(1) ~ ハジマリの鐘が鳴る
同じく創作している異世界トリップ小説『アンデット・ターン!』に続きまして、今度は王道も王道な異世界トリップです。べ、別にトリップばかり書いているわけじゃないですよ!?(説得力皆無)。
こほん、それでは皆様、お付き合いの程よろしくお願いいたします(深々
がたん、かちん、カチャカチャカチャ……
日比谷美琴は、朝食の用意をしていた。フライパンを火にかけ、適当に野菜を切り、卵をといて全て炒める。あっという間に野菜オムレツの完成。と同時に、オーブンレンジがチン、と音を立てた。
「ん、今日は成功」
戸を開き、焼き上がったトーストの具合を見て、美琴は小さく頷く。他にも昨日の夕食の残りを温め直して、食器の準備も始める。
「お姉ちゃん、ご飯ー!」
大体準備が終わったところで、台所から顔を出し、正面に見える二階への階段に向けて大声で呼びかける。返事はないが、トットッと軽い足音が聞こえてきた。
「にぃ」
「トリル、おはよ。トリルの分はこっちね」
階段から現れた、灰色と白の毛並みが入り交じった猫……トリルに笑顔を向ける。五人の人間が座れるダイニングテーブルの椅子のうち、一つを引き出して、テーブルの上に皿を置くと、トリルは少し危なっかしい動作でテーブルの上へ移動した。
「に」
「先に食べててもいいからね」
形だけそう言って、美琴は台所へ戻る。美琴が朝食をつくる今の生活のリズムが出来上がるよりもずっと前から、トリルは日比谷家の面々がそろって手を合わせない限り、自身の食事にも手を付けようとはしない。
しばらくして、青いフレームの眼鏡をかけ、よれたジーンズに厚手のカーディガンを羽織った姉、日比谷真琴が階段を下りてきた。寝ぼけ眼のまま「んー」とつぶやき、所定の位置に座る。
「……はよ、トリル爺さん」
「んに」
「はいはい、お姉ちゃんもっとしゃきっとするしゃきっと! 日曜日とはいえ、ダラダラするなんて許さないんだから!」
「へぇへぇ」
夕方にはやかましいくらい騒ぎ出すのに、朝ともなるとこの調子。両親がとある事情で長いこと家を空けているが、自身の態度を改めようともしない姉に、美琴は苦笑しながらため息をつく。
ぼーっとしている真琴は放っておいたまま、コップに牛乳を注ぎ、作った料理を台所から運んでくる。セッティングを終え、エプロンを取った美琴は、トリルに笑いかけて両手を合わせた。真琴もゆっくりと手を合わせ、トリルは背を丸めながら二人を見上げている。
「それじゃ、「いただきます……」」
「にゃ」
そのときだった。
カァーン カァーン カァーン……
「鐘の音?」
小さく、美琴が首をかしげる。眠たげなまま箸に手を伸ばしかけていた真琴は、眉をひそめた。
「この近くにゃ寺もなんもないよな。ていうか、近くねぇ……?」
「にぃっ」
カラ、ガシャンッ!
美琴が持っていた茶碗がひっくり返り、真琴の持っていた箸が落ちた。
……日比谷の家から、二人の少女と一匹の猫が、いなくなった。