第六十三話 移動
「ねぇ・・・本当に、白夜と戦うの?」
「心配?」
「当たり前よ!・・・別に戦う必要なんて無いんじゃないの?」
「そうね・・・。」
ちょっと悲しそうな顔をしている夕紀の頭を撫でて、夏希は微笑みながら
「別に、あの子を嫌ってる訳じゃ無いの。実はね・・・私自身、どれだけ成長したかを試してみたいの。」
「試す?」
「そう。あの子は子供の頃に出会って、私を護ってくれた妖。でも、こういう仕事をしていると、どうしても不器用になってしまうの。だからね、戦ってどれほど強くなったか証明したいの。・・・あの子もそれを望んでると思うの。」
動きやすい服に着替えて、夏希は夕紀に軽くハグした。
「だから心配しないで。無茶はしないわ。それに、私がどういう仕事をしていたかみたいでしょ?」
「う、うん・・・でも・・・。」
何か言いかけた夕紀の頬に夏希がキスをすると、
「勝っても負けても、あの子を追い出すつもりは無いわ。だから、少し我慢して見てて。」
そう言って、夏希は夕紀から離れて、庭で何かをしている白夜の元に歩いて行った。
「貴方・・・何してるの?」
「ん・・・あぁ、此処は狭いからな。ちょっと、足を呼んだ。」
「あら?そうなの?でも、それなら私が出してあげたのに。」
「まぁ、気にするな。・・・それに、知ってる見物人が居ても良いだろ。」
「見物人?」
首をかしげる夏希に、白夜は含み笑いをしていた。
・・・―――同刻・・・ひと仕事終えたばかりの海翔が、スポーツドリンクを飲みながら休憩している時に、白夜の分身が空から舞い降りてきた。
「ん?この妖気は・・・。」
白夜の分身に気がついた海翔が立ち上がり近づくと、分身は人型に変化して白夜からの伝言を伝えた。
「お主・・・今、暇か?」
「は?何言ってる?俺は、ひと仕事終えて、ようやく休憩しているところを・・・。」
「暇だな?暇なんだろ?良し、暇と言うことで、早速、迎えに来い。いいな!」
「ちょっ?!待て!だから話を・・・。」
全然、聞く耳ももたない状態で、一方的に用件を言い終わると、分身は空へ舞い上がった。訳のわからないまま、海翔は一人取り残された。
「クソッ!何で俺があいつの使いパシリに使われないといけないんだ!」
そう文句を言いながらも、白夜の元へ式神を出して向かっていた。
・・・しばらくして、息を切らして疲れきっている海翔が、夕紀の家前に到着した。 海翔は息を整えてから、呼び鈴を鳴らした。
「お?来たようだな。」
「誰か呼んでいたの?」
「うむ。足を呼んでいたのだ。ちょっと、行ってくる。」
そう言って、白夜は玄関に向かっていった。
玄関の戸を開けると同時に、海翔が怒鳴った。
「貴様!どう言うつもりだ!俺はお前の使いじゃないんだぞ!」
イキナリ怒鳴られたので、白夜は耳を押さえて、
「そう怒鳴るな。なんだかんだ言って、来てるではないか。可愛いヤツだな。」
「う、うるさい!で、なんの用だ?用がないなら帰るぞ?」
顔を真っ赤にした海翔は帰ろうとしていたので、白夜は慌てて海翔の服の裾を引っ張って引き止めた。
「まぁ、待て。せっかちなヤツだな。お主にとって良い機会だと思って呼んだんだぞ?」
「良い機会だと?どういう事だ?」
海翔は帰ろうとしていた足を止めた。
「・・・そうだ。今、夕紀の家に世界中を回って魔を退けてきた者が、ワシと戦いを申し込んできている。・・・どうだ?見たいとは思わぬか。」
「な、なに?」
海翔は少し考えてから、白夜に聞いた。
「俺にそんなこと教えて、お前にどんなメリットがあるんだ?」
