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現代っ子パーティ・クエスト  作者: 空色レンズ
第一部:異世界召喚
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(2) ~ ファーストステージ・森の中

ぺちぺちと軽く頬を叩かれて、美琴はうっすらと目を開けた。目の前には、厳しい表情を浮かべた真琴の顔。


「あ、お姉ちゃん」

「美琴、意識ははっきりしてるな? あたしがはっきりしてんだから」

「ん、うん? そうだね……ってさぶ!?」


 思わず震えて、美琴は周囲を見回す。そして絶句した。

 とりあえず、至る所緑、緑、たまに茶色で緑。とにかく緑な森の中。森林と言うより密林。なのにめちゃくちゃ寒い。それもそのはず、空を見上げれば星がきらめく漆黒の……。


「ここ、どこ? しかも私たち朝ごはん食べるつもりだったよね? なんで夜なの? そんなに寝ちゃってたの? ねぇお姉ちゃん」

「落ち着けー。とりあえず落ち着けー美琴。疑問系で泣きそうな顔キープしたまま姉の首を絞めるな」


 首を絞められているわりにのんびりと返答する真琴のカーディガンの中から、「にぃー」と小さく鳴いて、トリルも顔を出してきた。


「あ、と、トリルもいるの!?」

「おー、なんか近くでぐったりしてたから拾ってきた。いやぁ危ない危ない。あのまま見つけられなかったら凍死してたな」

「……お姉ちゃん、私も寒い。カーディガンに入れて」

「はっはっは、寒いのはお互い様。ちなみにこのカーデの下、あたしゃタンクトップ一枚だぜ?」


 しばし沈黙。七分袖のワイシャツをしっかりと着込んでいた美琴は、呆れた表情で真琴の両腕をさすり始めた。「くすぐってー」と言いつつ抵抗しない真琴に抱えられ、トリルも眠たげに鳴く。


「……どうしよっか」

「さあなぁ」

『あー、やっぱり困ってるねぇ。そりゃそうか』


 特に答えを求めていない美琴の問いかけに、やはり答えを持ち合わせていない真琴が返し、聞き慣れない人物の声が楽しげに響いた。


「「?」」


 疑問に思って、声がしたと思しき方を見てみると、そこには一人の少年が立っていた。年の頃は十二歳ほど、薄い金色の髪が鎖骨辺りまで伸ばされている。彼は、だぶだぶのローブを引きずって、近くの木の根っこに腰掛けた。


『いや、悪い。そっちのぴしっとしたかっこうしてる嬢ちゃんの困り具合があんまり予想通りで』

「いよっし、これが王道で横道な異世界トリップファンタジーと仮定するならば、あんたがその元凶だな。てや」

『って、ちょ、いきなり石投げつけるか!?』


 真琴が軽く投擲した石を、手で受け止めるわけでもなく、比喩でなく『姿を消して』かわしたその少年は、再度ローブの裾をはためかせながら登場、深いため息をついた。


『はぁー、これまた難儀な人まで呼んじゃったな、オイ』

「自業自得だろう」

『はいはい、ちなみに王道と横道って、読み方一緒だけど意味真逆だよ?』

「王道的展開の中というものは、今の私たちにとっては横道でしかないということだ。いや、ちょっと違うな……都合が悪い、面倒くさい。ふむ、タイムリーな単語が出てこないな」

「おっお姉ちゃん!? なんでそんなに落ち着いてられるの!? 今の子一瞬、き、きえ、消え」

「ああ、そういえば消えたな」


 呂律の回らなくなった美琴の言葉を、真琴があっさりと引き継ぐ。もう何も言えなくなった美琴は口をパクパクと開閉させながら、姉を見上げ、少年を見つめ、とにかくせわしなく視線を動かし続けていた。


『あー、姉だけでも冷静ならいいか』

「いや、表面上ポーカーフェイス気取ってるだけで、内心カナリきょどってるぞ?」

『……いいから、とりあえず聞いておいて。まずはきちんと謝る。すまない、急にこんな所へ引きずり込んで』


 突然の少年の謝罪。これには真琴は目を細め、美琴はぴくりと肩を震わせた。


『本当はこちらの世界のこととか、君たちの世界との違いとかについて直接話したかったけれど、今はもう時間がない……』


 少年はそこまで言うと、手の平を下に向けるようにして両手を重ね、ゆっくりと目を閉じた。ぼんやりと、彼の足下が円形に光り出す。と、それに連動するように、真琴、美琴のそれぞれの足下も光り始めた。


「え、え!?」

「……」


 最後はあまりのまぶしさに目をつむってしまう。と、美琴は急に髪の毛を束ねられるような、窮屈なものを感じた。目を閉じたまま手を挙げると、自分の長髪が普段学校に行くときのようにポニーテールにまとめられていた。次に、ワイシャツやジーンズの感覚が消え、やや重量感のある布地が全身を覆う。


