察官の誠司(父)の三人暮らし。
だからというわけではないが、千代が早起きなのはもう習慣だった。
そして今は、誠司の為にお弁当に詰める具を作っているところなのだが…。
「ほう…“ういんなー”ですか!このような形で、なんと面妖な名前でしょう…。私の知識はまだまだということですか…」
「い、いえ…これは切り込みを入れて焼くと、こういう風にタコみたいな形になるだけで…」
「なんと!これはタコなのですか!?」
「……はあ。」
先程からこんなやり取りが続いているため、お弁当作りはあまり進んでいなかった。
(ただの“タコさんウインナー”なのに…どうしてこんなに興味津々なんだろう?)
小さくため息を吐く千代の横を見れば、未だタコさんウインナーをキラキラとした眼差し見つめる小十郎(見た目はゴールデンレトリバー)がいる。
器用にも椅子の上に後ろ足だけで立ち、前足はシンクに乗せ、鼻はクンクン。
「ですがこれは…タコというよりは肉の匂いがしますが…?」
「あの…食べてみますか?」
ピクッと、耳が動いたと思うと、フサフサの尻尾が大きく左右に揺れ出す。
「そ、そうですね。政宗様に、毒味もなしにこのような面妖なもの食べさせるわけにはいきませんしね!」
(ど、毒味って…)
そう言いつつも照れたように、それでいて嬉しそうに口を開く小十郎に、千代はクスッと笑うとタコさんウインナーを放り込んだ。
すると、小十郎は見る見る顔を綻ばせ、嬉しそうに味を噛み締める。
「美味しいですか?」
「!!…ま、まあまあですかね」
照れ隠しなのか、フイッと顔を背ける小十郎に、実際は人間だという事は分かっていてもやはり見た目は犬。どの仕草も千代には可愛く見えてしまう。
(もう…可愛いっ!)
彼女は堪らず、小十郎の頭を撫でた。
「な、何を…!」
恥ずかしさのあまり千代の手を弾こうとした小十郎は、千代の服の間から覗かせる包帯に気づき、動きを止める。
その場所は、小十郎が初めて千代と会ったときに噛み付いた所だった。
「もう……痛みはないのか?」
「え…?」
突然、敬語ではない話し方になった小十郎に、千代は撫でる手を止める。
そして彼の目線が自分の腕に向けられているのに気づき、包帯を見せた。
「大丈夫ですよ。ほら、血も止まってますし、今日念の為に病院に行ってきますから…。片倉さんは、気にしなくていいんですよ?」
優しく気遣うように微笑む千代に、小十郎は自分がしたことを恥じた。
こんなにも自分たちに優しくしてくれる彼女に、私は何てことしてしまったのだろうか…と。
(もし彼女と出会わなければ…私達は生き延びることは出来なかったのかもしれない。…感謝してもしきれない…)
小十郎は「気が済むまで撫でていい。」と頭を千代の撫でやすいように下げる。
それを見た千代は一瞬驚くも、小十郎の気持ちに甘えることにした。
「やっぱり…片倉さんは可愛いです」
千代の言葉に反論しかけた小十郎だったが、何故かそう言われることに怒りはなかった。
「何だ?…やけに良い雰囲気だな。」
その時、トゲトゲしい声が二人の耳に届く。
瞬間、千代と小十郎の間に素早い影が通り抜け、シンクの上に降り立つ。
「ま、政宗さまっ!?」
それは鋭く睨みつける豆柴…政宗だった。
小十郎は見上げるようにして、政宗と視線を合わせる。
「朝早くから二人…いや、一人と一匹で何をしていたんだ!」
「…何もやましいことではあり…ません。」
ウインナーであーん。のような事をしたと正直に言えるわけがない小十郎。
それに違和感を感じた政宗は詰め寄る。
「本当か?」
「勿論…ですよ」
「だったら、その間はなんだ!その間は!」
「いえ…」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる政宗と、だんだん目を反らしていく小十郎に、千代はクスッと笑みを零す。
(なんか…浮気が妻にバレた夫みたいな展開……昼ドラ?ふふ)
千代がそんな呑気な事を考えていると、政宗の矛先が彼女に向けられる。
「だいたい…千代!」
「え、はいっ!」
「そんな薄着に、布を掛けて料理をするなど…女子として恥じらいはないのか!?
