(11) ~ ジョブセレクト喧々囂々
マコト、ミコト、トリルの三人が、ギルドに対する借金を返済するためギルド入団を決定した翌日。
「というわけなんだが……」
彼らを保護した張本人なら、きちんと最後まで面倒を見ろと言われたこの青年、ランギス=ドルトメア。今の言葉は直属の上司である支部長のものなのだが、それはもちろん当然のことで、ランギス自身名乗りあげようと思っていたのだ。
思って、実際託されて、こうして向かいあって話しているのだが。
「だ、か、ら、報酬がいっぱいっていっても、わざわざ危険な事なんてしなくていいじゃない! 依頼書とか見てみれば、ほら草刈りとか農作物の収穫とかだってあるし!」
「わかってる、確かに現時点での実力は、あたしもお前もほとんど無いに等しい。だからってずーっと依頼料の低い仕事ばっかり請け負ってたら、いつまでたっても借金は減らないぞ。毎日毎日下働きじゃなくて、誰かギルドの先輩とかから情報仕入れて、あわよくば訓練とか見てもらったりしてだな」
「んもー! お姉ちゃん、自分が女の子ってこと忘れてない!?」
「牛がいるぞー。ここに黒毛和牛がいるぞー」
「おおお姉ちゃあああああんっ!!」
「……トリル、なんとかしてくれないか」
『儂に言われてものう……』
ランギスは目の前で繰り広げられる少女たちの舌戦に身を引き、同じようにテーブルの隅で丸くなっていたトリルに声をかけた。だが、返事はつれないもので。
「なんでそんなに嫌がるんだ」
「どうしてそんなにやりたがるの」
「報酬がいい、自分の力を磨けるから」
「危険だから、危険だから、危険だからーっ!」
「あー、ミコト、落ち着いて」
「ランギスさん! ランギスさんも何か言ってやってください! 傭兵とかそういう分類されてる人達が請け負う仕事って、やっぱり危ないですよね!?」
口を挟んだが最後、矛先を向けられてしまったランギスは思わず息を呑んだ。顔を真っ赤にしてこちらを睨むように見つめてくるミコトもそうだが、何か、ランギスがどんな答えを返すのかに興味を示しているマコトの視線にも。
「……ええと、確かに、危険がつきものでない依頼は、少ないかもしれない。荷馬車の護衛なんかも、大概護衛が必要なのは野盗の類が出る地域を通過するからだし、何かの研究材料をとってきてほしいっていうのも、険しい山だったり、魔獣が住みつく洞窟だったりする場合もあるから」
「ほらね!? 聞いた、お姉ちゃ」
「でも、そんな依頼を最初から君たちみたいな新入りに回すわけがない」
「……え?」
自分の意見に賛成して貰えたと思えたミコトの口調が、一気にトーンダウンする。
「傭兵としてギルド団員に登録されるといっても、やっぱりランク付けが存在する。例えば、私のランクは『ソロンの2』……これは一番真ん中かな」
「ランク付け、ね。それで傭兵のランクと依頼のランクを釣り合わせていく、という方式か?」
頷きながら確認を取ってくるマコトに、ランギスはやや驚いた様子で肯定した。
「そう。一番下が『デルの3』で、2、1と続いてから『ソロンの3』というランク、さらに三つ数えて最上位『ヴァーミス』というランクに到達する。大体、どこのギルドもランク付けの名称は統一しているけれど、たまにこれらと異なるランク名称をつけているところもあるんだ」
「……今のあたしたちが、傭兵としてこのギルドで働くとして、やはり最初は『デルの3』からなのか?」
「一応、試験で最初のランクを認定させるものもあるけれど、最初は地道にやっていった方がいいかな。依頼をきちんとこなせば、ギルドの方からランクを上げてもいいっていう許可が出るから」
「だ、そうだ。ミコト」