「な、なに……」


 光がおさまって、美琴が目を開けると、正面には感心したような表情の少年が何度も頷いていた。


『ああ、なかなか似合ってるじゃないか』

「え?」


 言われて自分の格好を見下ろす。手には白い薄手の手袋がはめてあり、ファンタジーでよく見る焦げ茶色のフード付きのマントを羽織っている。下の服は足首辺りまでの長さの長袖ローブに、これまたそのローブ並みに長いベストのようなもの。それらを一緒くたに、一本のベルトがウェストの位置で留めている。

 まるでお伽話の魔法使いみたい、と心の中でつぶやいて、美琴は真琴の方を振り返った。そして、噴いた。


「……ん、動きやすい、かな」


 真琴の服装は、マントこそ美琴と同じだが、中の服はずいぶん活動的だった。肘までの長さのシャツに、ポケットのたくさんついた深緑色のベスト。ぴたっとしたズボンは複数のベルトで留められていて、そのうちの一本にはなぜかホルスターのようなものがついていた。足下は、美琴が柔らかそうな革の靴なのに比べて、膝まで覆うウェスタンブーツ。


『それぞれの特性に合わせた格好にしてみた。ちなみに、そっちの猫もちょいといじらせてもらったよ……ていうか、それ相当な爺さんだよね』

「あー、もう十八年生きてるっていうしなぁ……」

『う、うぅ……首が重いわい』


 いつの間にか真琴の手元からいなくなっていたトリルは、彼女の足下でだらんと地面に横たわっていた。その首には、少し凝った装飾の細い首輪がはめられている。


『え、重さは全然無いはずだけど』

『阿呆、首に何かがくっついとるという状況が嫌なんじゃ。首輪なんぞ、わしゃこの人生一度もされたことないしの』

「……って、トリルがしゃべってるぅううううっっ!!?」


 今さらながら、美琴が叫んだ。あわあわとさらに奇っ怪な動きを繰り返す美琴に、さすがの真琴も呆れの視線を送る。


「さっきからしゃべってっけど?」

「え、なんで、どうして!」

「そこの子ども……ていうか、あたしたちのこと『嬢ちゃん』って言ってたから年齢自体は年上と推定して、なんかいろいろ知ってるっぽいから、うん、仮名『賢者』、賢者の魔法だろ」

「お姉ちゃんなんかあっさりとこの場の状況に順応しすぎじゃない!?」

「当たり前だ、ぶっちゃけ今のこの状況、あたしが書いてきた、もしくは書こうとしてきた小説の中にごまんとあるテンプレパターンだ」

『……ふぅん、賢者、ね』


 いつの間にか妙な口論を繰り広げている姉妹を眺めて、少年は右手をそっと顎の下へ添えた。ただ、その一動作だけでも、彼を子どもとは呼ばせない、どこか老成した雰囲気をまとっていた。


『のう、賢者よ』

『ん? 賢者っていうの固定されたわけ』

『わしの飼い主がそう決めたのなら、わしはそれに従うからの。この場合、儂の方が精神的にも実際の年数的にも上じゃが』

『うん、じゃあいいや。僕のこと賢者って呼んでくれれば……』


 少年……もとい賢者は、今だ口論を続けている二人に向けて、パンパンと大きく手を叩いた。


『はい、そこの二人、一旦口閉じて。簡単に自己紹介とかイロイロ済ませるから』

「ん、ふひぇっ!?」

「む」


 途端、二人は何もしゃべらなくなり、何かに操られるようにして賢者の方に顔を向けた。


『よろしい。ではまず、僕のことはそっちの姉の言葉を借りて賢者と名乗っておくことにする。まず、僕はこの世界において人間じゃなく、さらに普通の人間にとって不可視の存在でもある。おーけー?』


 こくこくと頷く二人。


『それじゃ、今度はちょっと二人と一匹について聞いてみるかな……姉の方、簡単に教えて。フルネームと年齢と特技』


 そう言って賢者が指を鳴らすと、眉根を寄せて喉をさすっていた真琴は、目をぱちくりさせて口を開いた。


「あ、あー……声出た。ええと、日比谷真琴。十六歳。特技は立ったまま寝れること。速読。空想」

『うん、じゃあ次妹』


 もう一度、賢者が指を鳴らす。今度は美琴の言葉が解放された。


「ぷはっ!? え、あ、日比谷美琴。十四歳。特技、特技はー家事全般!」

『最後、猫』

『トリルじゃー、一応、生きてる年数は十八歳になるの。特技は日比谷の家のものの言うことが分かることじゃ』

『うん、でも今ならどんな人間の言葉も分かるけどね』


 一通りの情報を集めて、賢者はしばし黙考する。閉じられていた瞳が開かれたとき、真琴と美琴は、彼の真剣で、真摯な眼差しに言葉を失った。


『僕は、とある事情から君たちをこの世界へ召喚した。君たちがいつ元の世界へ帰れるかは僕にも分からない。ただ、きっと帰ることができたら、ここで起こったことはすべて「なかったこと」になるだろう。君たちには、突然だが、この異世界で生き延びて欲しい。そのための力は今授けた。今は未だ使いこなせないかもしれないけれど、力は君たちとともに成長するはず。今は時間がないから、詳しいことはこっちの荷物の中にあるものを調べてくれ』


