第六十九話 家族初日
閉めていたカーテンの隙間から太陽の日が差し込んできた。・・・日も高くなり、夏希はゆっくりと目を覚ました。
「え・・・と、ここは?」
時差ボケと寝ボケで、自分の部屋であることを把握するのに時間がかかった。
夏希は、まだ寝ぼけた状態で起き上がり、台所に向かうと椅子に座って新聞を読んでいる少女の姿を見てビックリしてしまった。
「おはよう。何を驚いてるのだ?・・・まだ寝ぼけておるのか?」
「あ~・・・うん。おはよう。・・・夕紀は?」
「もう学校に行ったぞ。」
「あら?もう、そうな時間だったの?」
「あぁ。・・・それより、早く顔を洗ってこい。ひどい顔だぞ?朝飯も温めて置いてやろう。」
「ん・・・わかったわ。」
夏希は顔を洗ってから、鏡に映る自分の顔を見て、苦笑いした。
「ほんと・・・ひどい顔・・・。」
顔を拭いて、寝癖でボサボサになってる髪をクシでといてから再び食卓に戻ると、久しぶりの日本食がテーブルの上に並んでいた。
「うわぁ・・・おいしそう・・・。」
「クックックッ・・・。」
「?・・・どうしたの?」
急に笑い出した白夜に、夏希は椅子に腰掛けながら尋ねた。
「フフフ・・・以前にもこんな会話をしたような気がしてな・・・。」
「え?そんな会話したかしら?」
「ん・・・いや、夕紀とだ。やはり、親子だな。同じ反応をする。」
「あら?そうなの?・・・でも、なんだか変な感じね。」
「ん?なにがだ?」
「イキナリ、子供が増えて。しかも、こんなに美味しそうなモノが作れるんだから。」
そう言って、夏希はおかずを一口食べると、感動のあまりに少し目に涙が浮かんだ。
「あぁ・・・おいしい・・・。久しぶりに、日本食が食べれて・・・幸せ。」
「ハハハ。大袈裟だな。」
「本当よ?ずっと、ジャンクフードで栄養が偏ってるなぁ・・・て感じてたモノ。」
そう語りながら、夏希は二口、三口とおかずとご飯を食べながら、良く味わって食べてた。
「でも・・・貴方、料理は何処で覚えたの?このおいしさは、一朝一夕で身につく味じゃぁ無いわよ。」
質問しながらも、夏希の箸は止まらずにいた。それを見ながら、白夜は少し笑って答えた。
「そうだな・・・料理を教えてくれた者の腕が良かったのだろうな。」
「へぇ・・・こんな料理が作れる人なら、会ってみたいわ。・・・あっ、ありがとう。」
そろそろ、夏希の食事も終わりそうだったので、会話しながらも白夜はお茶を入れて夏希の前に置いた。その後、夏希の正面の椅子に腰掛けた。
「まぁ、会うことはできんだろうな。もう、遥か昔の話だ。」
「そうなの・・・残念だわ。・・・ありがとう。ご馳走様。」
ご飯を食べ終えて、箸を置いて手を合わせてから、お茶を飲んで一息つくと、
「ねぇ、料理を教えてくれた人の話を聞かせて貰っても良い?」
「ん?別に構わないが・・・長くなるぞ?」
「いいわよ。どうせ、今日一日は暇ですもの。だから、聞かせてくれる?」
白夜の話に興味を持った夏希を見て、ヤレヤレと言った表情で微笑むと、
「わかった。話してやろう・・・ただし、片付けが終わってからな。」
「そうね。手伝うわ。」
食べ終わった食器を、二人で片付けた。
食器も洗い終え、茶菓子を持って、居間の方へ移動して二人は座った。
「過去の話をするのは、なんだか恥ずかしいな。」
「まぁ、確かにね。でも、貴方のことを知りたいから、話してくれると嬉しいわ。」
そう言って、微笑む夏希に白夜は苦笑いしながら語り出した。
「そうだな・・・確か、アレは・・・―――」
―――・・・さかのぼる事、遥か昔・・・
付き添い続けた娘の最期を看取り、それから、独りで世間を飛び回っていた。
何時の時代も、争いは絶えず・・・人の醜い部分ばかりが日に日に目立つようになり、ワシは人との関わりを避けるかのようになってしまった。
その混沌とした時代は、人の苦しみや悲しみ、怒り、恨みなどの負の感情が月日を重ねて具現化し始め、知性のない化け物になって人を襲い始めた。
無論、放っておけずに人を助ける日々が続いた。やがて、化け物退治専門の集団が現れるようになった。