マコトの言葉に、ミコトは俯いたまま微動だにしない。
「まあ、無理強いはしないけど。なんなら、ミコトは農作業で安定した収入確保して、あたしは訓練しつつ傭兵として働くし」
「……お姉ちゃん、怖くないの?」
「怖いさね」
「だったらぁ!」
「なんだよ、心から怖がってろってか? もうガクガク震えながら『あたしもう何にもできない。怖いから』ってつぶやいてればいいのかよっ!?」
ガッ、とマコトが怒鳴り声を上げると同時に、テーブルの支柱を蹴り上げた。がごん! と鈍い音とともに、危うく天板が外れかける。トリルは素早くテーブルの上から飛び降り、ランギスは慌てて天板を押さえた。ミコトは両手を口元に寄せて、肩を小刻みに震わせている。
「……悪い」
ぶらんとテーブルを蹴り上げた足を揺らして、マコトは決まり悪げにそうつぶやき、小さくため息をつくと席を立った。
「え、ちょっと、マコト?」
「ランギス、あたしちょっと頭冷やしてくる」
そう言って、マコトはとっととその場を離れていってしまった。残されたランギスは、呆然としているミコトを見て、すでに見えないマコトの背を探して視線を彷徨わせ。
(どうしろと……?)
※ ※ ※
先ほどまでいた、ギルドに所属している傭兵や技術者、下働きの人間が集まっていた談話室を離れたマコトは、近くの階段を上り、最短ルートでテラスに到達した。ぽかぽかと暖かな陽気が全身を包み、ふっと眠気が襲ってくる。
「……だぁ」
あんなふうにキレるつもりはなかった。ただ、珍しく駄々をこねるように傭兵の道を渋り、姉にもそちらへ行かせまいとするミコトが、彼女の心配が、ひどく―――。
「どうかしたかね」
「っ」
勢いよく振り返った先に、ゴーディスが立っていた。マコトと同じようにテラスでのんびりしていた人々も、ゴーディスの姿を見て姿勢を正したりしている。
「……ちょっと、妹と喧嘩」
「ほう、昨日あれだけ仲がよさそうだったのに」
「傭兵になりたくないし、あたしにもそんな仕事させたくないんだってさ」
「それはそれは、姉思いのいい妹じゃないか。心配してくれているのだろう」
「それを、うっとうしい、って思っちゃったんだよ」
ごっ、とマコトのブーツの先が、テラスを囲う柵にぶつけられる。
「こっちだって、必死で、どう生きていけばこれから先、たとえ一人になったとしても生きていけるだろうかって考えた末の結論なのに。そりゃ、依頼をたくさんこなして、力がついてくれば危険はついてまわるだろうけど」
「君たちの身体もだが、心の方もだな」
ゴーディスの言葉に、マコトは視線だけを彼の顔へ向ける。空を見上げていたゴーディスは、ゆっくりと、マコトと視線を重ねた。
「……君は、分かっているようだが、覚悟がまだ出来ていない」
「出来ない、と思う。ていうか、そこまでいけないだろうなって」
「命のやりとりをするところまで、ということか」
無言で頷くマコト。それに対し、ゴーディスはぼさぼさの髭を大きな親指と人差し指で撫でながら答えた。
「この先一人になってしまったことを考えるということは、君たちにはもう、帰るべき場所はないんだね? 君たち以外に、家族と呼べる存在もいない」
「ああ」
「ずっと、このギルドで働くという選択肢はないのかね。なんなら、このシスタ支部を拠点にして生きていっても、そういった人間は山ほどいるから、全く構わない」
「…………どうすっかなー」
両手の指を一本ずつ組んで、手の平を太陽に向け、大きく伸びをする。手をほどくと同時に、マコトは深く息を吐いた。
「まあ、もう一回いろいろ考える」
「妹と一緒に、だな」
ゴーディスの短い言葉に、マコトはごく自然な動作で振り返り。
「だーな」
