悪役令嬢ごっこ
私は仁科透。ベンチャー起業で成功した両親に勧められて、すごいお嬢様学校に入学した。それはもう凄い。お小遣い月五万円貰っている私だが、お嬢様がたは遺産相続が何億で慈善事業に何千万という話をしているお嬢様のする先端医療の話で持ち切りだ。親の会社の名前を言った翌日には、親より詳しく親の会社の話をしてきた。そんぐらいやばい。
「あのさ。学校で、貴方のご両親の会社は中国と韓国でサプライチェーンの差をどのように考えてるかって、学校の同級生に聞かれたんだけど」
今、父親はシンガポールに長期出張で、母親は社長代理として必死に働いている。私は芸大を目指す事にした。その、次元が違う世界で絶対勝てないと悟ったからだ。
美術部に入部した私は、周囲のレベルの圧倒的な高さを感じながらも、中国と韓国のサプライチェーンの差には興味がないお嬢様達の群れの中に、平穏を感じていた。何なら、美術部に所属していなくても私より格上はいくらでもいたが、それで得られる中の下のポジションでようやくアイデンティティを保てている。
ところが。最近、学校内でとんでもない遊びが流行している。その流行に全くついていけない私に対する教師の扱いが、以前の当たり障りのない態度と段違いに、優しい。
「あらあら、宜しいのかしら。組み合わさると貴方の事として大きな噂になりそうな、それらしい噂を複数流しましてよ」
「へえ。でしたら、私は貴方の取引先の取引先でお金に転びそうな人達を徹底的に洗い出して、個別に裏切りを唆して、同じタイミングで事を唆しますわよ」
「......恐ろしい人」
「貴方に言われるなら、いっそ名誉ですわね」
二人して高笑いし、互いの取り巻きがぶち上る。先週くらい、理解不可能と言う顔を真っ先にしてしまった私が、今や第三勢力の長となっている。私は私に縋るように居場所を求めるお嬢様達に、テレビやラジオの話題をし続け、あの空間から逃げたい一心で同調する人々の一人として、日々を怯えて暮らしていた。
「あの二人、幼馴染の仲良しなんですけど、悪役令嬢っていうライトノベルのジャンルで盛り上がって以来、ずっとああなんです。でも、何するかって、普通相手にハッキリ言うものなんでしょうか」
「絶対言わないかな」
第三勢力の中では、私の言葉遣いの程度に合わせるような雰囲気になっていた。それでもまだお嬢様だが、気づかない振りをなるべく心掛けた。今の現実からなるべく目を逸らしたいのだろう。
ある日の放課後、それぞれの取り巻きの中で主導権を持つ二人に呼び出された。具体的には、第三勢力と化した私の派閥の余り強気でない子が、私は面識のない二人に手紙を託されたのだ。その人選も、計算の内だろう。
「すいません。断り切れませんでした」
「いいの。無理なのは仕方ないよ。ちゃんと渡してくれてありがとう」
その場で手紙をあけて、内容を読む。それを見た瞬間、私は手紙を封筒に戻して、しっかり畳んでポケットに入れた。不安そうな顔をする同級生に、私は言った。
「大丈夫。任せておいて」
本当は、心の中は修羅場極まりなかった。私なら何が用件か分かるだろうと、ギリギリまで計算された言葉選び。詳細は一切書いていないが、余程の事だと思った。フラスコと時計の針。それで場所が分かった。これも、試しているのだろう。
私は一人で、化学実験室へ赴いた。派閥の子達に約束の時間の30分前に人払いをお願いした空間の、いくつかあるルートの一つを選んだ。私以外、誰も私が何処に行ったか、分からない筈だ。
引き戸を触ると、鍵は掛かっていなかった。見える範囲の廊下に誰もいないのを確認して、教室に入る。窓の方は敢えて見なかった。不安を見せてはいけないと思ったからだ。
誰もいない。だが、来る時間は早かった。いや、早すぎて空いていないかもしれないと思ったが、その場合はトイレの個室で時間を潰すつもりだった。突然、後ろで鍵が掛かる音がした。振り向こうとした瞬間、
「来て下さったのね!ありがとう仁科さん!」
心の底から安堵した声を出したのは、真宮寺さん。後ろで鍵をかけて無表情なのは、西さんだ。西さんはスマホを取り出して一瞥し、ようやく警戒の色を解いた。
「たすけて、って、何ですか」
単刀直入に切り込むと、真宮寺さんが泣きそうな顔で、話し出した。
「絶対読ませてはいけない、ネット小説を、あの二人が読んでしまったのですわ。学校の外では相変わらず仲がいいから、私と西様で警戒していたのですけど、遂に読んでしまいましたの。あの二人、貴方も話に加わって欲しいと、思っていますわ!貴方にも迷惑をかけてしまいます!どうしたらいいのか、もう分かりません!」
「そうですか。じゃあ、私について来て下さい」
私が入り口に近づくと、西さんが無言で立ちふさがった。私は、声を出さずに、ゆっくりと、ある言葉をしっかりと口を動かして伝えた。西さんは、私を無言でじっと見ていたが、後ろ手で鍵を開けて、引き戸を開けてくれた。
「行こう、真宮寺。もう、他に方法はない」
「……やはり、そうでしょうね」
二人の会話を背中に受けながら、まあ考えないわけはないよなあ。と。思いました。
三人は、何も会話もしないが、真っすぐに目的地に向かった。伝説の聖地、職員室へ。




