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第七十一話  別れ


ある日、ワシと老爺が二人っきりになった時があった。・・・正直、老爺とは余り話したことも、無かった気がする。

そんな時、洗濯物をたたんでいたワシに老爺は一言、お礼を言ってきた。


「何時もありがとう・・・。」

「・・・?どうしたんですか?いきなり・・・。」

「いや、お主が来てくれてからというもの、あいつは明るくなったよ。・・・あんなに笑うようになったのは、お主のおかげだ・・・ありがとう。」

「え?元々じゃないんですか?」


意外そうに答えたワシに、老爺は寂しく微笑むと、


「あいつはな・・・娘が死んでからというもの、何処か精気が抜けたような感じだった。・・・話しかけても、いつも上の空だった。そんな時、お主が来てくれた。・・・当初、ワシは厄介な物が転がり込んできたと思ったよ。」

「ま、まぁ、普通そう思いますものね。」


苦笑いするワシに合わせて、老爺も笑い、


「だが、あいつは違ったようじゃ。姿は違うけど、娘が帰ってきたと思ったのかものぉ。・・・実はな、お主が最初の一晩で居なくなるんじゃと、あいつは心配しとったのだ。幻になるんじゃないのかと・・・。」

「そう・・・なんですか?」


正直、ワシはその晩に抜け出そうとも思ったからな。老爺もうすうすは感じていたのかもな。


「・・・しかし、朝になってお主が居てくれたことで、あいつは随分張り切るようになり、今の姿があるのかもしれんな。・・・だから、本当にお主には感謝しておる。」

「そんな・・・感謝してるのは、私の方です。いろいろ教えて貰ってる上に、かくまって頂いてるのに。」


改まって感謝されると、なんだかムズ痒かったし、ワシ自身も利用しているようで罪の意識はあった。そんな時、老爺から意表を突かれる言葉が出てきた。


「お主が、人間でないことわかっていた。」

「え?」


一瞬、ワシは作業していた手が止まった。


「・・・死期の近い人間には、そう言った類のモノがわかるようになるんじゃよ。」

「知っていて、かくまってくれたんですか?」


老爺は微笑んで小さく頷いた。


「でも、お主が悪いモノで無いことも同時にわかった。そして、最後にあいつの笑顔を取り戻してくれたのじゃ。お主は、ワシ等に取っては娘であり、この家に転がり込んできた福の神かもしれんのぉ。」

「そんな、最後だなんて・・・縁起でもないことを言わないで下さい。それに、私は福の神でも何でもない、タダの卑しい化け物ですよ。」


ワシは、自然と言葉に出てしまったが、老爺はワシに近づき岩のように堅く冷たい手でワシの手を優しく握ると、


「いいや、幸せを再び感じさせてくれたのだ。死ぬ前に、あいつの笑顔が見れてよかったと思っとる。・・・あつかましいのは重々承知しておるが、ワシ等の最後を看取ってくれんだろうか?最後に残った財産は、好きに使ってくれてもええ。」

「そんな・・・気弱なことを言わないで下さい。おばあさんが悲しみます。」


ワシの言葉に、老爺は微笑んで頭を撫でると、


「本当に、ありがとう。後は、よろしくお願いします。・・・コレでワシも、思い残すことはない。」

「おじいさん・・・。」


老爺はワシから離れて、元の場所に座った時、辛気くさい空気を吹き飛ばすように元気な声で老婆が戻ってきた。


「今日は、良い物をお隣から貰ってきたよ。腕にヨリをかけて、良い物作らないとね。じゃぁ、ちょっと手伝ってくれるかい?」

「あっ!はい!いまいきます。」


心配そうに見るワシに気付き、老爺は優しく微笑むと、


「大丈夫じゃ。早く行ってやりな。」


そう言って、早く行くようにワシを促した。

食事も終わり、部屋に戻って皆が眠りについた・・・が、ワシは老爺の言葉が気になっていた。

あくる朝、老婆が老爺を起こしてみた・・・が何時もなら、すぐ起きるのにと不思議に思って顔を触ると・・・氷のように冷たくなっていた。それは、老婆にとっては血の気が引く出来事だった。老婆は慌てて助けを呼びに行った。でも、老爺のその死に顔は今にでも起きそうなほど、とても安らかで微笑みすら浮かんでいた。