ニコリと、その年頃の少女らしい笑みを浮かべた。
「……驚いた。君も笑うんだな」
「一応人間なんで」
心の底から驚いた、といった様子で、ゴーディスは瞬きをした。途端にマコトの表情が、いつもどおりの仏頂面に戻ってしまう。もったいない、と心の中で彼はつぶやいた。
「タリハラあたりに見せれば、喜ぶぞ」
「作り笑いは嫌いだ」
「では、今のは笑いたいと思ったから、笑ったと?」
「ああ」
彼女は既に身を翻し、テラスから出ていこうとしている。ゴーディスに見えるのは彼女の背中だけ……だが、一瞬、またクスリと彼女の周囲の空気が揺れた。
「笑うことは、嫌いじゃない」
そう言って、マコトはテラスから姿を消した。
※ ※ ※
マコトがゴーディスとの対話を切り上げ、談話室へ戻ってくると。
「……私、そんなに臆病、かなぁ」
「えーっと、ミコトが臆病ってんじゃないわよ! ん、それに大丈夫、ミコトとこの辺りじゃ、環境が全然違うのよね!? ミコトくらいだったら、まだそんなに働いたりしてなかったのね?」
「うん、わた、私、勉強とか……してた、から」
「べ、勉強……(ちょっとランギスこの子ひょっとして貴族なの!?)」
「(わ、私に聞かれても困るが、しかし黒髪の貴族といったら噂になるはず……)」
「う、うぇえ」
「「あああ~!」」
ソファを一つ独占して、マコトのいない間に変身したらしい老人姿のトリルに頭を撫でられながらぼろぼろと泣いているミコトと、その前でうろたえているランギス、そして、見慣れないワインレッドのローブを着た女性が。
「……また泣いてるし」
「あ、マコト!」
ぼそりとつぶやくと、ランギスが素早い動きでマコトの手首をつかんだ。やや視線を鋭くさせて、ミコトの前へ引っ張っていく。
「その、なんですか、とりあえず、うん、……泣き止ませてあげてください」
「最終的にはどんどん下手になっていくのなアンタ」
マコトは腕を組み、トリルに視線で「黙っておけ」と合図を送ってから、めそめそと涙をこぼすミコトを見下ろした。
「そんなに嫌なら、あたしも傭兵やらない。普通にバイトして、借金返す」
望んでいたはずのマコトの言葉に、ミコトはびくりと怯えるように肩を震わせた。
「それだったらそんなに危ないこともないし、なんかさっき会ったゴーディスも、暮らすんならここで暮らしてもいいって言ってたし。それに、約束だって守れる」
「……やく、そく?」
「『生きること』」
その一言に、ミコトは大きく目を見開いた。そのあからさまな反応に、マコトは呆れたように首筋を掻く。
「忘れちゃいないだろうけど、あたしらはここで生きていかなきゃならない。元いたトコのことは、この際、しばらく忘れておいた方がいいだろ。もちろんマジで忘れるわけじゃないけどな」
「……うん」
こくりと頷く。それに満足して、マコトはさっそくこの決定を伝えようと、再度ゴーディスの元へ行こうとしたのだが。
「ん?」
くい、と服の裾をつかまれ、その場から動けなくなる。振り返れば、やはり裾を握っているのはミコトで、彼女はもう一方の手で、ワインレッドのローブを着た女性の手を握っていた。
「み、ミコト?」
「……カミン、さん。私、魔法の才能、あるんですよね」
ミコトのこの質問に、マコトは一瞬息を止める。
「え、ええ。そんなことは確かに聞いているけど」
「でしたら、その、教えていただいても構いませんか?」
「「「へっ!?」」」「……ミコト」
ランギス、カミン、トリルの素っ頓狂な声と、マコトの「何考えてるお前」といったニュアンスを含んだつぶやきに、ミコトは俯きながら答える。
「えと……いろいろ、思い浮かんで。お姉ちゃんの言葉とか、あの人の言葉とか」
