第玖話 幼馴染みは大切にしましょう!
「何とかなりましたね…」
家康たちが去ったあと、しばらく沈黙が続いたが、それを最初に破ったのは千代だった。
その声にハッと我に返った政宗は、見上げるように千代に近寄った。
「千代、千志郎たちはいったい…」
「千代ちゃん!」
「わっ!」
政宗の問いに答える間も無く、千代は駆け寄ってきた千志郎に力強く肩を掴まれる。
「怪我はないですか!?どこも痛くないですか?怖くなかった…?」
「うん。…私は大丈夫だよ、千ちゃん」
彼の必死さに大袈裟だと思いつつも、昔の出来事を知る彼がまるで自分のことのように心配してくれていることに、千代はこそばゆい気持ちになった。
そんな千志郎の肩を軽く叩き、今度は誠志郎が千代を心配そうに見つめた。
「お前が無事で何よりだ」
「うん。シロくんも助けてくれてありがとう」
はにかんだ笑みを浮かべた千代に、雪崎兄弟は本当の意味で安堵の息を吐いたのだった。
「いや、すまないが…説明してもらえないだろうか?」
三人の様子に痺れを切らした政宗が困惑気味に声をかければ、誠志郎が政宗と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「それはこっちの台詞だ。…と言いたい所だが、そっちも気になることはあるだろうから…ひとまず中に戻ろう」
誠志郎の言葉に誰も異論はなく、千代達は職員室へと戻る為、屋上を後にしたのだった。
* * * *
「政宗め…。あの様な武士を味方につけていようとは…」
学校から程近い電柱の上。狸と猿が屋上から校舎の中へ入っていく政宗達を見つめていた。
忌々しげに扇子を腹に叩く家康に、秀吉はしなやかにフサフサの尾をくねらせるとニヤリと笑う。
「けれど彼らはまだ“アレ”も刀も手に入れていない様子。…我らが先に見つけ、殿に献上してしまえば…我らの勝利。くくっ」
「刀探しの際、偶然に見かけた奴らに接触したのは、間違いではなかったのう」
秀吉の笑みに釣られ、不適な笑みを浮かべた家康は扇子を側に控えていた忍に向け、立ち上がる。
「探すは“妖刀・村正”!草の根かき分けてでも探し出すのじゃ!」
「「御意」」
数人の忍が音もなく姿を消す。その後に続くがごとく、家康と秀吉も姿を消したのだった。
───「へぇ~…徳川の旦那も豊臣の旦那も目当ては伊達の若頭の刀、ね。これは良いこと聞いたかな♪」
電柱の下。隠れるようにして家康たちの話を聞いていた影は、口元に笑みを浮かべると颯爽と塀の間の闇に消えていった。
* * * *
「まあ、早い話が俺達高校まで道場に通ってたんだよ」
職員室に戻るなり、千代が人数分淹れ直した珈琲を飲みながら誠志郎が言う。
「僕は柔道と剣道が得意で、誠志郎は空手と剣道が得意でした。」
「二人とも初めは私の父に憧れて始めたんですよ?
