第六十話 思い出
優しい妖と話をして、私は家に戻ることを決意した。
・・・確かに修行は辛い・・・でも、逃げたところで何も変わらないし、コノ妖の様に話をすれば分かり合えるかも知れない・・・そう思ったからだ。
「貴方と話できて良かったわ。・・・私、帰ることにする。」
「大丈夫ナノカ?」
「多分、こっぴどく怒られると思う。・・・でも、逃げてばかりじゃ始まらないしね。」 「ソウカ・・・。」
私は立ち上がり、帰ろうとした時、
「待テ。コレヲヤロウ。」
そう言って、淡い赤色の紐が付いた金色の小さい鈴を貰った。
「コレは?」
「オマエ・・・退魔師ダロ?ダガ、マダ未熟者ダ。”御守リ”ダト思エバイイ。モットモ、ワシヲ信用スルノナラ・・・ナ。」
「・・・ありがとう。信じるわ。私・・・未熟かも知れないけど、優しい妖だと信じるわ。」
私は妖から貰った鈴を握りしめて、古びたアパートを出た。そして、帰り際に振り向き大きな声で叫んだ。
「ねぇ!また、貴方に会えるかな?」
私がそう尋ねると、どこからともなく声がした。
「此処ハ、オ気ニ入リノ場所ダ。気ガ向イタラ会エルカモナ。」
それを聞いた私の顔は笑顔になり、まだ暗い山道を下った・・・その時、不思議なほど私の進む道は明るく、迷っていたのがおかしく思えるぐらいに早く山を下りることが出来た。
私はその足で家に戻った・・・もちろん、その時はものすごく怒られた。でも・・・素直に謝り修行を続けたいと申し出たら、ひどい罰を受けることはなかった。
修行の厳しさは変わらなかったけど、アノ妖がくれた鈴を見るだけで何とか乗り越えることが出来た。
・・・そんなある日、とある事件が起きた。
私の親が依頼で持ち込んだ器物の封印に失敗して、暴走した怨霊が暴れ出したのだ。 親はその時、大怪我をして動けず・・・曾祖父は丁度、遠出の依頼で家に居なかった。 私より強い兄弟や弟子も数人いたが歯が立たず、その怨霊は、壁際に追い詰められた私の前に立っていた。
もうダメだ!・・・そう思ったその時、鈴が鳴ると同時に私の前に、アノ妖に似た鎧武者が現れた。
鎧武者は、強力な怨霊を一太刀で消滅させたのだ。断末魔と共に怨霊が消えるのを確認した後、鎧武者は鈴に戻っていった。
一瞬の事で呆然としていたが、すぐ親の安否が気になり駆け付けた。
・・・やがて、騒ぎも落ち着き、怪我人の手当も一通り終わり、入院はしたが親の怪我も命に関わる事はなかった。
依頼を終わらし祖父が帰って来た。事情を聞いていた祖父は、その足で親が入院してる病院へと向かった。
しばらくして病院から帰って来た祖父は、私を自分の書斎に呼び出した。
ドアをノックして書斎に入ると、祖父は難しい顔をして椅子に座っていた。
「どうしたの?おじいちゃん。」
「其処に座りなさい。」
・・・?私・・・怒られるようなことしたかな?っと思いながら、恐る恐る祖父が座っている正面の椅子に座った。
何故か重苦しい空気の中、沈黙の時間が続いた。そして、ようやく祖父が重い口を開いた。
「夏希や・・・お前、ワシに隠してる事は無いか?」
「え?」
私は一瞬、ドキッとした。・・・無論、妖から貰ったとも言えず、無言でうつむいた。 祖父はタメ息を漏らし、
「お前は嘘を付くのが下手なのは知っている。だから、正直に言いなさい。お前が、見た事もない式神を出して強力な怨霊を払ったと他の者からも聞いているのだ。」
言い逃れの出来ない状況に、私は渋々、机の上に妖から貰った鈴を置いた。
「これは?」
机に置かれた鈴を祖父が触ろうとした時、拒絶するかのように祖父の手を弾いた。
「・・・っ?!な、なんだ?この強力な結界が張られた鈴は?誰から貰ったんだ!」
「ひゃ?!」
祖父の手を弾いたのにも驚いたが、祖父の怒鳴り声にも驚いた。
私は祖父の怖い剣幕に押されて、思わず喋ってしまった。
「じ、実は・・・以前、家を飛び出した時に山にある廃墟のアパートで妖に会って、その時もらったです。」
「ッ?!・・・はぁ・・・なんと言うことだ・・・。倒さなければいけないモノに、力を借りるとは・・・。」
頭を抱えて深いタメ息をつく祖父に、私はかける言葉もなかった。
「・・・夏希。この鈴は封印する。そして、しばらくは外に出ることを禁ずる。」
「え?!ちょ、おじいちゃん!まって!どうしてなの?!」
「わからんのか!お前は倒すべき存在に力を借りたのだぞ!」
「違うわ!妖が全て悪い訳じゃないはずよ!少なくとも、コレをくれた妖は私の身を案じて渡してくれたのよ!」
