第五十八話 職人
「こんにちわ。」
「おや?千歳ちゃんかい?いらっしゃい。珍しいねぇ・・・友達と一緒かい?」
カウンターの奥で作業していたおじいさんが、手を止めて出てきた。
「しばらく見ないうちに、すっかり大きくなって・・・本当、大きくなったねぇ。確かめさせてくれんか?」
おじいさんは手をワキワキさせて、感慨深くしみじみと語った。
「おじいさん。セクハラで訴えますよ?」
千歳は胸を隠して笑顔ながら、おじいさんから少し距離を離した。
「冗談じゃよ。そう警戒することはないじゃろ?・・・処で、今日はどんな用じゃ?」
少し残念そうにするおじいさんに、警戒を解かずに千歳の前に白夜を進めた。
「この子の認印を作ってあげて欲しいの。」
「こりゃぁ・・・たまげた・・・。」
おじいさんは、老眼鏡をかけ直して驚いた表情を浮かべた。それを感じ取った白夜は薄く笑い、おじいさんの目を真っ直ぐ見て。
「ほぉ・・・お主、良い『瞳』を持っているな。」
と言われ、おじいさんは慌てて目を背けた。千歳は白夜に聞き直した。
「いい目?」
「いや・・・何でもない。それより、認印とやらは作ってくれるのか?」
「あ・・・あぁ、もちろんだとも。ただ、君に見合う素材が今、切らしておるのでな。すまないが、数日かかるが良いかな?」
「え?結構、棚に並んでますけど・・・それじゃぁダメなの?」
夕紀が棚の方を指さして尋ねると、
「あぁ・・・此処にあるモノじゃぁ、この子に見合わないかもなぁ。」
「そうなの?」
「特別なモノだから、少々値が張るが・・・いいかの?」
「え~?吹っかけてきてるんじゃないの?」
「ちょ、ちょっと!夕紀!」
「ハハハ・・・正直な子じゃな。そう言われるのも無理はないが・・・その子は、人とは少し違うようじゃし。心当たりがあるのではないかのぉ?」
「うっ!」
おじいさんの指摘に夕紀は言葉を詰まらせたが、おじいさんは微笑みながら
「図星のようじゃな。なら、その子にも納得いくモノを作ってやらんとな?」
と深く追求はしてこなかった。納得はした夕紀だが・・・やはり、金額が気になっているようだった。
「でも・・・お金なんて、多くは持ってないよ?」
「そうじゃなぁ・・・十万で作ってやろう。それ以上は安く出来ん!」
その金額に、千歳と夕紀は驚いた。
「じゅ・・・?!ちょ!それ高過ぎじゃない!」
「確かにそうね。・・・普段は、そんなにしないのに筈ですよ?」
納得できてない二人に、不思議そうな顔でおじいさんは答えた。
「そうか?コレでも、良心的な値段なんじゃぞ?」
「でも・・・十万って、ただの印鑑でしょ?」
夕紀の言葉に、おじいさんはちょっとムッとした表情を浮かべて反論した。
「見くびるなよ小娘。印鑑でも、認印は一生涯モノ!そこら辺の安物の印鑑と一緒にして貰っては困る!ワシが作るのは、信頼を持って所有者が納得できる唯一無二の代物じゃ!」
熱く語るおじいさんに圧倒される夕紀を見て白夜は笑った。
「ハハハ!今のは夕紀が悪い。だが、大体どういうモノかがわかったし、ワシは此処で作ってもらうことに決めたぞ。」
「ん~・・・白夜がそう言うなら別に良いけど・・・お金は?」
「心配するな。ちゃんと持ってる。」
白夜はそう言って、どこからともなくお金を取り出した。
「えっ?!何処から出したの!そのお金!」
「ん?・・・深く考えるな。」
そう言って、白夜は取り出したお金をおじいさんに渡した。
「手品か何かかい?・・・ちゃんとしたお金なのかい?」
疑うおじいさんに白夜は微笑んで、
