第参話 お粥は…黒くありません!
戦国武将…。有名と言っても、どのあたりなんでしょうか…。
私の知っている限りの、有名武将さんは出しますよ…!
が、頑張ります!
笑うのを止めた政宗は、千代がそんな体験をしているとは知らずに彼女を見つめ、再び真剣な表情になり話し出した。
「そうだな。目的はだいたい解ってはいるが…。それは、また後でだな」
「えぇ?」
てっきり教えて貰えるものだと思っていた千代は体制を崩す。
小十郎はというと、政宗の言葉に小さく安堵の息を吐いていた…がそれも束の間。
「まあ、術の目的は言えないが……掛けた相手なら教えてもいいぞ?」
「政宗さまっ!?」
(何を言い出すんだこの人は!?)
慌てる小十郎の声を聞き流し、政宗が千代を真っ直ぐに見つめる。
千代は姿勢を正すと、同じように政宗を見つめ次の言葉を待つ。
「俺達をこんな姿にしたのはな……。」
「したのは……?」
息を呑む千代……が次の瞬間。
────ババンッ!
「千代!!大変じゃー!」
場違いな程大きな声と、襖が開く音が同時に部屋に響き渡る。
真剣な話をしていたからか皆、呆気にとられ呆然と勢いよく入ってきた『茂』を見つめた。
「お、お祖父ちゃん!ビックリしたじゃない!!」
最初に我を取り戻した千代が、立ち上がり茂に詰め寄る。
政宗達も音の正体が茂と分かり、我に返るとホッと息を吐いた。
「そんなことより大変なんじゃ!!」
「どうしたの…?」
だが、茂の尋常じゃない様子に、政宗達も何事だ?…と千代達に近寄った。
茂は、目を大きく(大袈裟に)見開くと…一言。
「鍋じゃ!!」
「へ…??」
────…グツグツという音。そして、焦げ臭い匂いが台所には充満していた。
「もう!火元を離れちゃダメって言ったじゃない!」
慌てて駆け寄り、焜炉の火を止めると、千代は寒さを我慢し窓を開ける。
そこから新鮮な空気が入り、焦げ臭い匂いは徐々に消えていった。
「だってぇ…。じぃちゃん、悪くないもん!」
「……。それ、可愛いくないからお祖父ちゃん。」
だだをこねる子供のような仕草をする祖父に、千代は“お祖父ちゃん”の言葉を強調し、冷めた視線を送った。
「しかし、酷い匂いだったな…」
台所の扉の外からひょっこりと顔を出す政宗と小十郎。
その顔は、顔面蒼白と言っても過言ではないくらい青ざめていた。
(あ、そっか。元々は人間でも、今は犬だから…人より嗅覚が鋭くなってるんだ…。)
一人納得している千代の側の窓から冷たい風が吹きぬける。
焦げ臭い匂いは、既に窓の外に出ていったのだろう。それが分かった政宗達は恐る恐るだが、台所に足を踏み入れた。
「それで、臭いの大素はなんだったんだ?」
ヒョイッと軽々と台所に置かれた椅子に飛び乗り、そこからシンクの上に移った政宗が、千代に問い掛ける。
「えと……なんだろう?」
千代は鍋を覗き込む。
だが中身は焼け焦げ、真っ黒な物体…という事しか分からなかった。
「……粥じゃよ」
「え…?」
千代と政宗が振り返ると、いつの間にか側に移動していた茂が窓を閉めながらそう言った。
「粥…ってお粥?お祖父ちゃんが、作ったの?」
「違うわい。……“誠司君”じゃよ。」
「お父さん…が?」
鍋の中を覗き込み、千代はそれきり黙り込んでしまった。
料理は得意ではない誠司のことを一番分かっている千代は、一生懸命お粥を作っている父の姿が思い浮かんでいた。
それが分かったからだろう、茂は静かに口を開いた。
「自分が無理をさせたから、千代が倒れたんだと…心配しておった。
それで自分で粥を作っていたのじゃがな。いつものことながら、急の連絡が入ってのぉ…。つい先刻出て行ったんじゃが…」
「…!!」
「おい!?千代!?」
茂の話に、千代は政宗の声を背に聞きながら台所を出て行った。
残された政宗は呆然と出口を見つめ、茂はやれやれと肩を竦めていた。
「父親相手に、ずいぶんと必死なんですね」
