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現代っ子パーティ・クエスト  作者: 空色レンズ
第二部:ギルド『荒神の槍』
12/23

(12) ~ アグリカルチャな初仕事

 マコト達が、ギルドに傭兵として加入することが決まり、その他諸々の書類契約などもすませて(もらって)から、二日後。ギルド『荒神の槍』であることを示すためのレリーフを彫り込んだメダルを受け取り、それに取り付ける個人認証用の水晶も設定して、彼女たちは名実ともに、れっきとしたギルド団員となった。


「それで、だ、ミコト。今のあたしらのランクは?」

「試験もなんにも受けてないから、『デルの3』」

「その通り。というわけで、できる仕事と言えば……たとえ傭兵登録をしていようとも」


 こけっこー!

 ばさばさばさ、とマコトの目の前を白いもふもふした塊が飛んでいった。


「このとおり下働きとなんら変わらない」

「はい、ごめんなさい。数日前の私はとても自意識過剰気味な感じでした」

「わかればよろしい。ということで、とっとと卵回収するか。このあとは野菜の収穫も手伝わにゃならんし」

「う、うん。えっと、風よ、目標をいましめよ」


 そう言って、マコトの隣に立っていたミコトは、右手と左手の人差し指だけを立てて、詠唱しながら指揮者のようにハの字に振った。すると、彼女たちがいる小屋の中へ、ひゅうっとすきま風にしては強いものが吹き込んできた。それはそのまま渦を巻き、バタバタと暴れる鶏たちをまとめて空中に持ち上げてしまう。


「ここけっこー!!」

「ふーん、なんだかんだで魔法使えるようになったんだな。ホントに」

「うん、でも、今の鶏たちでも結構キツイの……人の身体はまだまだ持ち上げられないし」

「いや、初めてにしては十分すぎるだろ。カミンだって飲み込み早過ぎって焦ってたぞ」

「カミンさん、魔法使いの典型って感じしたけど、本当は別らしいね」

「ふ~ん」


 ミコトが風の魔法で鶏たちの動きを止めている間に、マコトは素早くわらの上を駆け抜け、落ちていた卵を一つ残らず回収した。依頼主から借りた籠いっぱいになったところで、小屋の出口に立つ。


「ミコト、動ける?」

「ん~……集中切れそうだから、無理」

「じゃあ今度はあたしが追い込んでおくから、魔法解いたらすぐ出な」

「うん」


 腰のベルトから自身の手から肘くらいまでの長さの木の棒を取り出し、マコトは籠を地面において、出口から一歩足を踏み入れた。とたん、ミコトの指が動き、渦巻く風が消えた。ぼとぼとと地面に落ちた鶏たちは、一種の恐慌状態に陥る。


「こけ、こっこけー!?」

「っだぁうるせぇ!」


 ぶんぶんと当たらない位置から棒を振り回し、出入り口付近から鶏を追っ払う。その隙に、ミコトはパタパタとマコトの方へ駆け寄ってきた。ミコトが小屋を飛び出した瞬間、マコトも身を引いて、出入り口の扉を閉める。

 まだ中で鶏たちが騒いでいる声が聞こえるが、しばらくすればまた落ち着くだろうと、マコトはそう考えながら棒をベルトにつけたホルスターにしまい込んだ。


「おし、これまず届けてくる。ミコトは先に次の仕事確認してきてくれ」

「はーい」


 鶏小屋の前で、二人は別れる。ミコトは鶏小屋からさらに奥の敷地へ、マコトは籠を抱えて近くの納屋らしいところに入っていった。少々雑ではあるが、きちんと手入れはされているらしい農具一式が向かって右手の壁に立てかけられており、左手には何も乗っていない三段の棚があった。

 真ん中の棚に卵の入った籠をそっと置いて、マコトは次の作業に使うと言われた道具たちの発掘に取りかかる。革ベルトで背負えるようになっている一抱えほどの大きな籠を三つと、草刈り鎌、スコップのような平たい鉄の道具など、少女一人ではとうてい抱えられそうもない大荷物である。