「心配するな。葉っぱの類でも、幻覚でもない。ちゃんとした消えないお金だ。」
「ハハハ・・・冗談だじゃよ。ワシが見た感じだと、嘘をつきそうに見えないからね。確かに、頂戴するよ。」
おじいさんは白夜からお金を受け取ると、書面を一枚取り出した。
「じゃぁ、此処に名前と住所を書いてくれるかい?出来るだけ早く仕上げるから、出来上がったら其処の住所に送るからねぇ。」
「わかった。」
白夜は書面に住所と名前を記入した。その書面を受け取ったおじいさんは、ほほぉ~と声を上げて微笑んだ。
「碑宮さんの子かい?・・・でも、あそこは一人っ子の気がしたのじゃが・・・。」
「え?私の家、知ってるんですか?」
驚く夕紀の表情をおじいさんは凝視してから笑うと、
「ほほぉ、誰かに似ていると思ったら、やはり、お母さんの若い頃に顔がソックリじゃな。特殊な力は納得できたが・・・しかし、あの子が使わしたモノでは無いようじゃし・・・。」
おじいさんは、途中から何か考えて呟いていた。
「おじいさん。ママの事をよく知ってるの?」
夕紀の質問に、気付いておじいさんは顔を上げた。
「ん?あぁ。知っておるよ。君の曾祖父からの付き合いじゃし。時々、材料となるモノを送ってきて貰っておるからな。」
「そうなんですか?・・・あのぉ、ママって、どんなお仕事してるかわかりますか?聞いてもなかなか答えてくれなくて・・・。」
真剣な表情で聞く夕紀に、おじいさんは困った表情で頬を少し掻いて、
「(この子には、仕事の内容を話してないのか・・・。特殊な仕事じゃし、余計に心配させることも言えんのぉ。)・・・そうじゃな。まぁ、簡単に言うなら、輸入先の営業・・・ってところかのぉ。深い仕事の内容までは、ワシもわからんからのぉ。」
「そう・・・ですか・・・。」
残念そうに落ち込む夕紀をみて、心配するようにおじいさんは謝った。
「すまんおぉ・・・力にならなくて。」
「い、いえ。良いんです。おじいさんが謝らなくても、私に言ってないのに、他の人がわかりませんよね。」
っと、夕紀は無理して微笑んでいた。その横で白夜は腕を組んで、おじいさんの顔を見ていた。
「あの、出来上がったらお願いします。」
「あぁ、任せておけ。腕によりをかけて良い物を作ってやる。」
そう言って、おじいさんは袖をまくり上げて腕を見せた。
認印の注文も終わり、三人は中村が待機している車まで戻った。
「ついでに寄り道させて、ごめんなさいね。千歳。」
「いいのよ。・・・でも、事件の後、良く思い出したわね?」
「そりゃぁ・・・白夜と一緒だったから、全然怖くなかったモノ。」
そう語る夕紀に、白夜はタメ息を吐いた。
「・・・だが、今回みたいに、潜入するのは止めて欲しいモノだな。怪我でもしたらどうする?」
「そうでございますよ!お嬢様!白夜様の言う通り、戻ってみれば誰も居らずに、私めも肝を冷やしましたぞ!全く・・・もう少し自覚をですね・・・。」
「はいはい。小言は屋敷に戻ってから聞くわ。」
千歳に受け流され、まだ物足りなさそうにブツブツと文句を言う中村の姿に、千歳と夕紀は声を殺して笑っていた。ヤレヤレといった表情で白夜は眺めていた。
家に着き、白夜と夕紀は車から降りた。
「じゃぁ、また明日ね。」
「えぇ。余り、白夜ちゃんを困らせないようにね。夕紀。」
「あんたが言う?お互い様でしょ?」
「全くだ・・・気を付けて帰れよう。」
「ありがとう。白夜ちゃん。じゃぁ、また明日。」
車の窓が閉まり、夕紀と白夜は手を振って千歳が乗る車を見送った。
車が見えなくなり、二人は家の中へと戻って行った。