だが一人、小十郎だけは眉間に皺を寄せ、出口を睨みつけるように見つめていた。
「まあ、あの子は昔からああじゃよ。……誠司君だけが、あの子の支えなんじゃ。」
「…?」
小十郎に近づき、頭を撫でながらそう言った茂の顔は、少し悲しげに曇っていた。
それに気づいた小十郎は、あえて何も言わずにされるがままになっていた。
(何か、事情があるんだな。……どこの家系も)
ストッと床に降り立った政宗は、台所の出口に向かう。
そこでふと気づいたことがあり、政宗は振り返りながら言葉を紡ぐ。
「なあ、茂殿。作っていたのが千代の父だという事は分かったが…その後火を点けなければこんな事にはならなかったんじゃないの…か……」
「よしよしよし!!よーしよしよし!」
「ワフンッ…!」
政宗の目に映ったのは、仰向けに(気持ち良さそうに)寝転ぶ小十郎と、そんな小十郎(くどい様だが見た目はレトリバー)を撫で繰り回し無邪気に微笑む茂だった。
(………。見なかったことにしよう)
政宗は無を貫き通し、台所から抜け出した。
そこで冷たい風が入ってくるのに気づき、政宗はそちらへ歩みを進めた。
――――「お父さん!!」
台所を出た千代は倒れた時と同様に制服のまま、上着も羽織らず玄関の外にいた。
そこには、きちんと整えられたスーツに身を包んだ男性が三人。
その中の一人が千代の声に気づくと、これから羽織ろうとしていたコートを手に、慌てたように千代に駆け寄った。
「千代!!こんな薄着で…風邪を引くだろう!?」
何故寝ていないのか、何故ここにいるのか。
それを咎めるよりも、風邪を引かないだろうかという心配の方が上回った誠司は、コートを千代に掛け、そのまま抱き寄せた。
「お父さん…」
ぎゅっと抱きしめられ、千代は見上げるようにして誠司を見つめた。
「…ごめんなさい」
「……千代?」
揺れる千代の瞳に誠司はそっと手を放し、目線を合わせた。
「千代が謝る事は何もないだろう?……謝るのは俺のほうだ。千代を倒れるまで無理させるなんて」
悲しげに下げられた眉尻に、千代は自分から誠司の手を握った。
「ううん、違うの。私…疲れて倒れたわけじゃないの」
「え…?」
驚く誠司に、政宗達が本当は人間であることを上手く隠しつつ、千代は倒れてしまった理由を「犬が突然飛び起きて、私とぶつかって気絶した」という事にした。
その説明に誠司は訝しむことなく、安堵していた。
(嘘を言うのは、心苦しいけど…。政宗さんたちのことを簡単に人に言ってはいけない気がするの。…ごめんね、お父さん)
罪悪感が無いわけではない千代は、精一杯の笑顔を見せた。
「そうか…。俺は、千代が疲労で倒れたんじゃないかと思っていた…」
「そんなことないよ!…家事だって自分でやるって言ったのは私だし、茂お祖父ちゃんも私に優しくしてくれる。
お父さんも忙しいなかこうやって毎回帰ってきてくれて…それだけで十分だよ。
疲れることなんかないよ…私、幸せだもん」
照れ笑いを浮かべ、千代は誠司に優しく抱きついた。
千代の行動と言葉に、誠司は瞳を潤ませ背中に手を回す。
「ああ…ありがとう、千代。俺も幸せだ」
その時誠司の胸ポケットから携帯電話の着信メロディが流れる。
「月之瀬“警部”!もうそろそろ…」
千代たちの後ろで待機していた一人の男性が、焦ったように声を上げた。
おそらく携帯に入った連絡と同じ内容が、彼にも届いたのだと誠司は確信した。
「すまない、千代…仕事だ。」
「うん、分かってる。…気をつけて、行ってらっしゃい」
名残惜しそうに離れた誠司に、そっと自分の肩にかかるコートを返し、千代は微笑んだ。
「ああ、行ってきます」
そんな千代の笑顔に見送られ、待機していた人と共に誠司は黒塗りの車の後部座席に乗り込んだ。
だが、そこで何かを思い出したように窓が開けられた。
車から離れていた千代もそれに気づき、少し車に近寄る。
「千代!実は…台所に!」
「…お粥でしょ?」
