(18) ~ バトルコーチ?見参、マコトの師事先
地味に(17)とは、タイトルについてる『?』の位置が違います。
狙ってます。むしろ狙ってます。
「さて、説明するっつってもなぁ……」
ギルド員の交流のための部屋である談話室。そこの一つのテーブルを囲んだマコト達だったが、ぼーっとしたままこちらを見つめてくるマコト(と、なんだかその肩に乗っている猫も?)に対し、ティアゴは深いため息をついた。マコトとしては、ミコトが最近吸収している魔法に関する知識以外にも、この世界で生き残るための戦士の知識が手に入るかも知れないと内心ワクワクなのだが。
「まず、精神力っていうのが、人間がもともと生み出せる力だっつーのは、さすがに分かるよな?」
「ちょ、おっさんそれはさすがにバカにしすぎ―――」
「とりあえず」
マコトの返答で、テーブル内の空気が凍った。
「あと、精神力は魔力や霊力に変換することで、魔法が使えるってことくらいか。魔法に関する知識は、今妹の方が仕入れてるからだいぶ分かるんだが……精神力をそのまま使うっていうのは、ぶっちゃけ初耳だ」
「だああああああっ重傷! それすごく重傷! むしろそれなら魔法使いになれよお前も!」
「あたし魔法使えないし」
無表情なのは変わらないが、一気に不機嫌な空気をこれでもかといわんばかりに放出したマコトを見て、イーエンとティアゴは「これがマコトの地雷」と判断、素早く謝り、とっとと次の話題へ移った。
「あ、あー……じゃー、まず基本。人間における精神力の容量ってのは、修行を積むことでいくらか底上げができるんだが、まあ大体生まれついての素質に左右されるな。これがもともとでかいヤツは魔法使いを目指すし、少ないヤツは戦士になる。たまに精神力を半端無く持ってるくせに戦士の道を選ぶやつもいるんだが、と、ここまではいいか?」
「ああ、うん」
頷くマコトに対し、ティアゴは話を続ける。
「で、魔法使いに関しての精神力の使い方は、さっきお前が言ったとおりだ。じゃあ戦士は少ない精神力をどう使うかっていうと、体内に少しずつ巡らせて肉体の強化をするわけだ。これがさっき言った『精神力の体内循環』ってヤツ。ただ、これができないくらい精神力の容量が少ないヤツもいるがな。ああ、参考程度に言うと、俺は持ってる精神力の三割くらいを体内循環にまわすことができるな」
「体内循環に使える精神力って、十割全部じゃないのか」
「できるやつもいるけど、それぐらい精神力の扱いがうまけりゃ精神力が少なくても魔法使いの道を選べよって話だな。で、イーエンは『デルの2』だって聞いたが、体内循環はできてんのか?」
いきなり話を振られたイーエンは、いじけたようにナイフを弄りながら、そっぽを向いて答えた。
「……まだ一割無いくらいだってさ。走るのが速くなる程度」
「そうむくれんじゃねーよ。それぐらいなら妥当だ」
「……循環されてるっていう精神力の量は、どうやって知るんだ? 自分で分かるのか」
マコトの問いかけに、ティアゴは首を横に振る。
「いいや、どっか適当な魔法使いに頼んで、精神力の流れを見てもらうのさ。大概精神力っていうのは、こう、この胸の辺りで渦巻いてるらしいんだが、そこから体中に伸びている精神力の流れている量を見てもらう……お前は見てもらったこと無いのか。一応それ用の受付もあるんだが」
「今の今まで精神力の体内循環を知らなかったあたしがか?」
「……そーだな、悪かった。じゃ、今ここにいる魔法使いの誰かにでも……お、ちょうどいいのが」
辺りを見回したティアゴは席を立つと、少し離れたところでたったまま会話をしていた傭兵達の輪に近づいていった。
「お、ティアゴじゃん。お前もこの依頼参加するか? まだ人数余ってるぜ」
「いや、今日は先約があってな。ところで、マリルーちょっと借りていいか?」
「え、自分なら構いませんけど……」
傭兵達の輪からティアゴが引き連れてきたのは、白に近い短めの金髪をした妙齢の女性だった。薄い青色のローブに白の厚手のカーディガンと、魔法使いと言うよりは神官に近い格好だ。
「ちょっと、こいつの精神力がどんなもんか見てやって欲しいんだ」
「……そういうことは、きちんとした受付でやるのが普通なんですけど」
「面倒だろ、手続きが。普通の魔法使いでもできるってのに」
「はあ、分かりました。でもティアゴ、あんまり自分たちを魔法使いと一括りにしすぎないでください。私は一応霊術士ですから」
「魔術師も魔導師も霊術士も召喚士も、そう変わらんだろ」
「全部名称覚えてるのなら、なおさらですよ!」
まったく、と頬を膨らませながら、女性マリルーはちょっと腰をかがめて、マコトと視線の高さを同じくした。そのままニコッと笑って自己紹介をする。