「黙らないか!お前は、その妖にかどわかされてるのだ!」
「おじいちゃん!」
「早く出て行きなさい!!」
聞く耳を持たない祖父に、私は追い出されるようして部屋から出され、そして、祖父の部屋の前で泣き崩れた。
その時、部屋の外で話を聞いていた兄が、私を慰めるように私の部屋に連れて行ってくれた。
落ち着くようになだめて、私を部屋のベッドに座らせた。
「話は大体聞いたよ。・・・多分、この後、祖父から討伐命令が下るだろう。」
「え?!お兄ちゃん!お願い!あの妖を退治するのは止めて!」
私の無茶な注文に兄は困った顔で首を横に振ると、
「祖父の命令に僕はどうすることも出来ない。・・・でも、夏希が言うように優しい妖だったらいいな。」
そう言い残して私の頭を撫でると、部屋を出て行った。
私はそのまま布団に潜り込んで、泣き続けた。
・・・やがて、兄が言ってた様に妖の討伐命令が下った。
「お前が・・・夏希の言っていた妖か?」
廃墟のアパート屋上で数人が囲むように妖を囲んでいた。
しかし、妖は悠然とした態度で目線を下ろして、
「静カデ良イ夜ナノニ、邪魔ヲサレタノハ二回目ダナ。」
その妖は、そう言って静かにたたずんでいるが・・・その霊圧に全員が緊張で固まった表情を浮かべていた。
「妹の為に、貴様を封印する。」
「ホォ・・・アノ娘ハ、オ主ノ妹ダッタノカ?」
茶化すように笑う妖に、冷静に兄が対応した。
「お前が渡した鈴のせいで、妹は不当な罰を受けている。」
「フム・・・鈴ガ発動シタ・・・ト言ウ事ハ・・・娘ノ身ニ危険ガアッタノダナ?」
「・・・。」
「図星ダナ?何モ無ケレバ、アレハタダノ鈴ダ。・・・アノ娘ヲ守レナカッタノカ?」
「黙れ!我ら精鋭が取り囲んでいる!どのみちお前に逃げ場など無い!」
逆ギレする兄に妖は軽く笑うと、スクッと立ち上がった。
その瞬間、妖を取り囲んでいた者達が一斉に封印術を施し、妖を封じにかかったが・・・妖は取り乱すことなく兄に話しかけた。
「アノ娘ハ、マダ未熟ダガ・・・イズレ、オ主達ヨリ強クナルゾ。鈴ハ、キッカケニシカスギナイ。大方、鈴ヲ封印シヨウトシテイルノダロウガ・・・止メテオケ、人ニハ無理ダ。大人シク娘ニ返スコトダ。」
妖はそう言うと、背中を向けた。
「待て!何処に行く気だ!」
呼び止めた兄の言葉に、妖が振り向くと、
「ワシト戦イタイノカ?・・・止メテオケ、タダデハ済マンゾ?」
「覚悟は出来ている!」
身構える兄の姿に、妖も身構えたが・・・、
「・・・止メテオコウ。娘ガ悲シムカモ知レナイカラナ。」
そう言って、構えを解いたが、兄は身構えたまま妖に質問をした。
「何故・・・そこまで、妹に肩入れする。何が目的だ?」
妖は月を見上げて、
「目的ハ無イ。タダ、今ニモ壊レソウダッタカラナ。ワシガ出来ルノハ、遠クデ見守ルダケダ。・・・妹ガ独リ立チスルマデ、シッカリ護ル事ダナ。ソレガ、兄ノ務メダロ?」
そう言い残し、妖は天高く飛び去って行った。
「ま、待て!」
兄の呼び止めも虚しく、すでにその場から妖の姿は確認出来なくなっていた。
「追いますか?」
弟子の一人が兄に問いかけると、兄は首を横に振り、
「無駄だ。追いついたところで、封印も退治も出来ないだろう・・・。」
そう言い、兄は妖が去った月を見上げて、
「我らの封印術に怯むこともなかったのだ・・・、その気になれば、我らなど一瞬で打ち砕いたのかも知れないだろう。口惜しいが・・・祖父に報告しよう。」
「ハッ。」
そう返事し、弟子達は報告するため山を下りた。その中で、兄だけは細く微笑んだ。
「夏希の言った通り・・・奇妙な妖だったな。こんな形でなかったら、私もゆっくりと話をしたかったな。」
と、呟いた。
・・・やがて、兄達が帰還して討伐失敗の報告を祖父にした。
そして、兄の説得により私の罰は解かれ、何故か鈴も返された。
私は兄に問いかけると、微笑みながら今回の経緯を話してくれた。
その話を聞いてから部屋に戻り、鈴を握りしめて・・・私は妖に誓いを立てた。
「いつか・・・いつか、対等に立てるぐらい力を付けて、貴方に会うわ!」
あれから、20年・・・討伐失敗して妖は姿を見せなくなり、私は一児の母になって、世界を飛び回り戦い続けた。貴方に会うために・・・そして、誓いを立てた鈴は壊れ、今の私は貴方と対等な力を付けたかしら?
・・・昔の夢から目が覚めた頃、機内でアナウンスが流れて飛行機は日本に到着しようとしていた。