「ああ、もう見たのか?実はなぁ、今回のは自信作なんだ!焦げずに出来たし、味付けも上手くいったんだぞ!だから食べてくれると嬉し――」
「発車します。」
まだ話が続きそうだったのを察知した運転手が車を発車させた。
窓も閉められ、中では誠司が怒ったように騒いでいた。
(……迷惑な父ですが、よろしくお願いします。)
そう心の中で呟き、遠のく車に千代は頭を下げたのだった。
「……良い父だな」
「あ…政宗さん」
千代が家に入ろうと玄関の方を振り返ると、そこには政宗が座っていた。
政宗は先程まで誠司がいた場所を見つめ、どこか遠くに思いを馳せているように、千代には見えた。
「千代を、大切に想っているのが…伝わってきた。」
千代を見上げ、政宗は優しく目を細める。
その眼差しに、千代は政宗と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「お父さんがどう想っているかは、本人に聞かないと本当のことは分からないけれど…私はお父さんのことを大切に想っています。
だから……そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとう、政宗さん」
心から嬉しそうに笑う千代。
その笑顔を見ていると、また温かいものが自分の中に入ってくるのが分かり、政宗は真剣な表情になった。
(彼女ならば、千代ならば…俺達に何かを与えてくれるのではないか…?それに…『あれ』も見つけなければ。…やはりここは!)
「千代…願いがある」
「お願い…ですか?」
「ああ…」
そこで一回言葉を切ると、政宗はこう言った。
「俺達が…元に戻るための方法を一緒に探してほしい」
「はい、いいですよ」
あっさり、きっぱりと言い切った千代。
一人と一匹の間に沈黙が落ちる。
「え……良いのか!?」
「はい。」
コクンと頷く千代。
自分で聞いておいてなんだが、犬が人の言葉を話し、挙句元の姿に戻る手伝いをしてくれなどと言って迷わず答える人間がいるだろうか?…と政宗は顔にだして驚きを伝えた。
そんな政宗の心境を読み取り、千代は話し出した。
「えっと、実は話を聞いてからずっと考えていたんです。
犬にする方法があるなら、元に戻る方法もあるんじゃないかなって。それを手伝うことは出来ないかなって…。それにその姿じゃ家に帰れないですよね?だから……元に戻るまでの間は、此処にいていいですよ」
「………。」
裏も無く、本心から此処に居ていいと言っていることが伝わり、政宗は俯いた。
(こんな…純粋な人間が居るのか?……いや、一人目の前に居るが。)
「政宗さん?」
俯いた政宗に千代は心配そうに手を伸ばした。
そしてそのまま、政宗の頭を優しく撫でた。
「!!?」
「きゃっ!」
政宗は素早く飛びのくと同時に千代を蹴り飛ばしてしまった。
その反動で雪の上に座り込んだ千代に、政宗はハッとなると急いで駆け寄る。
「す、すまん!」
「い、いえ…私こそいきなり頭を撫でたりしてごめんなさい。あまりにもその…フワフワで、つい手が伸びたというか…」
「いや、俺が悪いんだ。怪我はないか?」
「はい…大丈夫です。」
本気で心配する政宗を、千代は不思議そうに見つめた。その時───
「あっ!」
グゥ…という音が千代のお腹から聞こえてきた。
見る見る顔を赤くしていく千代に、政宗は笑い声を上げた。
「ははは!…そういえば、俺も腹が減ったな!千代、家に入るぞ」
「あ、政宗さん!……笑わないで下さいよ!!」
先に家に入った政宗を追いかけるように、千代は慌てて立ち上がると家の中に入った。
いつの間にか激しく降る雪は止み、夜空には瞬く星々と、三日月が闇夜を照らしていたのだった。───
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!!
前回クリスマスとか言っておいて、まだイブでした…すみません!!
次こそは、クリスマス…のはずです!
次回も読んで頂けたら嬉しいです…。