急遽、老爺の葬儀が静かに行われた。家の周りの人だけ集めた小さな葬儀にワシも参列した。

葬儀後の晩は老婆は一人、悲しみに暮れていた。老婆の小さな背中を眺めながらワシにはかける言葉がなかった・・・。老爺の言っていた寿命がこんなに早く来るとは思ってもいなかったからだ。

一夜明け、ワシは老婆の事が心配になり、様子を見に行くと・・・

「おや?おはよう!ごめんねぇ。みっともない姿見せちゃって、私はもう大丈夫だから、朝ご飯手伝って。」


そう言って、何時もと変わらない元気な声で料理を作っていた。


「あの・・・本当に大丈夫なんですか?」


ワシの心配する言葉に老婆の手が止まると、穏やかな声で


「何時までも、塞ぎ込んでいたって仕方ないでしょ?それに、あの人の死に顔を思い出すと・・・とても幸せそうだったのよ?生きてる私が何時までも泣いてたら、あの人に怒られちゃうよ。・・・それに、身体動かしてる方が悲しさも忘れるし、あなたもいるからね。」


・・・その時に見せた老婆の笑顔は、とても美しく印象に残っている。

ワシは、そんな老婆に隠し事をせず自分の正体を正直に話そうと思った。

無論、忌み嫌われることも覚悟で話を切り出した。・・・しかし、老婆は驚くどころか、むしろ喜んでくれた。ワシは、何故喜ぶのか尋ねると老婆は、


「何故かって?そりゃぁ・・・私より長生きしてくれるだろ?・・・もうね。私より先に死ぬ娘は見たくないのよ。」

「娘・・・?」

「そうよ。あなたはもう、立派な私達の娘よ。だから、胸を張りなさい!」


そう言って、ワシの背中を叩くと、吹き出す鍋を見た老婆とワシがあわてて、火を消しに駆け寄り、互いの顔を見てこの日、一番の笑い声だったと思う。

その日から、ワシは老婆にいろいろと教わりながら、献身的に老婆に尽くした。

老婆と一緒に畑仕事をしながら、コレからのことについても話し合い、今まで以上に充実した時間を過ごしていた。

そんな時に、老婆から料理の心得を聞いた。


「食事はね。どんな時でも笑顔が大切よ。」

「笑顔?」

「そう。数十年生きて、食事を作ってる時につくづく思うのよ。どんなに辛くても、美味しいモノを食べている時は、自然と周りに笑みが生まれる。・・・で、作った本人はそれを見て嬉しくなる。ものすごく美味しい料理が作れるようになれば、そこには争いのない純粋な笑顔が見られるはずよ。」

「なるほど。」

「だから、食事は馬鹿に出来ないの。食事は生き物よ。自分の気持ちに正直に反応するから、自分自身も笑顔であるべきなの。おいしい調理方法はいくらでもあるはずよ。・・・だから、毎日少しづつ工夫を重ねていくのよ。」


その言葉に感心して頷くワシを見て、老婆は微笑んだ。

それから・・・十数年・・・やがて、老婆にも寿命がきた。


「何時も・・・隣にいてくれて・・・ありがとうね・・・。」

「そんな・・・私も一緒に過ごせて楽しかったです。」


老婆は、力の無い手でワシの手を握りしめ。


「あなたは・・・私の自慢な娘だったよ・・・。私も・・・おじいさんと娘の処へ行くけど・・・寂しく思わないでね。」


ワシは微笑んで頷くと、


「辛いことも有ったけど・・・この人生は・・・とても幸せだった・・・最後に、あなたに出会わせてくれた神様に感謝しに行かないとね・・・。じゃぁ・・・もう、行くわね。」


再び頷くワシを見て


「ありがとう・・・また、生まれ変わってもあなたに・・・会いた・・・。」


言葉の途中で、ワシの手から老婆の手が抜け落ちるた・・・その死に顔は、老爺と同じ、幸せに満ちたいい笑顔だった。


それからワシは、老婆を老爺と娘が眠る場所に墓を建て、長い間、姿の変わらぬワシに不審を抱き始めた周りの人々に迷惑がかからぬよう、老夫婦から頂いた家を人に譲り、再び旅に出たワシは人に見つからぬよう、定期的に身よりのない老夫婦の墓を手入れしていた。

そして、老婆の言いつけ通り、各地を周りながらも食事処に姿を変えて、しばらくは働かせて貰っていたのさ。

何時しか、時代も変わり、そのつど、料理方法も変わってきたが、老婆の言っていた心得は変わることがなかったな。



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