(15) ~ カムバック賢者様、召喚の理由
部屋にたどり着いてから、ミコトはまず呆れたように目を細めた。ぷいっとマコトが視線を逸らす。
「お姉ちゃん、ぜんっぜん片付けなかったんだね」
二段ベッドの上段は、ミコトが朝早くに起きて整えていたので綺麗なままだったが、マコトが使っていた下段とテーブルの上は酷く散らかっていた。毛布や枕はめちゃくちゃなままで、テーブルの上には昨日の農家の依頼で受け取ったお土産が入っていた容器がひっくり返っている。
「おかしい、こんなに散らかしたつもりは全くなかった」
「もーっ! お姉ちゃん自分が寝ぼけてるときの悪質さを全然分かってないんだから! はい、すぐ掃除するから外にいて!」
『……これは、マコトにやらせるのが道義じゃ』
「お姉ちゃんに任せてたら時間がかかりすぎるの! 今回は特別だからね!?」
そう言って、素早くマコトとトリルを部屋から閉め出すミコト。ばたんと扉が閉められると同時に、どたばたと部屋を走り回るような音が聞こえた。
「…………うん、整理整頓の癖をつけよう」
『その前に寝ぼけグセの悪さをなんとかせねばならんのではないかね?』
しばらく一人と一匹がぼうっと扉の前で突っ立っていること五分程度。
「終わったから、入っていいよ」
いつの間にか頭にバンダナを巻き、箒とちりとりを手にしていたミコトは、扉を開けてマコト達を中へ招き入れた。乱れていたベッドは完璧に直され、散らかっていたお土産の容器や包んでいた布も、机の端っこに並べられている。
「落ち着いたところで、解説書の確認だね」
「おー」
片手でバンダナを取り、掃除用具をクローゼットの奥にしまい込んだミコトは、ベッドの下段に座り、ベストの影から取り出した本のページをめくり始めたマコトの隣に座った。次に文字が浮かび上がってきたのは、最初から書かれていたこの世界の魔法の定義についてのページのすぐ後ろであった。
“ 魔法の属性は、無、火、水、風、土、草、光、闇の基本八種類に分けられる
それぞれが無色、赤、青、緑、茶、黄、白、黒といった守護色があり、詠唱にも用いられる
魔力を扱う魔法は、魔力自体が具象化し、現世に効力を現わす
霊力を扱う魔法は、その霊力をもとに元素と交信することで、それを現世に発現させる ”
「元素と交信……ね。確かカミンもそんなことを口走っていたよな」
「う、うん。でも、私魔力の変換しか教わってなかったのに」
ふむ、と小さく頷いて、マコトはさらに読み進める。
“ (虫食い)―――そして、霊力を扱う魔法で、より霊力の特性をいかしたものが『召喚術』である ”
「「あったぁ!」」
“ 『召喚術』は、主に二つの効力があり、それぞれ『簡易召喚』『使役召喚』と呼ばれる
簡易召喚とは、特定の属性元素を守護する精霊と霊力を介して交信、契約を結ぶことにより、その属性の霊力による魔法行使の効力を飛躍的に向上させるものである
使役召喚とは、簡易召喚を行なった上で、より強い自我を持ち得る精霊と契約を結び、彼らと主従関係を結ぶ召喚である
簡易召喚は特定の術式を用い、その時点で術者が保持している霊力を必要量放出することで、契約権利を得ることができる
だが―――(以下虫食い) ”
ひらり、とそこまで読んだところで、文字が途切れてしまう。何度かその前後のページを行ったり来たりするマコトだが、どこにも続きが書かれていないと分かったとたん。
「終わりかよ!!」
すぱんっと本の表面を引っぱたき、盛大なため息をついた。その隣で、わたわたと手を振りながらミコトがフォローを入れる。
「で、でも、さっきカミンさんに聞こうと思ったこと、大体解説してくれたっぽいよ! 召喚術がどんなものなのかっていうのも分かったし……」
「そう。で、お前がやったのは簡易召喚、しかもどーやら、あの火の精霊?だよな、の台詞からするに、お前は成功したらしい、と」