「さてと」


 しかし、マコトは存外あっさりとそれを一気に持ち上げて、納屋の扉を足で開け閉め、そのまま軽い足取りでミコトや依頼人たちもいるはずの畑へ向かった。


「よっす、持ってきました」

「おおっ! すげぇな嬢ちゃん、よくまあ全部いっぺんに……」


 すでに作業を行なっていた大人たちは、マコトが持ってきた道具を、礼を言いながら持っていった。道具が草刈り鎌一本だけとなったところで、マコトも作業を手伝おうとリーダーである男に声をかける。


「これで、どこやればいいんでしたっけ」

「おう、あっちのサルザンを、みんなの真似して刈り取っていってくれ」

「はいよ」


 ミコトの位置を確認しつつ(彼女は手作業で取れる作物の手伝い中だった)、サルザン畑へ足を踏み入れる。

 サルザンはキャベツの二回りくらい大きい青緑色の葉野菜で、形は例えそのまま。ただ、一番てっぺんの部分が花ビラのようにふわふわと開いていて、少しレタスっぽい。マコトは手でひねれば取れるのではないかと首をかしげたが、近づいてきた少女が笑ってしゃがみこんだ。


「あなた、サルザンのことそんなに見てて……ひょっとして、収穫前の見たこと無いの?」

「あ~~~、まあ、ていうか、手で取れないのかなーとか、わざわざ鎌でやらなきゃならんのがよくわからん」

「わからん、て……手でどうやって取るっていうの? 私の手首くらい太い芯があるんだから、いくら引っ張ってもとれないんだよ」


 見てて、と言いながら、少女はサルザンを両手で掴み、うーんっ!と勢いよく引っ張った。だが、サルザンはびくともせず、数秒して、少女が根負けした。


「っぷはあ! ほら、全然動かない。きっとお父さんとかお兄ちゃんあたりが頑張ればいけるかもしれないけど、私たちみたいな女手だったら絶対に」

「なるほど、じゃあこうしたらどうかね」

「え?」


 少女の言葉を遮って、マコトはサルザンの前に片膝をつき、先ほどの少女と同じように掴みかかった。


「ちょっと、遊んでる時間は―――」

「よっ」


 少女がマコトのことを叱ろうと口を開きかけた瞬間、みしみしボキッと小気味よい音がして、平然とした様子のマコトが根から離れたサルザンを抱えて観察していた。


「ふーん、結構重いんだ、これ」

「な、え、嘘?」

「やり方が違うだけだ。しっかり見てな」


 少女を自分の正面に移動させて、マコトは隣のサルザンに手をかけた。そして、引っ張るのではなくハンドルを回すように、右手は奥へ、左手は手前へと力をかけていく。すると、みしみし……と軋むような音が聞こえたかと思うと、ボキッと一気に芯が折れた。鎌でやるよりも断面はおうとつだらけだが、早い。


「引っ張るんじゃなくて回してみた。意外と取れる」


 そう言われて、少女は首をかしげながら、手近なサルザンに近寄った。そして、マコトがやったように引っ張るのではなく回してみる。みし、みしと、確かに引っ張るよりは手応えがあるが、やはりあそこまで豪快に芯を折ったりはできない。

 小さくため息をついた少女は、振り返って仰天した。ボキンボキンとリズム良く、マコトが素手でサルザン収穫を続行していたのだ。その音に気付いて振り返った大人たちが、全員して口をあんぐりとあけてそれを眺めている。


「は、早ぇ……なんだ、あの早さ。鎌使ってねぇのかよ?」

「手だけでやってるみたいだけど」


 そのうち、少女の兄が素早くマコトに近づいて、何やら事の詳細を聞いていた。マコトが目の前で実演するのを眺め、そのすぐ隣のサルザンで試している。どうやら、兄はマコトと同じようにもぎ取ることができたらしい。子どもっぽい歓声を上げて、マコトの背中をばしばしと叩いていた。