「そんなモノは無い。まぁ、興味がなければ帰ってもいいぞ。」
白夜がそう言って、海翔の裾を離した。海翔は着ズレした服を整えて、
「まぁ・・・何だ。そうまで言うなら、付き合わなくもない。」
海翔は照れるように、白夜と目線を合わせようとしなかった。
その仕草に思わず笑った白夜を見て海翔は、
「な、何笑っている!」
「クックックッ・・・いや・・・、庭で待ってるから、後ろから回ってきてくれ。」
海翔は何か言いたそうだったが、頭を掻いて、白夜に言われた通りに裏に回った。
裏庭で、夏希と夕紀が話しているところへ、海翔が姿を見せた。
「あぁ!?何であんたが此処に居るのよ!」
夕紀に見つかった海翔は、嫌なヤツに見つかったと言う表情を浮かべて、頭を掻いた。
「あいつに呼ばれて仕方なく着たんだ。俺は、嫌だったんだがな。」
「あら?夕紀の彼氏?・・・なかなか、イケメンじゃない。」
「ち、違うわよ!誰がこんな変態に・・・。」
怒ってる夕紀の隣で、夏希の顔を見た海翔の表情は凍りついていた。
「あ、あんた・・・何時、日本に?」
「え?ママを知ってるの?」
「あら・・・?確か、初対面のはずよ?」
不思議そうに顔を見合わせる夏希と夕紀に、海翔は緊張しているようにも見えた。
「あんた・・・いや、貴方の活躍は、我々の世界ではトップクラスの実力として有名なのです。」
「あら?そうなの?・・・て事は、貴方も退魔師なのね?名前は?」
「あっ!すみません。俺、龍造寺 海翔って言います。」
「そう。よろしくね。」
笑顔で握手を求める夏希に、まるでアイドルや有名人に出会ったファンのような顔で答える海翔を見て、夕紀はなんだかおもしろくない、っと言った表情をしていた。
「さて、揃ったし移動するかな?場所は使われてない採石所があるから、そこで良いだろう。」
後からやってきた白夜に、夕紀が詰め寄った。
「ちょっと!何で、あんな奴呼ぶのよ。白夜。」
「あぁ、もちろん足に使うのと、夕紀を護らすこと、後は・・・ヤツ自身の勉強になるだろうと思ってな。」
「えぇ?!あんなヤツを強くさせてどうするのよ!」
夕紀の背後から海翔が口を挟んできた。
「あんなヤツってのは、俺のことか?・・・しかし、こいつの言う通り、敵に塩を送ってどうする?俺は、お前を倒すことを諦めた訳じゃないぞ。」
「わっ!ビックリした!ちょっと、イキナリ後ろから声かけないでよね?気持ち悪い。」
「あぁ?!」
睨み合う二人に白夜は笑いながら、
「なに、心配するな。こいつがいくら強くなったところで、ワシの足元にも及ばんよ。」
「な?!」
白夜の言葉に、言い返せずにワナワナと拳を振るわせるしかできない海翔を見て、夕紀はクスクスと笑っていた。
そして、白夜は手を叩いて、
「さて、無駄話は良いだろ?ほら、海翔。さっさと式神出して連れて行け。」
「クッ!わ、わかったよ。確かに、世界トップクラスの実力者の力は、滅多に見えないからな。」
海翔は式神符を取り出し、巨大な怪鳥を呼び出した。
「ほら、さっさと乗れ。後、振り落とされても見捨てるからな。」
「大丈夫よ。白夜に抱きついてるから。」
「ワシは、一緒に落ちたくないぞ。」
「ひどいよ。白夜。」
「さっさと乗れ。」
「ごめんなさいね。わざわざ、使わせてしまって・・・。」
「いえ。貴方のせいでは無いので、どうぞ、乗って下さい。」
海翔の夏希との扱いの差に、夕紀は愚痴をこぼした。
「ちょっと!私達の扱いと違うじゃない!」
「うるさい!口を閉じないと舌を噛むぞ!」
そう言って、海翔は怪鳥を操り、大きく羽ばたきあっという間に上空へと飛び上がった。