ゆら、とマコトの視線が、ミコトの顔を下から見上げる形で向けられる。
「てことは、今お前そうとうダルかったりするんじゃないのか?」
「え? うーん、確かに身体が重かったり、眠いなって思ったりはするけど、あとはそんなにないかな。お姉ちゃんの筋肉痛よりはずっとマシだと思うよ」
「ふーん、まあ、今日はもう無理するなよ。ということで、話は突然変わるわけだが……」
一応姉として釘を刺しながら、マコトはぱらりとページをめくる。そこは昨夜ミコトと見つけた、火の基礎魔法(実際には火の簡易召喚の術式だったわけだが)が書かれたページで。
「なんで、あの意味不明模様が魔法陣のあったところにドカンと描かれてるかね」
眉根を寄せながら、ミコトはそっと左手でその模様をなぞる。
文章が書き込まれていた方のページは、マコトにも読める日本語と精霊の名前らしい部分はこちらの世界の言語と思しきもので書き直されていたが、魔法陣が描かれていた逆のページには、魔法陣が消えてしまった代わりに、あのラクガキじみた奇妙な模様が描かれていたのだ。
ラクガキという論を捨てて、何か意味を見いだそうとすれば、流水を模したようにも、落ち葉が重なる様子にも、天高く伸びるたき火のようにも、どうとでも捉えられそうな滅茶苦茶な模様。ただ、どこかで見たことあるようなと言う妙な既視感ばかりが募った。
「うーん、どこで見たのやら」
「本当にね。なんか毎日見てるような気もするんだけど……」
『儂もなんだか見覚えがあるのう。ていうか一番身近に感じるような』
…………。
「「あったぁっ!?」」
『ひょっ!?』
再度絶叫シンクロ。ミコトとマコトは本のページと『それ』をじっくり見比べて、大きく頷く。
「トリルの首輪の模様と一緒なんだ、これ」
流水、落ち葉、たき火……はたまたただのラクガキかと思われたその模様は、確かにトリルの首にはめられた輪を平たくしてみると、全く同じような模様になるだろうと予想された。
「トリルの首輪の模様がなんでまた?」
「トリルの首輪っていえば、賢者さんがくれたもので……」
ミコトの思いつきの発現で、さらにその場の空気が止まる。
瞬間。
『いやはや、まさかこんなに早く君たちに会えるなんて、思わなかったな……』
まだ一週間程度しか経っていないだろうに、ひどく懐かしい少年の声。
手元の本に落としていた視線を、素早く声のした方向へ向けてみると、部屋に一脚しかない椅子の上で、苦笑を浮かべる賢者(仮称)の姿があった。
「出たぁ!!!」
『……その反応ちょっと傷つくんだけど』
「いや、もう幽霊扱いで十分だろ」
驚きのあまりその場で立ち上がりかけて、ベッドの上段に頭をぶつけ悶絶するミコトは放っておいて、マコトはやれやれと肩をすくめて、本を閉じた。
「で、ひょっとしなくても何か、この模様が本に浮かんで、あたしたちがその意味を理解したらあんたが現れると?」
『ん、ちょっと違うかな。その模様は確かに僕を示すものだけど、それが浮かび上がったときと同時に現れた条件を君たちが満たすことで、僕が君たちとこうやって話すことができるって感じかな』
「……ふえ?」
涙目で脳天を押さえるミコトに、くすりと小さな笑みを漏らしつつ、つまりね、と賢者は言い直す。
『具体的に言うと、最初にその模様が本に書かれたとき、火の簡易召喚術式も一緒に出てきたでしょ』
「ああ、それをミコトがクリアしたから、あんたがあたしたちの前に出てこれたと」
『そう。本当はもうしばらくかかると思ってたんだけど……どうやら、一回全力を出したことがあるせいで、ミコトと火の精霊の間に妙なラインが通っていたみたいだね。それのせいで、力の変換が強引に霊力変換へ切り替えられちゃったわけか』
「…………なんか、全部お見通しって感じだな? オイ」