「……あの人、すごい力持ちね」


 あの分だと、サルザンはすぐに収穫が終わりそうだと、少女は小さく笑って自分の鎌を手に構え直した。



※ ※ ※



「ほいよっお疲れ様! 特にマコトな。ああいや、ミコトが仕事してなかったわけじゃあねえよ。驚いちまったヤツでさぁ」

「おかげでいつもの半分くらいの時間でサルザン収穫し終わったしな~。他のことにも手が回せたし、ギルドに頼んでてよかったな、親父!」

「ああ、まさかこんな女の子がくるたぁ思わなかったがぃいででででっ!?」

「はいはい、その口をとっとと閉じなさい。はい、マコトちゃん、ミコトちゃん。報酬はギルドの方に預けてあるから、これは私たちからのお土産。今日か明日にでも食べてちょうだい」


 夕暮れ時、作業も終わってギルドへ帰還する時間となった二人は、依頼主の一家に別れの挨拶をしていた。今は、目の前で奥さんが依頼主の旦那の耳たぶを片手で引っ張り上げながら、マコト達には笑顔を向けて包みを差し出してきている。


「あー、どうも……」

「ありがとうございますっ。それじゃあお疲れ様でしたー」


 マコトがぼそっと礼を言って包みを受け取り、ミコトはその隣できちんと頭を下げてあいさつをした。疲れでややふらつきながら歩いている二人の背中を、一家はちょっと心配そうに見送った。


「私、ギルドまでついてってあげようかな」

「でも、これから暇ってわけでもないからねぇ。まあ、ここ郊外だから、ギルドが馬車を出してくれるって言ってたし、大丈夫でしょ。さ、戻りましょ」

「ほーい」

「……一体いつ耳から手を離すんで」


 旦那はとうとう、次の作業が始まるまで耳たぶから手を離してもらえなかった……らしい。

 一方その頃。お土産をもらって内心ほくほくだったマコトは、「む」とつぶやくと顔をしかめ、持っていた包みをミコトに渡した。


「お姉ちゃん?」

「……調子に乗りすぎた。腕が痛い」

「もーっ! まだ無茶な使い方しちゃダメってみんなに言われてるでしょ! タリハラさんにまたお説教されるんだ」

「いや、意外とコレ使い勝手悪いぞ。発動するなって考えてても、ちょっと力んだら終わりだし。こりゃあ力っていうか、身体の使い方から覚えないとダメだな」

「……万年ヒキコモリのお姉ちゃんが、どうやって?」

「勘」

「はあ」


 ぶらぶらと痺れるような痛みの走る両腕を揺らして、マコトは正面の風景をじっと眺めていた。やがてぴたりと足を止め、ある一点をじっくりと見つめ始める。


「……いた。ミコト、なんか合図」

「うん」


 言われて、ミコトは包みを左手だけで抱え、右手の人差し指でゆっくりと何かの模様を宙に描くような動作をした。そして、素早く下から上へと指を振り上げ、つぶやく。


「光よ弾けろ」


 すると、ミコトの頭上三メートルくらいの位置で、突然光の球体が登場、そのまま音もなく、花火のように弾けて消えてしまった。


「あー、見えたみたいだな。こっち来る」


 身体能力向上の恩恵で、眼鏡が無くともそこそこ遠くまで見渡せるようになったマコトは(しかしなんとなく落ち着かないので、まだかけている)、『荒神の槍』ギルドの印が刻まれた荷馬車が、こちらへ走ってくるのを確認した。


「……身分証の掲示をお願いします」

「ん」

「はい、どうぞ」


 御者の青年に促され、首から革紐で下げていたメダルを見せる二人。さっとそれを確認した青年は、素早く御者台から降りると、荷台のほうから小さな三段階段を取り出した。


「それじゃ、支部に着くまで休んでてくださいね」

「ありがとうございます、ほら、お姉ちゃんしっかり!」

「……うぃー」


 酔っぱらいのような声を上げて、マコトは階段を上り、荷台の端っこに座り込む。ミコトもそれに続き、荷台の中にたたんで置いてあった毛布を一枚手に取る。青年に許可を取って、二人でそれにくるまった。


