(5) ~ レッツゴウ風車町シスタ
とりあえず、今のこの状況を整理してみようか……。というのは、マコトの心の中の声。
「なんでなんでなんでぇええー!!」
賢者から付与された俊足やら怪力やらをフル活用して、マコトはミコトを背負い、首から鞄を提げた状態で裏路地を全力疾走していた。そんな彼女たちの後ろからは、がしゃがしゃ!と今までの二人にとってまったく縁の無かった、異質な金属音。
「おい、声があっちから!」
「眼鏡のガキの足狙えッ! とにかく女子どもだろうが容赦してたまっかぁ!」
次いで聞こえてくる、男達の怒声。ミコトは小さく悲鳴を上げて、マコトの背にしがみついた。
背中で震えているミコトを撫でてやることも出来ずに、マコトはだんだんと荒くなってきた自身の呼吸に、これ以上は逃げられないと判断する。
「さて……どっかからご都合主義的展開が訪れてはくれんかね」
ぼそりとつぶやかれたその言葉に、答えるものは、まだ、無く。
※ ※ ※
結局、トリルの力を借りずに鞄の中の荷物にあった地図とコンパスを使って、マコトたちは森の外へ出た。木の葉に遮られず、さんさんと身体を照らし出す太陽の光が心地よい。
「っんー! 出れたー!」
「はいはい、出れたなー。あーあっつ」
「これで暑いの!?」
『マコトはほんに我が儘な体質じゃのう』
ばさばさとマントについていたフードを目深に被ってしまったマコトに、ミコトは呆れかえって肩をすくめる。と、何かを思いついたかのように視線を中へ巡らせ、抱えていたトリルと自身の右肩あたりにのせた。
『? なにをするんじゃ、ミコト』
「えっとね」
言いながら、ミコトはゆっくりと、フードを背中側から引っ張り出す。自身の頭より三周りほど大きいそれは、ミコトの頭と一緒にトリルのことも包み込んだ。
「トリルはちょっと落ち着かないかもしれないけど、こっちの方が私の両手もあくし」
『なるほどのう。いや、それほど不快ではないぞ。妙案じゃて』
「……お前、猫っ毛平気だもんな」
撫でるくらいなら大丈夫だが、顔に近づけさせられないマコトは、若干羨ましそうにミコトとトリルを眺めていた。
「んで、次は町だよな。えーっと、『風車町:シスタ』……と」
「あ、これじゃない?」
マコトがアルスティン国領部分の地図を開き、目で追っていると、隣からミコトが素早く指さしてきた。確かに、その先にはっきりと書かれているのは『風車町:シスタ』の文字。
「お前、間違い探しとかカルタとかも早かったもんな」
「うん、地図なら任せてよ」
自慢げに胸を張る妹の姿に、マコトは思わず嫌みのない純粋な笑みをこぼす。わしわしとフードの上から頭を撫でて、方位を確認する。
「うん、しばらくそこの道なりに行こう。んで、途中から右手に曲がって進路変更。今日中にはつける……といいんだがな」
「私はいっつも学校まで歩いてたし、お姉ちゃんも身体の能力が上がってるんでしょ。大丈夫だよ」
そう言って、二人は近くにあった半ば雑草で埋もれかけていた道を、やや早足で歩き始めた。
道は一時間ほど歩くと、マコトが言っていたシスタ方面とその逆へと伸びる街道に繋がった。どうやら交易路のようでもあり、数分も歩かないうちに、この世界に来て初めて人間らしい人間(賢者は自分で人間ではないとカミングアウトしていたので除外)に遭遇した。
街道の三分の一ほどの幅をしている幌馬車の御者台に、商人らしい髭の男と、その男によく似た少年が座り、馬車の周囲を鎧や胸当て、剣、弓などで武装した大人達が固めている。
「ねえねえお姉ちゃん」
「ん?」
「あれって、やっぱりファンタジーで王道な馬車の護衛依頼ってやつだよね」
「だろうな、ていうかそれ以外無いよな。うーん、冒険者グループ……パーティっていって通じるかな。ギルドとかもあったりして。うっわぁ超ファンタジー」
商人一行の邪魔にならないよう、道の端へと移動する二人。すれ違いざま、小ぶりな弓の弦を弾いてぼんやりしていた戦士が、ふとマコトの方を向いた。
「……へ?」
戦士は思わず振り返る。が、目深に被っていたフードのせいで、すれ違った二人組の顔はすでに見えない。立ち止まって声をかけようとしたところ、戦士は仲間の剣士にどやされた。
「リジー! ぼさっとしてんな。とっとと歩けっつーの」
「すいません、クラングルさん」
リジーは、きっと見間違いだろうと思おうとして、自身の動体視力を否定しかけて首を横に振った。やはり、見間違いなんて俺にあるわけ無い。
クラングルに気付かれないよう、そうっとまた背後を伺えば、一瞬顔を見かけた旅人はすでに小指ほどの大きさになってしまっていた。
※ ※ ※
街道に出て三時間、最初に目撃した商人一行以外にも、路上に絨毯を敷いて露店を開いているものや、立ち止まって情報交換にいそしんでいる冒険者などを見かけて、ああやっぱりここは異世界なんだな、と改めて実感した二人は、なんとかシスタの町にたどり着いた。
シスタの町は、町を守る城壁に、一定の間隔で風車が組み込まれていることから『風車町』という二つ名を受けているのだという。城門で入場許可をもらおうと、番兵に声をかけたところ、そんなことを教えてもらえた。
「にしても、二人ともまだまだ子どもだよなぁ。しかも女の子なんだろ? なんでまた旅なんぞ」
「不可抗力」
「え、えっと、いろいろ事情があったんです……」
かりかりと何やら紙に書き付けている番兵に、同情を交え好奇心からそう尋ねられた二人は、それぞれ対照的な様子で受け答えをした。マコトが簡潔にぶっきらぼうに、それをミコトが穏やかに訳す、といった形である。
「まあ、しばらくはゆっくりしていきな。入場を許可する。……と、あとはこれ」
形式ばかりの口上をさらっと流して、気のよさそうな番兵は小さなメモをミコトに手渡した。
「ここな、レストランも兼ねてるんだけど、あんまり金取らないし、サービスもいい宿なんだ。むろんメシもな。自分たちでいいところ探せなかったら、ここに行くといい」
「あ、ありがとうございます」
メモを受け取って頭を下げるミコトに、番兵はもう一つ、忠告をする。
「あと、いいか? 聞いてるかもしらんが、最近人さらいが多い。平和の象徴って言われてるこのシスタの町だって、被害にあった家族がいくつもあるんだ。日が暮れたら、なるべく外には出るなよ」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
「そっちの眼鏡の姉ちゃんもなー。見たところ駆け出し戦士って感じだけど」
「いや、あんまり戦ったこと無いし。知識しか、ねぇ」
しかも異世界といったものに対する中途半端で空想八割方な、とはさすがに言わず、マコトはカクンと首をひねり、番兵に一礼した。
「じゃ、行くぞーミコト」
「あ、うん!」
「にぃ」
「……ん?」
町の中へと歩いていった二人の少女を見送って、番兵はちょっと首を捻った。
「猫の声、したか?」
次の話と、次の次の話と繋がります。ていうか(5)~(7)は無理矢理分割した感じですね! この話は最初の時系列が結構あとにくるのですが、ちゃんと合流しますので。
ありがちな展開で。