「例えば?」
「う、お姉ちゃんのは、『利用できるものは物でも人でもなんでも使って楽をしろ』ってヤツ」
ああ、言いそう。そんな三者の視線がマコトに集まる。
「それで、あの人の言葉は……『力は君たちとともに成長する』って」
「……ああ、そんなことも言ってたな」
ややとぼけたように、マコトは答える。これは周りにランギスやカミンがいるためなのだが、ミコトはお構いなしに続けた。
「私、怖いけど、その、あの、やっぱり、お姉ちゃんがやるっていうなら、私もやる。頑張る。頑張って、成長するから」
「落ち着け。それ、前言撤回して傭兵になるって言ってるのか?」
「うん」
「あー」
こうまで見事に意志を切り替えられるとは、マコトは思っても見なかった。むしろ、ここは自分が折れるべきなのだろうなとゴーディスとの会話で考えてきたというのに。
「だから、魔法の力も勉強する。お姉ちゃんの役に立つように!」
「いや、あの、ミコト」
「……お姉ちゃん、傭兵、嫌になった?」
頑張って決心したのに、というなんとも身勝手なココロの声がダイレクトに聞こえてきたようで、マコトはまた目を潤ませたミコトを見下ろし、難しげな顔をしてこめかみをもみほぐした。
「……いや、いい。そういうなら二人そろって傭兵登録するぞ」
「うん!」
「というわけでランギス。雑用は無し。新入り下っ端傭兵ふた」
「儂もいるぞい」
「……訂正、三人もしくは二人と一匹で登録よろしく」
「あ、ああ、わかった。て、え、トリルはどんな風に登録すればいいんだ……?」
「え? トリルさんも登録するなら普通にすればいいじゃない。っていうか、あなた誰のこと動物みたいに」
「儂、獣人じゃよ。お姉さんや」
とたん、トリルの頭頂部で、今まで髪に埋もれていたらしい猫の耳がばさりと持ち上げられた。その左耳に、変わった模様が刻まれたピアスがはめられている。しかし、すぐにぺたりと頭にくっついてしまい、また髪の毛に同化した。
「猫耳あったんかい。どうりで人間の耳が見当たらないわけだ。長いもみあげかと思ってた」
「ただのー、あるにはあるんじゃが、持ち上げるのが面倒でのー」
「せめて人の話を聞くときくらいは持ち上げてろっつーの。だからか、いつも妙なところ聞き逃してたのは。耳が遠くなってたっつーか自分で塞いでたんじゃねーか」
マコトが普段よりも数倍汚い口調でトリルにつっこむ。それを受けて、トリルは「いやぁ」と気恥ずかしげに頭を掻いた。
「ま、とにかく、登録云々はもうランギスとかに任せる。丸投げ。あたし考えすぎて疲れた。部屋戻る。明日はもっと町見物」
「お、お姉ちゃん待って! えと、えと、よ、よろしくお願いしますっ! それじゃあ今日はこれで」
「ミコト、儂もおいてかんでくれ」
盛大なため息をつきながら、またあっさりと談話室を出て行ってしまったマコトを追いかけるように立ち上がり、ミコトはランギスとカミンに向けて一礼した。そのまま走り去ろうとしたところで、老人だったトリルの姿が急にぼやけ、ぽん、という小気味よい音とともに、よろよろの小柄な猫の姿に変わる。
怒濤のように去っていってしまった新入りたちの姿に、カミンはぽかんと口を開け、茫然自失。
「なに、あれ。猫が人で人が猫に? ていうか、運ぶの手伝ったときも思ったけど、あの子たち本当に姉妹なわけ?」
「ああ、何気に面倒なこと押しつけられた……またこれから受付にいって書類作業か」
その隣で、ランギスは少女たちのフットワークの軽さに、目眩を覚えていましたとさ。
仲良さそうな姉妹でも、人並みに喧嘩しますとも。
そんなこんなで、結局二人は『傭兵』としてギルドに入団することが正式に決定いたしましたとさ。