「自分は霊術士のマリルー=シャナルです。どうぞよろしくお願いします」
「駆け出し傭兵のマコトだ。じゃあ、まあ頼む」
「はい」
楽にしてていい、と立ち上がりかけたマコトを制して、マリルーは早速彼女の精神力を透視した。徐々に浮かび上がってきた精神力の流れ……その全容に、マリルーは思わず言葉を失った。
「これは……」
「どうした?」
口元を震わせるマリルーの様子に、ただならぬものを感じたティアゴはすぐさま問いかけた。
「いえ、その……精神力の大半が、それこそ九割以上、彼女の身体を循環し続けています。しかも、精神力が内に留まらないよう固定化までされていて……ほとんど、自由に扱える精神力は無いに等しいですね」
「だから、魔法が使えないって言ってたのか」
マリルーの言葉に、イーエンはひどく驚いた様子でマコトを見つめた。当の本人は、やはりこの状況をいまいち理解していないようで、肩に乗せたままのトリルの鼻先を指で弄りながら首をかしげている。
「ええと、マコトさん、いつからこんな状態に?」
「さあ、気付いたらこんなんだった。……そうか、ヒキコモリだったあたしがあれだけ動けたのも、体内循環っていう絡繰のおかげか……」
最後の方のぼそぼそしたつぶやきは、マコトとトリル以外には聞こえていなかった。マリルーの隣に立っていたティアゴは、マリルーの透視結果に顔をしかめる。
「なるほどな。だからあの棍も普通に握ったり扱ったりできるわけだ」
「え、それがどう繋がるんだ?」
唐突なティアゴの言葉に、マコトは眉根を寄せる。ティアゴはマコトにもう一度棍を組み立てるよう言って、さらにそれの鑑定をマリルーに頼んだ。
「自分は便利屋じゃないんですけど」
「まあ頼む。お前ぐらい精神力の扱いが上手ければ、俺たちみたく酔うことはないだろ」
マコトが持ったままの棍に、マリルーはそっと指を滑らせる。そこから伝わってきた不可思議な術式に、マリルーは再度驚きの声を上げた。
「これは、……あんまり見たことがありませんけど、体内循環を促す術式でしょうか? 確かにこれは、精神力の扱いに慣れていない魔法使い以外に触れる人はあまりいないでしょうね」
「……えーと?」
疑問符を頭上に飛ばしまくっているマコトに、マリルーはなるべく分かりやすく伝えられるよう言葉を選び、説明し始めた。
「つまり、この棍を持つことで、おそらくはその人が保持している精神力の七割近くを体内循環へまわすことができるのだと思います。マコトさんはもともと、私が見た限り九割以上の精神力が循環していますから、この場合だとより安定した循環に制限するのではないでしょうか」
「流れる力が多すぎるから、ちょっと抑えてるってか。じゃあ、さっき体内循環量一割って言ってたイーエンや、三割っつったティアゴが触れなかったのは……」
「自身が扱える範囲での精神力が許容量を超えてしまうため、溢れすぎた自分の精神力に酔ってしまうということですね。自分たちのような魔法使いは、精神力をいかに多く、安定してまとめあげられるかが求められるので、よほど力のやりくりが下手な人でない限り精神力酔いはしないと思いますけれど……まあ、自分を見ていただければ分かるとおり、大概の魔法使いはこんな棍を持てるほど、身体を鍛えてはいませんから」
苦笑で締めくくったマリルーの解説を、マコトはこの後ミコトに説明する際、さらに分かりやすいよう現代風にかみ砕いて整理してみた。
自分がもともと持っている精神力の全体量を、タンクいっぱいの水と仮定する。魔法使いはそこから直接水を取り出し、さまざまな形で使用するが、戦士はタンクから水路を造って、その水路からようやっと水を使うことができるとする。これが体内循環の例え。
そして、普通の戦士はこのタンクから流せる水の量がそれほど多くない。なので、水路もそれに見合ったサイズのものしか造られていないとする。ここに、タンクのバルブを無理矢理開く役目を持ったもの……つまりはマコトの棍という要素が加わればどうなるか? タンクからさらに流れ出した水は、水路からも溢れて辺りに浸水してしまう。制御範囲を超えてしまうのだ。
さて、ではマコトの場合は? まず、マコトの場合は水路の形からして他の戦士とは異なっている。普通の戦士達の水路が地面を掘ったり、レンガを積んだりといった感じで造られているとするならば、マコトの水路は鉄パイプ、水道管だ。水路を付け足したり、進路を曲げたりすることが難しい。さらに、水道管の中をほぼ満水状態のまま水が循環し、タンクも空っぽに近い状態だという。水道管の中で、水が暴走している状態だ。
