第四十七話 悲しみの果ては・・・
妹の亡骸を抱きかかえて動かなくなった兄の背中を見ていた夕紀が目を反らしたときに周りの風景が変わった。
周りは暗い森の中・・・妹の亡骸を抱いたままフラフラと歩く兄の背中を、カメラで追う様に追いかけていた。
―――・・・何処まで行くんだろう?
そう思ったときに、森を抜けて開けた池に辿り着いた。
「ごめんなぁ・・・ワシが側についていれば・・・怖い目に遭わなかったのかもなぁ・・・。」
兄はそう呟くと、妹の亡骸を池に沈めた。
「お前の仇は、お兄ちゃんが絶対取ってきてやる。だから・・・しばらく此処で待っててくれ。」
そう呟き、妹の亡骸が見えなくなってから、しばらくして立ち上がると、其処には最初見た優しい兄の顔はなく、背中が凍えるほど冷たい表情をしていた
再び辺りの風景が変わり、村の近くで通りかかった大部隊相手に誰かが戦っていた。
全身血まみれになった男が、鎧武者相手に容赦無く斬りつけていた。
その男は最早、見る影もないほど変貌してしまった兄の姿だった。
その鬼気と迫る姿に、部隊を指揮していた武将が退却指示を出したが、逃げる兵を捕まえては兄は無情に斬り殺していた。
部隊は退却したが、その戦場には無数の惨殺死体と敵の返り血で赤く染まった傷だらけ身体で兄が立っていた。
「違う・・・こいつ等でもない・・・どこだ?どこだ?」
兄は村で見つけたのか、襲った者の家紋が入った布を持って殺した部隊の家紋と比べていた。
再びフラリと立ち上がり、歩く姿は・・・すでに人間ではない何かであった。
兄が池まで戻ると、其処にはもう何枚も散乱している家紋の入った布があり、血に塗れた身体を池の水で洗っていた。
「また・・・ダメだったよ・・・。待ってろよ・・・必ず仇を取ってやるからな・・・。」
兄は担いできた死体を、解体して焼き、食べ始めたのだった。
もう、その姿を直視出来ない夕紀は、変わり果ててしまったモノに恐怖を感じた。
やがて・・・兄の噂は広まり、討伐のために武装した部隊が兄がいる朽ちた村を包囲した。
数人ずつ村に入ってきた兵士を、兄は横から襲った。その動きはすでに人間とは言わずに、獣に近かった。
喉を噛み切った兵から刀を奪うと、すぐさま近くに居た数人を斬り殺し、斬れなくなった刀を遠くに居た兵に投げて突き刺した。
兄は死体から武器を奪い地面に突き刺した。
正面から来る敵に対して、奪った武器を手に取り次々と敵に投げてから突進していった。
投げられた武器に怯んだ隙を突かれて、兵は一瞬で首を飛ばされた。
最早、兄のペースに進み、兵達は見るも無惨に殺されていた。その時、襲いかかろうとした兵の後ろから無数の槍が現れ、兵もろとも兄は串刺しになった。
動きが止まった兄は、自力で槍を抜き後ろによろけた。そして、そのまま地面にへばり付き身体が動かなくなるのを感じた。
「まだ・・・死ねない・・・ま・・・だ・・・。」
兄は口から大量の血を吐きながらも、そう呟き・・・そのまま息を引き取った。
また、風景が変わり、村だった場所は雑草に覆われていた。
その村にたたずむ兄の姿があった・・・しかし、その姿は半透明で形相は鬼の様に恐ろしく、果たせなかった無念と恨みに満ちていた。
やがて、その村に歳をとった野盗風の男達が訪れた。その男達はこの村の中心辺りで輪になって座り込み、たき火をしだした。
男達は酒を酌み交わし戦利品を眺めながら、自分達の武勇伝を語り始めた。その内容の中には、無くなったこの村で自分達が殺した村人の人数を自慢気に話しているのも居た。
もちろん、その話は兄の耳に入り・・・兄の恨みが爆発した。
数多の命を奪い続け恨み続けた兄は、妖になる素質が十分にあった・・・やがて、その姿を獣に変えて徐々に実体化していった。
その姿は・・・夕紀も見覚えのある姿だったが・・・しかし、毛の色は血の様に紅黒い色だった。
再び、実体を手に入れた兄は怒りと憎しみのまま男達に飛びかかり、一人、また一人、無残に引き裂いて殺していた・・・やがて最後の一人を追い詰めたとき、男は失禁をしながら命乞いをした。
「か、勘弁してくれ・・・い、命だけは・・・命だけは・・・。」
それを聞いた獣は、怒りに満ちた低い唸り声の様に尋ねた。
「貴様・・・コノ村デ殺シタ者達ハ同ジヨウニ命乞イヲシテイナカッタカ?」
男は恐怖の余りに答えるしか出来なかった。
「していた!すがるようにしていた!」
「ソノ者達ヲ助ケタノカ?」
「・・・・。」
「答エロ!!」
無言で震えていた男の首を掴み答えを強要した。
「し、仕方なかったんだ・・・親方様の命令は絶対なんじゃ・・・。」
「フザケルナ!!」
獣は怒りにまかせて、首と身体を引き裂いた。その後・・・殺し終えた獣は、収まらない怒りと恨みを空に向けて咆えた。
また風景が変わり、獣は人の大部隊と闘っていた・・・しかし、その戦闘は圧倒的で、人は紙くずのように引き飛ばされ、為す術無く一方的に殺されていた。
獣はすでに、最初の目的も理性も失い・・・恨みを晴らす術もなく、怒りが収まる事も無かった。
その姿は、恐ろしくも悲しく、猛々しくも脆く感じた。
やがて、獣の脅威は隣村まで及んだ。建物を破壊し、逃げる村人も襲い始めた。
―――・・・やめて!そんな事したら・・・村を襲った人達と変わらない!
夕紀は叫び、止めようと獣の腕を掴もうとするがすり抜けて止める事は出来なかった。そして、獣はある家を破壊して中に乗り込んだとき、二人の幼い兄妹が抱き合って震えているのを目にした。
この時、初めて・・・獣の動きが止まった。怯えた目で見る子供の瞳の中に、おぞましい自分の姿を見た。
「コ・・レ・・・ワ・・・?」
理性を取り戻し・・・改めて、自分の手を見た。その手は紅く滴る血に染まっている・・・もう、人ではない手をしていた。
「グワァァァァァァァ!!」
獣は自分の頭を抱えて、苦しみ悶え始めた。それは、今まで殺してきた人達の恐怖に引きつった顔と自分の犯した罪が一気に脳裏を駆け巡ったからだ。
「変ワラヌ・・・今マデ、ワシガ憎ンデキタモノト・・・変ワラナイデハナイカ・・・。」
獣はそう呟き、ふらつきながらも逃げるように家を飛び出し・・・妹が眠る池に飛び去って行った。