「なんか、森にいったときのこと思い出すね」

「あのときはこんなに腕痺れてなかったけどなー」

「うーん、次に覚える魔法は、やっぱり治癒系統にしようかなぁ……」

「それだと、あたしの後援しかできないんじゃ」

「なんとかするもん!」

「へぇへぇ」


 そんな会話をしているうちに、二人の興味は依頼者一家からもらったお土産へと移っていった。


「……なに入ってるんだろ」

「食べ物だよな、食べてって言ってたし。……ここで開けるなよ」

「ううっ! ケチ」

「ギルド帰るまで待てんのか」


 やがて二人の話題も尽き、沈黙が多くなってきた頃、がらごろと人の早足程度の速度で走っていた荷馬車は、夕日がほとんど地平線の向こうに沈んでからギルド支部へ帰還した。

 ギルド支部の裏手へ荷馬車をまわし、荷台を倉庫の方へしまおうとした青年は、荷台で仲良さげに身体をくっつけて眠っているマコトとミコトの姿を見て、思わず微笑んだ。一度起こすのは気が引けるが、一晩寒々しい倉庫で明けさせるわけにはいかない。


「二人とも、起きてください、着きましたよ」

「……ふぇ?」

「……ぐー」


 青年の言葉ですぐに眠りから覚めたミコトは、なんとかしてマコトの方も目を覚まさせ、青年の苦笑を受けながら支部の中へ入っていった。疲れと眠気でふらつくマコトを引きずりながら、ミコトはカウンターへ向かい、今回の依頼内容や報酬等の情報が刻まれたプレートを差し出す。


「終わりました~」

「はい、ご苦労様。……あら、あなたたちこれが初依頼だったのね。報酬は二人分、六十セイルになるわ」

「あれ、報酬の何割かは借金返済にあてられるって聞いたんですけど……?」


 かく、と首をかしげるミコトに、カウンター嬢はにこりと笑って答える。


「基本的に、ギルドに対する借金分割返済最低額は五十セイルからなのよ。大概、それでも低すぎるから、契約時に『二百セイル以上の報酬額が貯蓄されてから』、あなたたちの借金返済は始まるわ。……一応、このまま貴方たち名義のギルドバンクへ預けてしまうけれど、いい? 何か町で買いたいものがあるなら、今渡すけれど」

「あ、いえ、そのまま預けちゃってください。お願いします」

「はい、じゃあそっちの子も限界みたいだから、ゆっくりおやすみなさい」


 四角い水晶の上にプレートがかかげられ、きらりと光を反射すると、プレートに刻まれていた依頼情報はすっかり消え去っていた。それをカウンター嬢から受け取って、ミコトは再度頭を下げる。そして、後ろで立ちながら居眠りをしていたマコトを引きずって、自分たちに割り当てられた部屋へと向かった。

 二人に割り当てられた部屋は、マコトが寝かされていた部屋と同じくらいの広さで、低めの二段ベッドが設置されているぐらいしか変わりなかった。あとは一人用にしか見えないクローゼット(マコト達は荷物が少ないので十分だが)、窓際に固定された机に、背もたれのある椅子が一脚。椅子の上には、ギルド登録を完了した日にカミンが贈ってくれたクッションが置かれており、その上でトリルがのんびりと二人を出迎えた。


『おお、お帰り二人とも。ずいぶん疲れてるようじゃの』

「うん、なんかご飯食べるのもめんどくさくて……もらったお土産気になるんだけどなぁ」

『空いておらんなら、そのまま眠ってしまってもよかろうて』

「うう、でも汗ベタベタなんだよね……せめて身体拭こうっと」


 風呂に入る、シャワーを浴びるという行為は基本的に貴族の特権、というヴェルホーク。マコトは若干顔をしかめ、ミコトに至っては悲鳴を上げるなどの恥ずかしい反応を示してしまったこの事実だが(そのせいで、一部の団員にはやはりマコト達がどこぞの令嬢なのではという噂が流れている)、ギルドにもそういった施設が設置されていないのであれば仕方がない。そう、机の上に用意されている新しいタオルを手に、洗い場へ向かう度ミコトは思うのだった。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんも身体拭かなきゃ、泥だらけだよ」

