(19) ~ ファーストクエスト・いざ森へ!
ここから(22)まで話は続きます。
そしてこの辺りから段々サブタイを考えるのが面倒くさくなってきた……。
ざくざくと、草木を切り倒す音が響く。それに次いで、複数人の足音。
背には二分割された棍、右手に短剣、左手に小さな円形の盾を装備したマコトは、自身の身長以上もある草が覆い茂っている森の中を歩いていた。彼女が短剣と盾で大ざっぱに道を切り開いていく後ろを、両手にナイフを持ったイーエンが整える。そのさらに後ろには、肩にトリルを乗せたミコトがついてきていた。かちゃかちゃとベルトからホルダーで下げられた水晶の本が揺れている。
ざくざく、ばさばさ。師匠やその他のギルド員から、特に危険もない場所だからと言われていたため、気配や歩く音などにもあまり気を遣わずに、彼らは森の中を突き進んでいく。
さて、一体なぜ、この面々で『フィンコードの森』を探索することになったのかというと……。
※ ※ ※
単独か、最近修行頻度が緩くなってきたミコトと下っ端ギルド員の依頼をこなすことへ、ティアゴの鍛練やマリルーの語学講座が加わったことにも慣れてきたマコトは、いつも通りミコトに乱暴に揺さぶられて起きるという朝を迎えた。
「もー、お姉ちゃんたまには自分でしっかり起きてよぉ!」
「ミコトがいるから、自力で起きる気になれない……なんだかんだ言って、しっかり起こしてくれるし」
「私のせい!?」
『こういうときはマコトの方が妹みたいじゃのう~』
そんな会話をして、昨日のうちに用意していた水瓶や水差しを使って濡らしたタオルで顔を拭き、髪や服装、それぞれの装備を調えて部屋を出る。最近のトリルの所定位置は、もっぱらミコトの肩の上である。
と、部屋を出てすぐに、二人と一匹は片手を上げて近づいてくる人影に気付いた。
「ティアゴ、こんな朝早くから珍しい……」
いつも持ち歩いている黒塗りの棍を背中に斜め背負いしているティアゴは、ばりばりと後頭部をかきながら大あくびをした。
「俺だって眠い。今日は午後の鍛練まで暇な予定だったんだがなぁ」
「で、なんでわざわざこんなギルド寮に来てんだ?」
「あー、まあそりゃ、お前らに用があるからなんだが……」
そこで一旦言葉を切って、ティアゴはまじまじとマコトの隣に立つ、黒目黒髪の少女に目をやった。姉妹と言うことだから、マコトのようなちょっとぶっきらぼうタイプなのかと思いきや。
「……あんたの考えてることが手に取るように分かるぞ。今、あたしとミコトを比べたろ」
「あ、悪い、嫌だったかやっぱ?」
「……別にいい。慣れてる」
無表情から、明らかに不機嫌といえる空気を発し始めたマコトに、ミコトは「お姉ちゃん!」と呼びかけながら左腕に抱きついた。これもまたマコトの地雷か、ともう一つ、意外と多いらしい少女のコンプレックスを知ったティアゴは、苦笑を浮かべて言う。
「確かに、比べちゃいないと断言はできんがな。俺ァ別にどっちが優れてそうだとか考えてたわけじゃあねぇぞ。一応これでもお前らの先輩だしな。血縁だからってなんでも優劣つけるもんじゃないだろ」
「……ふーん」
若干空気の軟化したマコトを見て、ミコトもティアゴもホッと胸をなで下ろす。そして、ティアゴはさらに軽く咳払いをして、こう続けた。
「で、だ。俺はお前らへの使いっ走りみたいなもんでよ。さっき知ったんだが、ミコトの方はビエナート師長に弟子認定されてるって」
「あ、はい。一応外の人には言わないって方向で……グスタフさん、基本的に弟子は取らないで自分の研究に没頭するタイプだっておっしゃっていましたから」
すらすらと答えるミコトに、ティアゴも小さく頷く。
「ま、ここ十年まともに魔法使い育てようなんて言ったことねぇ御仁だしな。と、それはいいとして、とにかくそこら辺のお偉方から、なんでもテストがてらお前らに野外依頼をこなしてきて欲しいそうだ。これには俺も同感でな、そろそろマコトも訓練から実地に向かわせようかと思ってたところだ」
「野外……町の外に出るのか」
これにはさすがのマコトも驚いたようで、少し目を見開いてティアゴを見返す。
「まあ、念には念をってことで、一応俺の方からイーエンのヤツも連れて行かせてほしいって言っておいたがな。魔法使いに長物使い、で近距離遠距離どっちも可能なナイフ使いってな」
「まるでマジなRPGだな……」
「ん、なんだそら?」
「いやこっちの話」
ぱたぱたと手を振るマコトに、少しだけ首をかしげつつ、ティアゴはついてこいと二人に言った。
寮を抜け、食堂に立ち寄り三人で朝食をとり(この時、この光景を見た他のギルド員が、ティアゴが二人の父親なのかと勘違いし、後日噂が流されたのは余談)、他の面々が待っているという支部長室へ向かった。
「俺だって、支部長室なんて一度も入ったことないぜ……。大体のギルド員が呼び出されるときは、あんま表沙汰にしたくないようなことが絡んでる場合がほとんどだしな」
なぜかびくびくした態度でノックをし、ノブに手をかけるティアゴがおかしくて、彼の後ろでマコトとミコトは思わず笑い合ってしまった。そんな彼女たちにも気付かずに、ティアゴは支部長室へと入っていく。慌てて、二人も後を追った。