ここであの棍が登場する。普通の戦士ではバルブを開く役目を負っていた棍だが、水が流れすぎているマコトのタンクでは逆の役目を果たすことになる。バルブは少しずつ閉められ、水道管を流れる水は勢いが減り、棍が無い状態よりも簡単に扱えるようになっているのだ。
マコト専用のストッパー。それがこの棍の役割。ただしマコト以外で精神力の扱いがそこそこ以下の戦士がこの棍を持つと、精神力が溢れて制御範囲を超え、身体に異常をきたす。
「……うん、整理できた。多分これでいい」
「はあ?」
こっちの話と片手を振ってマリルーたちを制し、マコトは小さく首をかしげた。
「で、精神力の体内循環だとか、この棍の不可思議さとか、まあ本当に基礎らしいことは教わったわけだが……あと、なんかあるか?」
「あー、あー……どうだろうな。俺の場合は知識はその程度で、あとは棍の繰り方を無理矢理教わったもんだが」
「ふーん」
ティアゴの言葉に頷いたマコトは、特に何でもなさそうに訊いてみた。
「なあ、ティアゴ」
「なんだ?」
「あんた、依頼を受けてないときで暇な時間があったら、あたしに棍の繰り方教えてくれないか」
ずる、がしゃん
歩き出したわけでもないのに、ティアゴは器用にその場で滑り込み、イーエンを巻き込んで床に突っ伏した。その時、顔面をしたたかに床へ打ち付けたらしいイーエンは、声も上げられないままに気絶した。
「ちょ、おい!? お前な、そういうのはもっとまともな……『ソロンの1』くらいのギルド員にでも教わっておけ! 受付にいけばそういう人材を紹介してくれるところもあるからよ!」
「そ、そうですよ? 何も知識を教えてくれた人を、そのまま先生にしなくても」
「そう遠回しに言わなくても、やりたくないなら嫌だと言えばいいだろう」
にー、とすり寄ってきたトリルの顎をぴしぴしと指先でつつきながら、マコトは面倒くさそうに返した。ティアゴはばつの悪そうな表情を浮かべて、床にあぐらをかいてばりばりと髪をかき回す。
「いや、あのときの踏み込みとか見たけどよ、本当に……俺なんかでいいのか?」
「新しい人間の顔と名前を覚えるのが面倒なだけだ。ああ、あと、思い出したがあたしは受付ってところもあんまり好きじゃない」
「はあ?」
なんだそりゃ、とでも言いたげなティアゴとマリルーに向けて、マコトはにやりと妙な笑みを浮かべ、言いきった。
「なんせ、あたしは文字が読めないからな。ああいう書類だらけのところは、文字酔いする。大概は妹に見てもらってるんだが」
「そ、それはどういうことですかーっ!?」
自信満々、そうとしか思えない表情で投下された爆弾バカ発言。ティアゴは言葉を失い、少し会話をしただけでもマコトは聡明だと判断していたマリルーが悲鳴を上げた。
「どういうことって言われても、単に習得してないだけっていう」
「だっ駄目です。そりゃあ文字が読めないままギルドに入団してくる訳ありな方も大勢いらっしゃいますが、そういう人達にはギルドが総力を挙げて叩きこ―――こほん、教えて差し上げてきたんです! マコトさん、いいですか、今すぐにでも勉強を始めて下さい」
真剣そのものなマリルーに詰め寄られながらも、マコトは飄々とした態度を崩さずに、眉をひそめるに留まる。
「ええー……めんどくさい」
「わかりました、それが貴方の口癖であり性格ですね。貴方自身の頭脳のできは大変よさそうですから、ちょっとの間の努力だけでいいんですよ。ということで行きますよティアゴ!」
「って、ちょ、俺も問答無用なのかよ!?」
細腕でマコトの手首をがっちり握りしめたマリルーは、逆の手でティアゴの服の襟首をひっつかんだ。思いがけず強い力で引っ張り上げられて、二人は目を白黒させる。
談話室を抜け出ようとしたマリルーは、つい先ほどまで参加しようと思っていたパーティのメンバーたちに向けて頭を下げた。
「申し訳ありません。緊急な用ができてしまいました。自分は今回、不参加とさせてください」
「おおー、大丈夫だ。もう思う存分不安要素解消してこい」
マリルーの性格を熟知しているらしい、そのパーティのリーダー格の男は、はははと爽やかに笑ってマリルーに引きずられていくマコトとティアゴを見送った。
……その日、マコトには棍の師匠と、異界の教師(鬼)ができた。
「ええ、俺、このまま放置かよ……」
さて今回は前に出てきた棍の説明がやおら長々しくて……すいませんでした。楽しかったんです。マコトが頭の中で整理してるたとえ話もうざったかったら飛ばしてくださいグスン。
というわけで巻き込まれたティアゴさん。このままマリルーさんも巻き込もうかと思いましたが、彼女は彼女できちんとパーティを組んでいる身ですので、ちょくちょく出てくるに限るかと。
そして周囲に露呈したマコトの『文盲』。あれ、これって差別用語でしたっけ……。