でも父に武道を教えた師匠の強さを見た瞬間、弟子入りしたい!ってうちに住み込みまでして…ふふっ」
昔を懐かしむように千代が笑えば、誠志郎と千志郎は恥ずかしげに頬を掻いた。
「なるほど…それであの強さか。…ん?まて、ということは…千代の家は道場だったのか!?」
「あ、はい。…お爺ちゃんは何も言ってませんでしたか?」
苦笑を浮かべる千代に、政宗は驚きを隠すことなく顔に出す。
一晩だけと言えど、一日泊まった家がまさか武に関係している家だとは気付きもしなかった。そのことが余計に政宗を驚愕の表情へと変えさせた。
(あのジジィ…いや、茂殿はわざと何も言わなかったな…)
月之瀬家でゆったりとお茶でも飲んでいそうな茂を思い浮かべ、政宗は悔しそうに唇を噛んだ。
しかしあることに気付く。
(まて…千代の父に初めは敬意寄せていたが、後にその父の師に弟子入りしたということは…)
「もしや、貴様らの師は…茂殿なのか?」
「はい」「ああ」とそれぞれ頷く雪崎兄弟に、政宗は雷が落ちたかの如く二度目の衝撃を受けた。
政宗の考えで『武は親やその師から受け継ぐもの』として心に、その身に刻まれているため、千代の家庭からして誠司の父である茂が思い浮かんでいた。
(しかし本当に茂殿だったとは…)
見るからに温和そうであったあの老人が、まさか武を極めし者だったとは。…と、政宗の目がどんどん開かれていく。
やがて丸く開かれていた瞳は輝きを宿すと、弧を描くように細める。
「それは…元の姿に戻りし時、是非手合せ願いたいものだな」
千志郎たちを見つめ不敵な笑みを浮かべる政宗はまさに武人。
その視線の先に茂の姿も見つめる政宗に、このままでは話が脱線してしまうと思った千代は、慌てて小十郎に話を振る。
「それにしてもあの狸さんと猿さんは…やっぱり?」
「はい。千代殿たちにまで知られている名前だとは驚きましたが、同時に納得いたしました。あの方達は徳川と豊臣の者。それも後に天下を取ってもおかしくはないと云われた武人たちです」
(あの動物たちが、教科書で何度も見た歴史上の人物…)
未だ半信半疑の千代。しかし動物の姿とはいえど、この目で見た以上覆せない事実であることは重々承知していた。―――だからこそ聞かずにはいられない疑問が生まれる。
「じゃあ、あの人たちが政宗さんを犬の姿にした人たちなんですね?」
「ああ…。正確には彼らが仕えている主の家系…――――織田家だ」
「「!!」」
一度は聞いたことのある名前に、千代と千志郎は息を呑む。
けれど誠志郎だけはその答えを予想していたのか、驚きはせず、ただ面倒なことになったなと頭を掻いていた。
「やっぱ、その名は出てくるわけか…」
「あまり驚かないのですね」
深くため息を吐く誠志郎に小十郎が尋ねれば、千代たちも誠志郎に視線を移す。
「徳川と豊臣の名がでてきた時点で覚悟はしてたからな…。けどホントに名が出るまでは確信を持てなかった。いや…持ちたくなかったの間違いか」
「そこまで有名なのだな…。
そう、だな…ここまで巻き込んでしまった以上、黙っていることは良しとは言えぬ。奴らは確実に千代やお前達をも襲うだろうからな」
誠志郎の曇り顔に政宗は千代の用意したホットミルクの入ったマグカップに口をつけると、そう言った。
その言葉に誠志郎は乱暴に立ち上がると、声を荒げる。
「襲われるの前提なのかよ!冗談じゃない…俺らはともかく千代をそんな危険なことに巻き込めない。悪いが俺はアンタ等を手伝えない」
「シロくん!?」
誠志郎の言葉に千代が立ち上がろうとすると、隣の椅子から先に千志郎が立ち上がった。
「僕も同意見です。誠志郎と意見が被るなんて虫唾が走りますが、千代ちゃんを先刻のような危ないことに関わらせるのでしたら…すみませんが、元の姿に戻る方法探しはお断りいたします」
「千ちゃん…」
雪崎兄弟の真剣さに、千代は悲しげに目を伏せた。
何故なら二人とも千代を想って言ったから。『あの事件』以来、家族よりも過保護になった幼馴染を知る千代は、自身の「政宗を助けたい」という気持ちを押し殺すしかなかった。
「お前たちの気持ちは分かった。しかしアチラに顔を覚えられ、事情を把握している者たちだということはもう知られただろう。今から俺たちと関係が無かったというものにした所でアチラは納得せず、容赦なく襲ってくる。
……巻き込んでしまったこと、本当にすまないと思っている。自分の未熟さもまた、反省している。
けれど他に頼る者もいない。こんなことは俺の我が儘だということは承知している。
だが――――」
政宗は誠志郎から始まり、次いで千志郎、千代と視線を向けた後、深く頭を下げた。
「政宗様っ!?」
「おい…!?」