支部長室には以前と同じようなメンバーがそろっていた。支部長のゴーディスやタリハラ、グスタフ、それに加えランギス、カミンと、カミンに首根っこを捕まえられて視線を彷徨わせているイーエン。
「……イーエン、お前どうした」
思わず、部屋に入って真っ先にマコトは突っ込んだ。視界にマコトを捉えたイーエンは、虚ろな笑いを浮かべる。
「へ、へへ……俺、なんで呼び出しなんて……お天道様に顔向けできないようなことはしてませんしそんなことする肝っ玉もありませんぜフフフ……」
「な? 大体ここに来る奴らって、ああいう不安しか無いわけだ……お前ら、なんでそんな慣れてんの」
イーエンを指さしたティアゴは、盛大なため息をつきつつ肩を落として姉妹を見た。マコトは何でもないように、さらりと答える。
「一度来ているし、あたしらは直接ここの人達に助けられたからな。そうびくびくするもんでもないし。ということで、挨拶が遅れたな……おはようございます」
「あ、お、おはようございます、皆さん!」
淡々とあいさつをするマコトの隣で、ミコトが小動物のようにぴょこりと頭を下げる。いつも通りの姉妹の様子に、支部長室にいた面々はそろって朗らかな表情を浮かべた。
「さて、本当なら私の所に来るまでもないことなのだがね。ミコトの方はグスタフ殿が目をかけた弟子でもあるし、……まあ、私情がないこともないのだが。ゴホン」
ゴーディスは咳払いをして、ちらりと傍らに立つグスタフへ視線を向けた。強い苦笑を浮かべたグスタフは、ミコトの今までの鍛練の成果を端的に話す。
「ミコトはどうも、魔術師としてより精霊術士としての才があるようだ。その上で、カミン=クロートが指導したという魔力変換も行なうことができている。まさに『魔法使い』としての天性の才。で、だ。今までの鍛練は、彼女の精神力の底上げがメインだったのだが、それもだいぶ安定感が見えてきた。そこで、この野外依頼を仕組ませてもらったのだよ」
「聞けば、マコトの方もそこのティアゴに棍を習っているそうで。友人もできたみたいだし、こういった依頼は人数が多ければ楽になるから」
グスタフのさらに横で、笑みを浮かべているタリハラが続ける。
「そういうことで、マコト、ミコト、イーエンの三人には、フィンコードの森へ行ってもらうわ。これは別に私たちが用意したわけじゃなく、きちんとした依頼の一つなんだからね?」
「あ、俺、その依頼多分知ってます……泉のことでしょう」
「あら、知ってたの?」
ちょっと驚いたように目を大きくさせて、カミンはイーエンを見下ろした。ふてくされた様子のイーエンは、ぼそぼそと覚えている限りの、フィンコードの森に関する内容を口にする。
「えっと、そこそこに広い森で、このシスタから南西にある。んで、その奥じゃー結構いい湧き水が採れるっていうんで、その湧き水自体やそれを使った食べ物なんかを売ってるグループもいるぐらい……なんだけど、最近になって湧き水の源泉が妙に怪しい状態になってるから、とりあえずそれを調べて、汚染されてるようだったら浄化剤を投入してきて欲しいとか……そんなだった気がする」
「その通り。それと全く同じ依頼がまた来たのよ」
「うえ、同じ事またやるのかよ!?」
「イーエン、敬語敬語」
「うおっち!!」
慌てて自分の口を塞ぐイーエンを尻目に、マコトはゴーディスたちに向き直る。
「……で、今のイーエンの言葉でちょっと思ったんだが」
「なんだね?」
しれっとした態度で見返してくるグスタフに、特に表情を変えないまま、マコトは続ける。
「イーエン、お前、その依頼一人でやったのか?」
「え、そうだけど。だってお使い程度だぜ」
「いや、そのお使い程度の依頼と、全く内容が同じ依頼で、どうして前衛後衛と揃えた万全の状態を調えさせたんだろうなーと思ってな」
じーっと、マコトの胡散臭そうな視線がゴーディス、グスタフ、タリハラへ向けられた。男性二名は咳払い、女性一名はさらに笑みを深くすることでそれに答えた。
「……ま、いいや。とりあえず、その森に行って、源泉とやらの確認をしてくればいいわけだな」
「いや、どうも汚染が進んでいるようだから、源泉についたら必ず浄化剤を使ってほしいそうだ。一人一つずつでも持っておくといい」
そう言って、グスタフは支部長机に並んでいた、液体の入った手の平サイズの瓶を持ってきた。カミンに引きずられるようにしてマコト達の隣に並べられたイーエンが、一旦それをまとめて預かる。
「野生の動物でも、何でも、対処を誤れば危険だからな。詳しい準備のほうはランギスやカミン、ティアゴに聞きなさい。それでは健闘を祈っている」
最後、心からの笑みを浮かべたグスタフは、そう締めくくって自分とタリハラ以外の面々を支部長室から退出させた。最後に出ていこうとしたランギスが、一瞬振り返り、グスタフのことを咎めるような目で見る。
「……なにかね?」
「いえ、失礼しました」
ただ、それを口にすることもなく、ランギスは無表情で部屋を出、扉を閉める。
その後、バタバタと慌ただしくフィンコードの森へ向かう準備がなされ、その最中、マコトとミコトは野外行動の基本をティアゴやランギスに叩き込まれた。
昼過ぎ、シスタの町を出るのはようやっと二度目という新米二人と、若干頼りない先輩ギルド員の三名が、森へ向けて出発し、今に至る。