こんな朝早く…犬とはいえ男と一緒になど…」
一方的に言われ、千代はムッとすると言い返す。
「は、恥じらいもなにも…これは制服で、この上にブレザーもちゃんと着ますよ!
それにこれは布じゃなくてエプロンです!
料理するときは大抵の人がしてるでしょ!?
片倉さんだって、自分から何か出来ないかって手伝ってくれたんだよ?!
なのに…そんな言い方っ!」
政宗たちが人間だと知ってからは、その落ち着いた雰囲気から年上ではないかな?と思っていた千代は敬語を使っていた。
けれど、否定されるような言い方をされては、感情的にならざる終えなかった。
「ぶ、ぶれざー…?えぷ…え、エプロン??」
しかし政宗は初めて聞いた時のように、言葉を繰り返し、目を瞬かせる。
(え…うそ、知らないの!?)
政宗の様子に嘘が無いことが解り、今度は千代が目を瞬かせる。
(そういえばさっきも、片倉さんがウインナーではしゃいでたよね?…もしかして)
千代が政宗達に何かを言いかけたとき、政宗達の助け船とばかりに、老人の声が響く。
「千代、朝ご飯は出来たのかい?もうすぐ誠司君がお弁当を取りに帰ってくるぞ?」
「あ、ホントだ…もうこんな時間!」
突然の茂の登場に、ハッと千代が時計を見れば、誠司との約束の時間になっていた。
なんだかんだで具を詰め終わっていた弁当箱を紫陽花の絵柄の布で包むと、千代はエプロンを外し駆け出す。
「外まで持ってくから、その後朝ご飯食べようね!お爺ちゃん、政宗さん、片倉さん!」
タタタ…と台所を急いで出て行く千代を見送ると、政宗と小十郎は知らず知らずに緊張して固まっていた体から力を抜き、息を吐いた。
「はあ…茂殿、助かった。」
「いえいえ。この時代の物の名ですからのう…覚えることはまだまだ沢山あると思いますぞ?
そう度々、儂が助けられるとも限りませんしな」
苦笑いを浮かべた茂の言葉に、政宗は遠くを見つめる。
「そう、だな。時代はこうも変わるのかと、昨晩から思っていた。
今も千代の言葉の中に知らぬ言葉を聞けば、否が応でも取り乱す。」
政宗が下を向けば、茂が口を開く。
「何も隠さなくても、何時かはバレてしまいますぞ?あの子は…優しく、清らかな子で…賢いですから。
それでなくても…あの子ならば、話してくれれば受け入れてくれますぞ?…ほっほっほ」
「それは…。…俺も考えていたさ」
茂の言葉に、政宗は独り言のように呟き、千代の笑顔を思い浮かべる。
また、小十郎もまるで自分のことのように笑う茂に、昨日全く同じように微笑んだ千代を思い出したのか、口を開いた。
「…あなた方は、そっくりですね。…人としての…優しさという温かさを感じます」
それは自然にポロッと口から出た言葉だったのか、小十郎の表情はとても柔らかなものだった。
昨日来てからというもの、ずっと睨みつけるように気を張っていた小十郎だからこそ、その変化に茂は安堵と喜びを感じていた。
「それは…誉め言葉として、受け取っておきますかの」
茂がニカッと笑みを見せれば、小十郎も少し笑みを浮かべた。
その表情を見て政宗も茂と同じように、小十郎もやっと千代達を警戒しなくなったか…と安堵した。
「しかし、千代もまだまだ知識足らずじゃのう…。奥州…今世での東北方面では有名な“伊達政宗殿”を知らぬとは…」
「なんだ?俺はそこまで有名なのか!!」
ピクッと耳を動かし、嬉しそうに瞳を輝かせ、尾をブンブン振る政宗。
けれどその興奮は茂の言葉で、バッサリと切り落とされる。
「いえ、一部の人のみですじゃ。」
その瞬間、シュンと耳を下げ、尻尾も垂れる。
それを愉快そうに見た茂は、背を向けて台所を出て行こうとする。
「なんだ…俺をからかって満足か?」
「何を仰る。ちと部屋に戻るだけですよ。千代が戻ってくる頃にまた顔を出しますて…」
笑い声を上げ、茂は嬉しそうに台所を出て行った。
「あの爺さん…ただ者じゃないな」
「そうですか?…私には“ただ”の孫を溺愛する老人にしかみえません。…この時代では『爺バカ』と言うそうです」
「……お前、今のは洒落か?」
「…………。」
それには答えず、小十郎は椅子を降りると千代の消えた廊下へと歩き出した。
その後を慌てて追いかけてくる政宗に
(先程の…どこが洒落なんだ?)