小十郎と誠志郎が驚きの声を上げる。
無理もない、本来ならばこのように誰かに頭を下げることなど、政宗の領主としてのプライドが許さず、しないだろう。しかし先程の戦いで誠志郎と千志郎がいなければどうなっていたか…わからない政宗ではない。
(犬という獣になり、瀕死の重体であった自分を助けてくれた恩人に、自分は今恩を仇で返すようなことを言おうとしている。それでも俺は言う…)
「頼む、力を貸してほしい。俺を助けてくれた千代ならば助けてくれるのではないか、と思っていた甘い自分を恥じる。
先程言った通り、これは俺の我が儘だ。
家臣の為だと言い訳していた我が意思を捨て、俺は其方らに願う。俺に力を貸してほしい。元の姿に戻るため、織田と…“織田信長”と対峙するために!」
顔を上げた政宗の瞳には、力強い光が宿っていた。
それは確かに領主として、一人の武人としての『強さ』が宿っていた。
誰もがその瞳から目が離せずにいると、その強さに後押しされた千代が立ち上がる。
「千ちゃん、シロくん。私は政宗さんを手伝いたい…!」
「千代ちゃん…」
「二人の気持ちはちゃんと解っているし、とても嬉しい。だけど、一度手伝うって約束したのに破るようなことはしたくない。
それにね、今の政宗さんたちは犬の姿でとても辛いと思うの。だから、お願い…千ちゃん!シロくん!」
「頼む。」
「私からもお願いいたします」
深く頭を下げた千代に続き、政宗はもう一度頭を下げた。
すると小十郎までもが千志郎と誠志郎に頭を下げ、彼らは戸惑い気味に顔を見合わせると諦めたように深く息を吐いた。
「…僕たちは“お願い”に弱いな」
「仕方がないだろ、幼馴染なんてそんなもんだ」
「千ちゃん?シロくん?」
二人に手を取られ顔を上げた千代は、彼らの顔に浮かぶ笑みに目を丸くする。
「千代ちゃんに頼られるのは、いつでも嬉しいんだ」
「甘いかもしんないけど、俺らはホントにそう思ってる。だから―――」
「「力を貸すよ」」
二人の言葉に千代は目を輝かせると繋がれた手を握り微笑んだ。
「ありがとう!」
その笑みに幾度となく敗北してきた兄弟は、改めて彼女を、心を、全力で守ろうと誓ったのだった。
「俺からも改めて礼を言う。ありがとう千志郎、誠志郎」
「ま、まあ…ちぃーが危なくない程度に協力してやるよ」
政宗に再度頭を下げられ、照れたように頬を少し赤らめた誠志郎に小十郎が蹴りを入れる。
「無礼だぞ、誠志郎」
「痛っ!?何すん…って、え?今…名前、呼んだか?」
ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向いた小十郎の尾が少し左右に揺れているのを見つけ、誠志郎が目を丸くしていれば、千代が嬉しそうに笑みを浮かべ誠志郎に声をかける。
「良かったね、シロくん」
「はは……喜んでいいのか?」
ニコニコと笑みを絶やすことなく浮かべる千代に、誠志郎がまばたきを繰り返していると話に一区切りついただろうと政宗が口を開いた。
「まず始めに、俺達がこの町に初めて着いた場所へ行こう」
「場所は分かるんですか?」
「いや、分からん。」
ズコッと千代と雪崎兄弟が転けそうになると、政宗同様この町に着いた小十郎が場所について思い出そうと首を捻る。
「確か森…木が沢山あり、辺り一面に雪が降り積もっていました。それと近くに社のようなものがあった気がしますね」
「それだけだと探すのは難しそうですね…」
千志郎の言葉に誰もが口を閉ざし、考え込む。その時、学校のチャイムがお昼の時刻を知らせた。
「いけない!お昼にお父さんがお弁当を取りに来るんでした!」
思い出すように言った千代に、千志郎も焦りの表情を浮かべる。
「僕も配達の途中だった…」
どんどん暗くなる二人の表情に、誠志郎が一つ手を打ち鳴らす。
「よし!俺はこの後、理科の加藤先生と交代で午後は空いてる。千代も誠司さんに弁当渡したら暇だろ?」
「う、うん」
「だったらとりあえずこの近くの森で今日は手掛かりを探そう。
千志郎は配達が終わりしだい合流な…OK?」
「分かった」
やはり兄気質なのか、誠志郎の的確な指示に千志郎と千代は頷いた。
次いで誠志郎は政宗達を見た。
「政宗…さん達は少しでも、元に戻る方法や場所について思い出せるもんは思い出しといて下さい」
「心得た」
政宗がそう言うと、小十郎は横で静かに頷いた。
「千代ちゃんと政宗さんたちは僕が家まで送るね」
「うん、ありがとう!」
「よしっ、一時解散!」
誠志郎の声に千代達は、それぞれ慌ただしくも行動を開始したのだった。
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