 そこまで言って、賢者はどこからともなく取り出した革の肩掛け鞄を、真琴の方へ差し出した。それを受け取り、真琴は賢者の次の言葉を促す。


『……ここは、きっと君たちにとって危険な世界となるだろう。でも、君たちの助けとなる人だって現れる。どうか生きて、出来うる限り、僕も君たちの手助けをしよう』

「……なんで、なんで私たちなの? なんでこんな、変な風になっちゃってるのさぁ!」


 賢者の雰囲気に飲まれた美琴は、とうとう堪えきれず、えぐ、と嗚咽を上げた。ぼろぼろと涙がこぼれ落ち、賢者の表情が歪む。と、突然側頭部を押さえ込まれ、何かに強く押し当てられた。きょとんとして見上げてみれば、すぐ近くにある姉の仏頂面。


「賢者、さ。その言い分だと、時間はかかるかもしれないけど、あたしたちが死なない限りは元の場所へ戻れる可能性もあるってことだな?」

『ああ、その通り』

「……いいさ。異世界召喚サバイバル、やってやろうじゃん」

「お、お姉ちゃん?」


 普段より一層低い声でつぶやいた姉を、美琴は怯えた目で見つめる。そんな美琴に、真琴はにやりと笑って応えた。


「美琴、こうなりゃヤケだ。現実主義なんて知ったことか。現に今、目の前にはトンデモ設定がごろごろしてる。あたしもいるし、なんか地味に一番魔法効果受けて会話できるようになったトリルだっている。ここは一つ、腹をくくって元の世界に戻る方法探そう。な?」

「う、うう……うん」

『というか、儂らをここに呼んだのがお前さんだとするなら、お前さんなら元の世界に戻せるんじゃないのかねぇ?』


 美琴が真琴の言葉に頷いたのと、トリルが猫のわりに鋭い指摘を賢者に向けたのはほぼ同時だった。勢いよく睨みつける美琴に、苦笑を向けながら、賢者は答える。


『僕の力は一回こっきり。君たちを呼び出した時点で、僕に異世界を繋ぐ力はもう残されてはいないよ』


 そして、ふわりと賢者の身体が浮かび上がる。ローブの中心から、ぼんやりと淡い光が現れた。


『マコト、ミコト、トリル。とにかく、明日にはこの森を出て。鞄の道具を使えば何とかなるはずだ。そして、ここから一番近い町……「風車町:シスタ」へ』


 光が現れた場所から、徐々に賢者の姿が薄れていく。待って、と手を伸ばしかけた美琴を、真琴の手が押さえ込んだ。


『巻き込んでしまってすまない。生きて、生きて……どうか、元の世界へ』


 そこで、賢者の姿は完全に消えてしまった。


「……お、姉ちゃん」

「んー?」

「これ、夢じゃない?」

「夢じゃないな。感触あるし、匂い分かるし、腹減ったし」


 ありがちな現実逃避の言葉に、真琴は苦笑を浮かべた。ぽんぽんと、朝食を食べ損ねた自身の腹を叩き、賢者から受け取った鞄を見下ろす。結構な重量があり、おそらく中には数日分の食料が入っているのだろうな、と予想できた。


(毛布、って入ってないのか)


 片腕に美琴をしがみつかせたまま、ごそごそと鞄の中を探る。すると、手の平サイズの長方形でカーペットのような指触りのものが二枚出てきた。厚さは一センチ程度で、しばらくいじくっていると端からふわふわとほぐれてきた。


「お、これ寝具か? すげぇ、一発で当てた……ん、こっちのは、本? ナイフが数本に、瓶詰め。この袋は水かな」

「お姉ちゃん、すごいね」

「いーや、むしろお前が近くでテンパってくれてたから、「あ、こりゃ冷静なふりせな」って思って」

『わしも、いろいろテンパっとるんじゃが……』

「あー、うん。トリル爺もおいで」


 二人と一匹は近くの木の根っこに背を預け、トリルは真琴の腹の上に、美琴は真琴と寄り添い合う形で、広げられた毛布を被った。薄いわりに、なかなか保温性に長けている。


「……あったか」

「だな。一旦ここは眠っちまって、明日、朝になってからいろいろ考えよう。あの賢者が言ってたとおりに」


 ぐ、と真琴の毛布を握る手に力がこもる。


「……異世界トリップ、生体験できるたぁね。まったく」


 理由も、何もない。本当に突然巻き込まれてしまった現象。


「これからは、トリップもの書くのやめっかな?」


 と言いつつ、むしろ空想加速しそうだな、と苦笑し、真琴は誰よりも早くに寝息を立て始めた。


これは二人そろって召喚されていますが、よくある『片方が初っぱなから優秀で、もう片方が裏方でチートになる』という展開ではありません。二人ともほどよくチートになりながら頑張っていきます。

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