『あの森を出てからの君たちの行動は、大体記憶しているよ。この町に着いてすぐあんな事に巻き込まれたときには、どうすればいいか、悩んだけどね』
賢者が渋い表情でそっぽを向くと同時に、二人は彼がなんのことを言っているのかに思い当たった。ミコトに至っては、その前に賢者が言っていた『火の精霊との間の妙なライン』の正体も見当がついた。
「ひょっとして、私がいつの間にかどーんと出してたらしい火柱、ですか?」
『うん、あれは君の周りに存在していた火の元素が、君の気の高ぶりに影響されて起こした現象だ。火の元素のほうも、君のことを最初からだいぶ気に入っていたみたいだからできた芸当とも言えるけれど』
「元素のほうが、最初から、私を?」
『そう。簡単に言ってしまえば相性さ。ミコトはもともと火の元素と相性がよかったんだね』
先ほどまでの申し訳なさそうな表情を消し去り、賢者は小さくあくびをしながら答えた。
『……で、存外早い段階で君たちに会えたし、とりあえずまだ時間があるから』
「どーしてあたしらがこの世界に呼び出されたか、その理由を長くてもいいから答えろ」
『…………まあ、うん、そのために現れたっていうのもあるんだけどさあ』
ふう、と一息ついてから、賢者は虚空を見つめ、やがてゆっくりとした口調で話し始めた。
『僕はね、一応このヴェルホークで言う、種族を越えた存在、神域に属するものってことになっているんだ。その存在は、ヴェルホークの地に住む人間よりも、むしろ異世界から来た存在である君たちに近いくらいでね』
「神様、ってことなの?」
『そうなるかな。でも、僕の場合は完全に神格化してはいないから……この世界での自分の存在を安定させるために、僕みたいなのが神格化するには、条件があって』
賢者の言葉をそこまで聞いて、ぴくり、とマコトの眉が動く。
「その条件って言うのに、まさかあたしらが含まれてるんじゃ」
『そう、大正解』
ぱちぱちと気の抜けた拍手を送る賢者に、マコトとミコトはじとーっとした目を向ける。短く咳払いをして、賢者は話の筋を戻した。
『……。で、僕みたいな「神のなり損ない」が神格化する条件は、一番メジャーなもので「異世界から他の存在を召喚し、それを使役する」っていうものがあったんだ。今回のは、それの特別版』
「特別版?」
そろって同じ方向に同じタイミングで首をかしげる少女二人に、賢者はぴっと人差し指を向ける。
『長い間、何度もこのヴェルホークの神域と並行世界とを繋げてきた影響か、ここ数百年で召喚の成功率が高まっているんだよ。高まりすぎて、それぞれ神々が意識しながらこの世界全体を守る結界を維持しないと、召喚を行なってもいないのに、近づきすぎた世界の歪みに呑まれてしまう異世界の存在が現れ始めたんだ』
「そ、それって私たちみたいに、何にも知らない人がこっちの世界に吸い込まれちゃうってこと!?」
『大体はそうなるかな。でも、こちら側から向こうへ引っ張られてしまう者もいる。そういうのは何とかこっちで召喚をして、記憶をいじってもといた場所に帰してあげてたんだけど……っと、また話がずれてきた』
右のこめかみを人差し指と中指で叩きながら、賢者は目をつむり、次の言葉を探し出す。
『とにかく、今まで並大抵の努力ではできなかったはずの異界召喚が、最近では簡単にできるようになってしまって、これじゃあ神格化の条件にふさわしくないってことになったんだ。それで、異界召喚を神格化の条件とする者には、さらにもう一つの条件が加えられた。「異世界の存在を召喚し、それが自らの意志で、こちらの世界を生き抜くことができること」』
久しぶり賢者ー!!! って話です。初登場に比べて、見た目の年齢通りなしゃべり方になってきてしまいましたが、なんとなく今の方が自分のなかで自然なのでこれでいこう。
そして続く。