第七十話 娘
老婆が、ある一室の部屋に連れてきた。
「ちょっと、待っておくれ。」
ワシの手を放し、老婆がタンスの引き出しから、一着の着物を取り出した。
「あった、あった。あんたに合うと良いんだけどね。・・・さぁ、何時までもその格好じゃ風邪引くよ。コレに着替えて。」
「え?でも・・・。」
「遠慮せんでええよ。ほら、着替えた着替えた。」
「え?ちょ?!」
老婆は半ば強引にワシの着ていたモノを取ると、着物を羽織らせて着付けをしてくれた。
「うん。良かった、良かった。丁度、良い感じに似合っとるじゃないかぇ。」
「あの・・・この着物は?」
老婆が着るには少し大きい着物に、疑問を持ったワシは着物の持ち主を聞くと、一瞬寂しい瞳を浮かべてから微笑むと、
「随分、昔に死んだ娘の着物だよ。流行病さ・・・まったく、ワシ等より先に死ぬモノがあるかねぇ?」
「ご、ごめんなさい。余計なことを聞いて・・・。」
「あぁ。いいのよぉ。この部屋も娘がいた部屋だけど、何時までも空けとく訳にはいかないし、あんたが使ってくれ。」
「そう・・・ですか。わかりました。しばらく、お借りします。」
「うんうん。じゃぁ・・・もう、夜は遅いし。もう寝なさいね?」
「はい。ありがとうございます。」
ワシは深く頭を下げ、老婆は部屋を後にした。
老婆が去ったあと、ワシは部屋を見渡すと居なくなって随分経つというが、とてもそうは見えないほど、部屋の隅々まで綺麗に掃除が行き渡っていた。
「随分と・・・大切にされてる部屋だな・・・さて、どうするかな。」
ワシは、部屋に差し込む明るい月光りを浴びながら、今後のことを考えていた。
やがて、夜が明け日が昇り窓から光が差し込んできた。
「もう朝か・・・。」
一晩中考えたが結果が出る訳もなく、
「どうせ、行くアテもないし・・・しばらく、此処で世話になるかな。」
ワシは取りあえず、部屋を出て廊下を歩いていると、老婆と鉢合わせた。
「おや?おはよう。よく眠れたかえ?」
「はい。おかげさまで。」
「そうかえ。・・・そうだ!丁度良から、朝ご飯作るの手伝ってくれんかえ?」
「え?でも・・・料理なんてしたことも・・・。」
ワシの何気ない言葉に驚いた老婆は、
「駄目だよ!女が飯作れなくてどうする!私が教えてあげるから、こっちに来なぁ。」
ワシの手を強引に引いて台所に着くと、前掛けを差し出して
「コレを付けなぁ。」
と渡され、思わず尋ねた。
「コレは?」
「料理する時、着物が汚れたら駄目だろ?ほら!こうやって付けて・・・。」
老婆は、ワシに手渡した前掛けを再び奪うと手際よくワシの腰に巻き、台所に置いてあった手ぬぐいを取り、着物の袖が邪魔にならないようにたくし上げて手ぬぐいで縛った。
「コレで良し!・・・フフッ。様になってるじゃないかぇ。」
そう言って、ワシの尻を叩いた。
「イタッ?!」
イキナリの攻撃に驚いて、思わず悲鳴を上げた白夜を見て老婆は豪快に笑うと、
「気合い入っただろう?・・・さて、作るかね。」
昨日と態度がうって違っての、その元気さにワシは終始、圧倒されていた。
しかし、とても老婆とは思えないほどの手際の良さに、つい、見とれていた時、
「ほれ!ボーッとせんと!コレを切ってくれ。」
と、大根を手渡されたが・・・イキナリ、手渡されても途方に暮れるワシに、
「どした?大根も切ったことがないのかい?」
老婆の問いに、ワシは小さく頷くと、
「あんれま?・・・教え甲斐がありそうじゃないかえ?」
そう言うと、ワシの手を引いて老婆はまな板の前まで連れてくると、包丁を取り出し、ワシガ抱えて居た大根を手にした。
「よう見てなぁ。こういう風に切るんよ。」
老婆はよく洗った大根の葉の部分を切り落として輪切りにし、綺麗にカツラ剥きをしてから、
「ほれ、残りを切ってみ。」
と、包丁を手渡された。流石に・・・あれほどの手際の後に、やれと言われても気が引けるモノがあった。
「大丈夫!付いててやるから・・・まずは、こうやって切って・・・・。」
嬉しそうに教える老婆に、ワシも素直に聞き入れていた。そのワシ等の後ろ姿を微笑んで見ていた老爺が居た。
それから、ワシは老婆に付き添いながら家の周りとも交流ができはじめ、炊事洗濯など、いろいろと叩き込まれた。だが、それが嫌と感じたことはなく、老婆に教わるのが楽しみになり、回りから見れば本当の親子のように映っていたのかも知れないな。