それは、ワシでも外見は同じ化け物として例外ではなかった。
ワシは、無益な争いを避けるために、姿形を変えて世に溶け込んでいたが・・・子供を助けた際に、運悪く、その集団の独りに見つかり追いかけられる羽目になった。
そんなある日、ワシは追ってから逃れるため、とある屋敷に逃げ込んだ。
「夜分遅くに申し訳ございません。誰かいらっしゃいませんか?」
夜遅く戸を叩く音に、老婆が急いで向かい戸を開けに向かった。
「はいはい。どなたかいのぉ?」
老婆が戸を開けると、娘が布を一枚だけ纏った状態で立っていた。
驚いた老婆が、神妙な面持ちの娘に理由を尋ねると、
「詳しい事情は、今は申せませんが・・・しばらく、身を隠させては貰えないでしょうか?」
訳ありだと感じた老婆は、快く娘を家の中へと招いた。
何時の時代も女に化けると、警戒心も和らぐのでワシは、今回もその方法で身を潜めた。そして、適当にやり過ごしたら、すぐ出ていくつもりで居た。
「そんな格好で、大変だったろうて・・・。暖かいモノでも食べて、ゆっくりしていきなぁ。」
そう言って、まだ鍋の中にあったモノを温めて、釜から少し冷めた麦飯を小さな茶碗に入れて差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
と、茶碗を受け取ると、外が騒がしくなり、家の戸を叩く音がした。
すると、さっきまで無言で座って居た老爺が立ち上がり、
「お前は、その娘を見ておきなさい。」
と言い、フスマを閉めて叩く戸の方へと歩いて行った。
「騒々しいのぉ・・・一体、どなたじゃ?」
老爺が戸を開けると、そこには数十人の僧侶が立っていた。
「おや?珍しい、坊さんが大勢で・・・一体、何があったのかのぉ?」
不思議そうに尋ねる老爺に一人の僧侶が近づいて事情を説明した。
その話を聞いて、老爺は顔色一つ変えずに、
「ほほぉ。そんな、凶暴な物の怪が出るのかい?怖いねぇ・・・まぁ、この家には猫位なら良く迷い込んでくるが、まだ、会ったことが無いよ。」
「そうですか。わかりました。夜は物騒なので、戸締まりはしっかりなさりますように。」
「はいはい。どうも、ご親切に。」
老爺は深々と頭を下げると、僧侶達は足早に走り去っていった。
戸を閉めて、老爺は帰って来て座ると、真っ直ぐにワシの目を見た。外でのやり取りが聞こえていたワシは、目が合わせ辛く、目を反らして頂いた麦飯を食べていた。
「お主・・・本当に人間か?」
「あなた!」
イキナリの老爺の問いかけに対して、白夜を庇うように老婆が止めたが、白夜は静かに箸を置いて一歩分、後ろに下がって畳すれすれまで頭を下げ、
「勝手を承知でお願いします。一晩だけ置いて貰えないでしょうか?明日、朝には出ていきます故。」
白夜はそう言って、返事を貰うまで頭を下げたままでいた。
「良いじゃないですか?あなた。どうせ、私達は身よりもないんですし。」
そう言って、頭を下げてる白夜に老婆は優しく寄り添った。
「まったく・・・お前は、お人好しすぎるぞ。・・・わかった。好きにするがいい。」
老爺はタメ息混じりで承諾すると、立ち上がって、
「まぁ、ワシ等には少し広い家だ。一人増えたところで、支障もあるまい。好きな部屋を使いなさい。・・・ワシは、寝るかの。」
そう言って、振り返ることなく部屋を後にした。
「気を悪くしないでね?あの人も根はいい人なの。・・・でも、そうね。もし、私達を食べるなら、二人一緒にお願いできるかしら?」
と、笑いながら老婆が言うと、ワシは慌てて否定した。
「そんな、恩を仇で返すような事はしません。」
そんな姿の白夜を見て、老婆は笑うと、
「そう思うなら、しばらく家に居てくれないかね?・・・ほら、私達も、もう歳だから・・・この屋敷の手入れも行き届かなくてねぇ。手伝ってくれると助かるのだけど・・・。」
ワシは少し考えてから、
「・・・わかりました。私で良ければ、お手伝いします。」
ワシの言葉を聞いた老婆は、ワシの手を取って優しく微笑むと、
「それじゃぁ。その格好じゃ、駄目ね。いらっしゃい。」
そう老婆に連れられ、食べ残しのご飯を置いたまま部屋を出た。