「……あした」

「ダメ。今日なら身体拭いてあげる」

「…………わあった」


 すでにどろどろなマコトからマントをはぎ取り、自分の分と一緒にクローゼットに押し込む。上着なども脱いで軽装姿になったところで、トリルが思い出したようにミコトに言った。


『そういえば、鞄の中がなにやら光っておったぞい? どうやら、あの本が光源だったようじゃが』

「本って、ヴェルホーク解説書か……」

「そのネーミングはどうかと思うけど」


 タオルを抱えつつ、ミコトはちらりとクローゼットの奥に置かれた革の鞄を見下ろした。結局保存食や二枚目の毛布などは手付かずのままで残っている。一度ランギスたちに品物の鑑定などを頼んだときに、広げたままたたみ方の分からなくなった毛布も、魔法を使うことでもとの板状に直せることを教えてもらったりした。

 あと、マコトが『ヴェルホーク解説書』と呼んだあの本は、やはりこの世界の人間の誰にも読むことはできなかった。まあ、マコト達の目から見て、はっきりと日本語で書かれていると認識できるので、当然だろうとは予想していたが。


「本が光るって、どういうことだろ……?」

「虫食いのところがどこか復元して、新しい情報が読めるようになったとか」

「なんか、ファンタジーな事態になると目が輝き出すよね、お姉ちゃんって」

『マコトは魔法とか大好きだからのう』


 ごろごろと喉を鳴らしながら笑うトリルだったが、ほんの僅かにマコトの周囲の体感温度が下がるのを敏感に感じ取り、耳としっぽを垂れさせる。


『す、すまんの。マコトは魔法、使えんのだったな』

「うん……、私の方に、お姉ちゃんに回るはずだった分の魔力もきたって賢者さん言ってたし……ご、ごめんねお姉ちゃん!」

「いや、うん、気にはしてるけど、いいや。代わりに怪力パワーもらってるし。二人そろってちょうどいい~……」

「あ、お姉ちゃんちょっと待ってよ! トリル、まだ待っててね。戻ってきたら本見るから!」

『うむ、行ってらっしゃい』


 慌ただしく部屋を出て行く二人に向けて、トリルは手を振る代わりに、ひらひらとしっぽの先を持ち上げた。



※ ※ ※



 洗い場から戻ってきた二人は、ギルドから支給されていた新しい服を着て、もらったお土産を広げつつ(味噌味に近い味付けのあぶり肉と付け合わせの煮野菜、果物だった)就寝前にトリルの言っていた本を調べることにした。マコトはなるべく眠らないように椅子に座っており、ミコトはベッドの下の段に腰掛けてトリルをひざの上にのせ、見た目は変化のない古ぼけた本を眺めていた。


「やっぱり、お姉ちゃんの言ったとおり中身かな」


 そうつぶやいて、ぱらぱらとページをめくる。最初に書いてある異世界ヴェルホークについての簡単な解説や、世界地図などはそのままに、やはり虫食いの多いページを根気よく眺めていく。

 椅子に座ってクッションを抱きしめながら、肉を一切れ口に放り込んだマコトが、咀嚼をしながら睡魔に負けかけて舟をこぎ始めたとき。


「あ、ここ」


 何かを見つけたらしいミコトが、本を開いたまま一カ所を指さし、マコトとトリルに見せた。うん、と唸りながら、寝ぼけ眼でそこを流し読みしたマコトは、小さく首をかしげる。


「これ、前にランギスから聞いたギルドの基礎知識だよな。ランクとかの」

「うん……でも、後ろの方はもうちょっと突っ込んだこと書いてあるみたい」




“ ギルドに所属すると、実力判定試験を受けない場合は最低ランク『デルの3』から、試験を受けた場合、その結果に見合ったランクから活動を行なうことができる

ギルドのランクは、下から

『デルの3』『デルの2』『デルの1』『ソロンの3』『ソロンの2』『ソロンの1』となっており、最上位ランク『ヴァーミス』については下から、何もない、大地の、空の、星の、と四つの称号がある