…と本気で悩む小十郎だった。
───その頃、弁当箱を持ったまま薄着で外へ出た事を、千代は後悔していた。
吹雪が止んだと言っても、まだ日の昇らぬ早朝だ。
昨日降り積もった雪と、凍えるような冬の寒さに、千代は弁当箱を抱えるようにして片手で自分の腕をさする。
「寒っ…。息白い……」
はぁ…と千代の吐いた白い息が、風に流される。
そこへ、一台の黒塗りの車が庭へと入ってくる。
(あ!お父さ……んっ!?)
いつも父が乗っている車だと気づき、近づこうとした千代はピタッと止まる。
何故なら、車は止まる気配無く…千代の方へ真っ直ぐ突っ込んで来ていたのだ。
「うそ…っ!?」
身の危険を感じ動こうとするも、千代は恐怖のあまり動けなかった。
それでも車は一直線に千代へと向かってくる。
(ヤダ…来ないでっ!!)
目の前に車が迫り、千代がもう駄目だとギュッと目を瞑った瞬間。
「千代っ!!!」
大きく名を呼ばれた千代は、体を強く引っ張られ横に転がる。
───キキィィーー!!
そのすぐ後だ。大きなブレーキ音が響き、千代が先程いた所に車が止まる。
(っ…。……あれ?)
その音に、千代はゆっくりと目を開け、強い痛さが無いことに驚く。
「千代!無事か!!?」
そして、必死に呼びかける政宗の声が間近で聞こえ、千代は横に顔を向ける。
「政宗さん…?」
見れば、政宗が自分の服に噛みついていることに気づく。
「間一髪でしたよ…。」
千代が次に反対側に顔を向ければ、其処には大きく安堵の息を吐く小十郎の姿があった。
千代が引かれそうになったのを、服に噛みつき二匹で一斉に横に飛んだのだと、未だ放心状態の千代に政宗が説明する。
「そうだったんだ…」
やっと少し落ち着いてきた千代の返事に、二匹は心から安堵し、服から口を放した。
すると止まった車の扉が勢いよく開き、中から誠司が慌てて飛び出してきた。
誠司は、雪の上に倒れるようにして横たわっている千代に目を止めると青ざめる。
「千代っ!!無事か!?」
誠司の声に起き上がり、体をあちこち触り怪我が無いことを調べる千代に、誠司は膝を着くと力強く抱きしめた。
「よかった…本当に、よかった…っ!」
ぎゅっと強く抱きしめてくるその痛さと温かさに、生きていると実感した千代は、自分の側に静かに座る政宗達を見た。
(…政宗さん、片倉さん…ありがとう)
小さく、二匹にだけ聞こえるように言うと、千代は微笑んだ。
その笑みに、二匹は照れたように頬を染め、尻尾を無意識に振っていた。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
前書きにも書きましたが、改めまして…
空いてしまい、本当にすみませんでした。
次回は、早めに更新出来るよう頑張りますので、読んで頂けたら幸いです…。