ランクを上げるためには、それぞれ自身のランクに見合った依頼を十分にこなし、経験を積んだ上でギルドに申請することが必要になる

ただし、『デル』のランクは申請のみでもランク上昇が可能だが、『デル』ランクから『ソロン』ランクへ格上げされる際には、それに応じた内容の実力判定試験を受けなければならない

そして、以降の『ソロン』ランクからは、依頼をこなし、ギルド諜報部による素行調査も合格した上で、実力判定試験に合格することでランクを上げることが可能になる


最上位ランク『ヴァーミス』については―――(以下虫食い) ”




 そこまで声に出しながら読んだところで、ミコトはふうとため息をついた。


「大体、ランギスさんに聞いたとおりのことだね。これって、自動メモ帳?」

「かもしらん。これからどんどん、その本の情報を増やしていけば、あたしらの生き残れる道も多くなるってか……」

『しかし、もうちょっとくらい儂らの知らん情報があってもよかったのにのう』

「まだ後ろの方確認してないから、見てみるね~」


 ぱらぱらと、部屋の中にミコトがページを繰る音が響く。そしてまた、マコトがうとうととしながら舟をこぎ始める。


「……え?」


 と、唐突に、動揺したようなミコトのつぶやきで、マコトの意識は現実へと引き戻された。「どうした」と声をかけながら、ミコトが手を止めたページをのぞき込む。

 そこには、円形を基本とした、いわゆる『魔法陣』が描かれていた。左側のページいっぱいによくわからない図形が書き込まれており、右側のページにはこのヴェルホークの言葉が並んでいる。


「なんて書いてあるかわかるか?」

「うん、あの、なんか火をおこす基礎魔法みたい。そんなこと書いてある……ように思う」

「ずいぶんと曖昧だな」

「だ、だって、なんか私の目には古文みたいに古くさい言い回しに見えるんだもん!」

「あたしにはただの記号にしか見えんがね」


 そう返して、マコトは腕を組み唸る。どうやら、この世界に関する情報以外にも、この本から自分たちが学べることは多いらしい。


「ミコト、今その魔法試せそうか?」

「ええっ!? だって火だよ、火! 引火とかしちゃったら洒落にならないんじゃ……!」

「んー、じゃあ明日にでも見せてよ。そういや、カミンとミコトの魔法授業、今までの分見過ごしてるし」

「え、依頼は?」

「休みだ、休み。どうせ明日になったらあたしの両腕なんて筋肉痛で使い物にならないんだから」


 ぶらぶらと右手首を揺らしながら、マコトは淡々と答える。そして、宙に視線を彷徨わせていたかと思うと、また突然本のページをのぞき込んだ。


「まだページ残ってるよな。確認確認」

「う、うん、そだね……」


 マコトに言われて、またページをめくり始めたミコトだったが、ギルドに関する情報と基礎魔法以外には、賢者の手紙と二人が読んでいるページの直前に、誰かのラクガキのような奇妙な模様が浮かび上がっているぐらいだった。


「これはなんだろう?」

「なーんか、どっかで見たことあるような気がしないでもない、が」


 これは基礎魔法のページとも異なり、模様以外にはとくに解説らしいものも書かれていない。しばらく指でなぞったり、ランプの光に透かしてみたりしたが、結局何も起こらず、とりあえず保留ということで収まった。


「じゃあ、とりあえず今日はもう寝ようっと」

「ぐー……」

「って、お姉ちゃん早っ!? うう、下のベッドのほうが潜り込むの楽そうだったのに……」

『ほっほ、まあ、早いモンがちじゃの』

「うん、そだね……。トリル、ランプの下のところ捻ってくれる? それで消えるって聞いたから」

『わかったぞい。おやすみ、マコト、ミコト』

「おやすみトリル」


 半分ほどマコトが食べてしまったお土産の残りを丁寧に包み直し、階段を上って上の段のベッドに潜り込んだミコトは、そっと目を閉じた。しばらくまぶたの隙間から淡いオレンジ色の光が差し込んできていたが、かちりという音とともに、その光も消え、部屋は暗闇で満たされた。


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